桜の下に眠るのは
暖かい季節がやってきたそうだ。政府から定期的にやってくるお知らせは、外界が今どのように流れているのかを教えてくれる。
それは当たり障りのない情報ばかりで、肝心の政治の情報は驚くほど少ない。主が所属している組織がどのようなものかを知る必要はない、と言われているかのようだ。政府が世間からどのように思われているのか、またどのような行く先なのか、私には皆目検討もつかない。
一度、主に聞いてみたことがある。けれど、主にもよく分からないのだそうだ。末端の末端だからね、なんて主は言っていたけれど、それでも最低限を知る権利はあるはずだろうに。・・・まあ、最低限がこの、当たり障りの無さすぎるお知らせなのだろうが。
さて、最初の言葉を繰り返す事になるが、暖かい季節がやってきたそうだ。春だ。桜が満開に咲いているらしい。
何度か見たことのあるその花は、あっと言う間に散ってしまう、儚いものだったと記憶している。それでも満開になったそれは、初めて見た時には圧巻だった。
本丸のあるここは、主が自由に季節を変えられるようになっている。政府のお知らせ通りに季節を変えれば、外界と同じ四季を感じられるし、一年中春が良いのならそれさえも可能になる。
主は、基本的には政府のお知らせ通りに季節を変える人だった。なので、今はとても暖かく、桜も咲いている。咲いては散るを繰り返しているそれは、やはり本物ではないのだなと実感させる。不思議な世の中になったものだ。
「・・・」
今は散る時期だった。これが全部散ると、翌朝にはまた満開になっている。私は、木の下で仰向けになり、その散っていく様子をぼうっと眺めていた。私の上の至る所に桜の花びらが乗っているが、まあ気にしていない。
今日はいわゆる、休みの日だった。何の予定もない。そして何の手伝いもさせてもらえない。桜が咲いてからは、皆飽きもしないで花見という名の宴会が頻繁に催されていたけれど、とうとう飽きたのか、最近はそれが無い。個人や少数で花見酒を楽しんでいる程度だ。
宴会があった時には、やれ弁当だ団子だ酒だと忙しかったので、よく厨房の手伝いをしていたのだけれど・・・。
「・・・」
暇だ。とても暇だ。
***
「ねえ薬研、椿ちゃん知らない?」
「乱」
椿ちゃんを誘っておやつにしようと思ったのに、肝心の椿ちゃんが何処にも居ない。最近は厨房に居るのをよく見かけたから、今日も居るだろうと思って行ってみたら、歌仙さんしか居なかった。
当番表を見てみたら、非番のところに椿ちゃんの磁石がある。椿ちゃんが非番の日は、誰も椿ちゃんに手伝いを許していないのだ。あの子は放っておくと、ずっと手伝いばかりしている。それこそ、倒れてしまうまで。
「椿の姉さんか・・・昼餉からは見てないな」
「そっか。あ、今日のおやつはぜんざいだって!」
「おう、もうそんな時間か」
もう随分いろんな人に声をかけたけれど、椿ちゃんの目撃情報はとても少ない。非番の椿ちゃんを見つけるのは至難の業だった。
・・・また何処かで倒れてたりしたらどうしよう。そんな不安がよぎる。だってだって、ここ最近、花見の準備ばっかりしてたし、それ以外にも掃除してたり、食事の準備だってしてたし・・・毎日、忙しそうにしていた。
そんなに一生懸命お手伝いをしなくたって、戦へ行けなくたって、主はきっと、椿ちゃんを消したりしないのに。それとも、考えたくない事でもあるのかな?
「も〜、椿ちゃんのばかっ!」
いつも誰かのことばかり心配して、自分の事は二の次になっている優しいあの子の事を思ったら、なんだか怒れてきちゃった。もっと、自分を大切にしてほしいのにな。ボクたちを頼ってほしいのにな。
ちょっとばかし怒ったところで、簡単に椿ちゃんは見つからない。早くしないと、ピンクの白玉が無くなってしまう。
外にまで足を伸ばして探していると、不意に桜に目が止まった。また散り始めている。主がこの景色に変えてからは、珍しくってよく眺めていたけれど、こうも繰り返されると飽きてしまう。やっぱり、桜は儚いくらいが丁度良いよね。
でも桜の下でおやつにするのも良いかもな、なんて思いながら通り過ぎようとする。が、桜の絨毯が異様に盛り上がっている場所がある事に気付いた。
うっかり通り過ぎちゃうところだったけれど、気付いてしまえばよく見なくても分かる。椿ちゃんが寝ていた。
「こんなところにいた!」
仰向けになったまま微動だにしていなかったのか、上半身はすっかり桜まみれだ。赤みがかった銀色の椿ちゃんの髪の毛は、こうしてみてみると桜の色のよう。
顔にかかっている桜の花びらを払っても、椿ちゃんは身じろぎ一つもしない。やっぱり、疲れてしまっていたのだ。だって椿ちゃんは、こうして誰かが近づくとすぐに目覚める。それから、どうした?なんて言って薄く笑う。同室の二人には、そんなことないらしいけど。
「む・・・」
ずるいよね、鯰尾兄さんも骨喰兄さんも。ボクだって、心許せる仲になりたいのに。
こうやって、童話のお姫様みたいに眠っている椿ちゃんを見られたのは嬉しいけれど、彼女が疲れていなければ、見られなかった光景だ。
「椿ちゃん、起きないと、ちゅーしちゃうよ」
椿ちゃんは、浅く呼吸を繰り返すだけで、目を覚まそうとしない。桜よりもずっと濃い色をした唇に触れる。それでも起きない。
やばい、ドキドキしてきちゃった。柔らかい唇から指を離して、自分の唇へ持っていく。・・・間接キス、しちゃった。
「ねえ、椿ちゃん」
高鳴る心臓の赴くまま、地面に手をついて、顔を近づける。その時、ザァッと強い風が吹いてきて、ボクと椿ちゃんに乗っていたいくつかの花びらをさらっていった。
それが合図だったかのように、椿ちゃんの瞼が震える。それから、椿色した瞳が、間近に居るボクを捉えた。ボクは慌てて体を起こして、椿ちゃんの上から退く。
「おっ、起きた!?」
「ん・・・寝てしまっていたか」
「あ、あたたたたかかったもんね!?」
「“た”が多いな」
「そんなことより!おやつ!だよ!」
「おやつ・・・良かった、そんなに眠ってなかったみたいだ」
「今日はね!ぜんざいだって!早く行こ!ピンクの白玉!なくなっちゃう!」
「探してくれたのか?ありがとう、乱・・・今日はやけに元気だね?」
「そうかな!?」
椿ちゃんが起きあがると、桜が地面へ落ちていく。軽く払ってしまえば、桜のお姫様からいつもの椿ちゃんになった。・・・今日見たのはボクだけの秘密、内緒にしておこう。
「椿ちゃん、もう桜の下で眠っちゃダメだからね!」
「ああ、油断すると風邪を引きそうだからな」
「どうしても寝たい時はボクに言って!」
「・・・なんでだ?」
「なんでも!」
おやつを取りに二人で戻る。まだ無事にピンク色の白玉が残っていて、しっかり確保することが出来た。縁側に座って、中庭にもある桜を見ながら、二人で食べる。
唇に触れた白玉団子の柔らかさに、もしかしたら椿ちゃんの唇もこんな柔らかさだったのかもしれない、なんて思ってしまって、つい一口で食べてしまった。いつもは大事に食べるのにね。
20170504
prev next