あの子 | ナノ
柔軟剤の匂いと邂逅

「君が『椿落とし』か?」


日向の縁側は暖かく、程よく冷たい空気と相まって気持ちが良い。その場所で、眠気に負けそうになりながら洗濯物の山を崩しながら畳んでいると、聞き慣れない声が私を呼ぶ。その方を見ると、やっぱりそこには見慣れぬ人物が居た。
新しい刀が来たのだな、と推測する。まあ、見慣れぬ人物の殆どが新しい刀だから、十中八九当たっているだろう。他の本丸の審神者が演練にやってくるという話も、今のところ聞いていない。いや、そもそも、審神者というには雰囲気が人間離れしていた。
薄緑色の髪の毛に、どこか蛇を思い出させる鋭い瞳、黒と白を基調とした服・・・ああ、腰元にはしっかりと己自身であろう刀が帯刀されている。


「ああ、私が椿落としだ。あなたは、ここへ新しく来た刀剣男士か?」

「そうだ。源氏の重宝、膝丸だ」

「げんじ・・・」


前の主がやっていた勉強の中に、そんな話があったような、無かったような。私の出が出なので、皆が歩んできた歴史というものに疎く、織田とか徳川とか言われても、いまいちしっくり来ないのである。
前の主に対して良い印象を持っていない刀も居るので、あまり詮索すべきではないだろうと、積極的に知ろうとはしていない。今剣なんかは喜々として語ってくれるので、私の耳に入れるのはそれくらいが丁度いいと思っている。別に、辛い過去を知りたい訳じゃない。私だって、記憶喪失だとかでっち上げて、過去を語るまいとしているのだし。


「源氏を知っているのか?」

「いや・・・生憎、記憶があまり・・・」

「そうか・・・すまない、余計な事を言わせた」

「気にしていないから大丈夫。ようこそ、この本丸へ。私の名を知っているということは、主から何か言われて?」

「主は、俺を顕現してすぐに部屋へ戻った。その時に、近侍殿から『詳しいことは、椿落としという名の刀に訊け』と・・・」


今日の近侍は山姥切だったか。彼なら、主の事を任せても大丈夫だろう。新しい刀を顕現させる度に少し臥せってしまうのは難儀だが、最近は割と直ぐに回復しているし、心配はいらないだろう。
そう言えば、新しい刀が来たというのに、主が狂喜乱舞する声が聞こえなかったな・・・これも成長したということだろうか。前まで、顕現前に私のところへ来ては勢いよく抱きついてきて、踊ったり、顕現を一緒に見守ったりしていたのに・・・ちょっと、寂しいかもしれない。
寂しいなんて烏滸がましいな、とその感情を振り払いながら、膝の上の洗濯物をよけて膝丸に向き直る。


「では、改めて自己紹介をしよう。私は椿落とし。刀剣男士ならぬ、刀剣女士だ。椿と呼んでくれていい。主の上司や他の本丸に内緒で、此処で雑用雑務などこなしている。さっきも言ったけれど、昔の記憶に関しては自信がない。まあ、そんなに気に病んではいないから、膝丸も気にしないで欲しい。後はそうだな・・・気になることがあれば何でも訊いてくれて構わないし・・・」

「ん?」

「この本丸を案内したいのは山々なのだけど、この洗濯物の山を放っておくわけにもいかなくて。他の誰かを呼ぼうか?」

「いや、俺で良ければ手伝おう・・・やった事はないが」

「はは、なに、膝丸にとっては全てが初めてなんだ。戸惑うことばかりだろうけど、これからゆっくり覚えていってほしい」


洗濯物の山の中から、タオルが多そうな場所を選んで鷲掴みし、膝丸の近くに置く。タオルの畳み方を一度実践し、見て覚えてもらう。難しいことは何もないので、やってみるよう促す。膝丸は、緊張した面持ちで白いタオルを一枚つまむと、ぎこちない動きで畳んでいく。


「いつも1人でやっているのか?」

「ううん。今日はたまたま皆出払っていて。いつもは何人か手伝ってくれるんだ」

「そうか・・・この色が付いた小さい手拭いはどうしたらいい?」

「ああ、それは乱のハンカチだ」

「はんかち」

「このタオルより持ち運びがしやすくて、出掛ける時なんかはハンカチの方が使い勝手が良いんだ。こういう、色が付いてたり目印が付いてたりするのは、私物だから端っこに名前が書いてある。だから、白いタオルと混じらないようにして、こう、二回折ってから、こっちのカゴに入れてね」

「分かった」

「白いタオルは共有だから、めちゃくちゃに汚したり破ったりしなければ好きに使って良いよ。最初のうちはかなり世話になると思う」


鶴丸なんかは、私が最初にパンケーキを与えたためか、今ではすっかり甘党になっている。それはいいのだけれど、スプーンやフォークを上手に扱えないのに一生懸命食べようとするからか、チョコレートソースを服にこぼしたり、スプーンに乗せたプリンを袴の上に落としたり・・・それはもう、いくつものタオルを甘くさせてきた。
最終的にバスタオルの端っこを器用に首に巻いて、特大のエプロンをして厨房に現れたこともあったっけ・・・そんな鶴丸も、今では上手に食器を扱えている。成長したものだ。私も嬉しく思う。
膝丸は・・・服が黒いから、例えカレーを零したとしても、洗濯係が苦労する事は少ないだろう。シャツの白い部分に落とした時は、すぐに脱いでもらう必要がありそうだけれど。


「そうだ、此処に兄者は居るだろうか?」

「あにじゃ?」

「ああ。名は髭切という」

「残念だけれど、髭切という刀はまだ来ていないんだ」


私がそう返事をすると、そうか、と膝丸が落胆する。


「兄者、ということは、膝丸は弟なんだな。お兄さんとは似ているの?どんな人?」

「・・・俺と兄者は、仲の良い兄弟でな!」


すると一変、表情が明るいものになった。それから楽しそうに、その『兄者』の話が続く。タオルを畳む手が止まっているのは、見ていない事にしよう。
私は私で、洗濯物を畳む手を休めずに彼の話を聞く。げんじ?へいけ?などの難しい単語は出てきたものの、お兄さんの性格はのんびりやで、忘れっぽくて・・・顔も似ているらしい。


「俺はあやかしを、兄者は鬼を斬った事があるのだ」

「あやかしか・・・」


あやかし・・・シャドウを斬っていたあの日々を思い出す。鬼の形をしたのも居たっけ。天使の形をしたのも、死神にも出会った。死神を、倒せたのかは覚えていないけど。


「君も斬った事が?」

「・・・あると言ったら、どうする?」

「別に、どうもしないさ。そう言えば、君も同じように戦場へ赴くのか?」

「いいや、私は『男士』じゃないから」

「いつか見てみたいものだな。椿が戦う姿」

「手合わせならいつでも歓迎だ。その前に、まずは洗濯物を片付けないと」

「ああ、つい話に夢中になってしまった。早くやってしまおう」


もう随分少なくなった洗濯物を片付ける。タオルはもう終わってしまったので、膝丸にシャツを渡す。予想通り、四苦八苦していた。シャツを畳むのは、存外難しい。
畳み終わったものを全部カゴに詰め込み、膝丸と二人で分けて持つ。


「じゃあ、まずはお風呂場へ行こう。洗濯物は、全部そこへ置くんだ。個人の物もね。膝丸も、服を洗濯へ出したのなら忘れずに此処へ持ちに来て」

「風呂とは・・・何をすれば?」

「髪の毛をまずシャンプーで・・・あー、それは周りの誰かに訊くと良い。私が一緒に入って教えてもいいけど、それをすると怒られるからな」

「それはそうだろう」


お風呂場への道すがらにある部屋も、簡単に紹介しながら進む。
暖かだった日差しは、もう夕暮れに差し掛かっていた。風に乗ってやって来た晩御飯の匂いもする。そうだ、主は回復しただろうか。晩御飯が食べられると良いのだけど。


「む。なんだこの匂いは?」

「晩御飯だよ。今日はオムライス。洋食だね」

「晩御飯、か。そうか、肉体を得たのだから飯が必要なのか。それで、おむらいす?というのは?」

「燭台切が凝ったのを出さなければ、鶏肉の混ざったトマト味のご飯が、卵焼きに包まれてる外国の料理だよ。ケチャップで簡単な絵を書いたり、名前を書いたり出来るんだ」

「・・・よくわからん。旨いのかそれは」

「膝丸は初めての食事だからな。食べてみてからのお楽しみってやつだ。私は、とても美味しいと思う」


晩御飯に出てきたのは、シンプルなオムライス。サラダとスープ付き。私がケチャップで書いた『ひざまる』のオムライスを、膝丸は興味津々といった様子で眺めていた。
一通り食べ方、咀嚼、嚥下を説明し、膝丸が食べる様子を見守る。慣れないスプーンを使い、ぎこちない様子でオムライスを少しだけ掬い、口へ運ぶ。最初は訝しげな表情だった顔も、明るくなっていく。どうやら気に入ったらしい。良かった。


「こんなに旨いものがあるんだなぁ・・・早く、兄者にも食べさせたい」

「きっと、来てくれるよ。主もみんなも、頑張っているからね」

「ああ!俺も鍛錬に励むとしよう!」


20171116
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