あの子 | ナノ
呑んで呑まれて

お風呂から上がり、火照った体を冷ますように、ゆっくりと部屋を目指していると、向かいから大きな人がやってくるのが見えた。もう暗いので、月明かりしか頼りがないが、あれは次郎太刀だ。もうオフなので、あのきらびやかな衣装ではなく、落ち着いた色の着流しだ。上機嫌に鼻歌まで歌っている。


「こんばんは、次郎」

「あー!椿!こーんばーんはっ!」


何故か私は、ひょいと持ち上げられてしまう。突然のことに驚いて、思わず目の前にあった次郎の頭にしがみついてしまった。天井が近い。


「えっ、な、なんだ?なんで持ち上げた?」

「すまないねぇ、驚かせちまったかい?」

「お、驚いた・・・酒臭いな、次郎。また飲んでいるのか」

「あ、なぁんだ離れちゃうの?いい感じに乳が当たってたのに」

「いい感じも悪い感じもあるか」

「風呂上がりかい?」

「そうだ」

「じゃ、風呂上がりの一杯と行こうじゃないか!」


なんだか微妙にかみ合わない、ふわふわとした会話が終わると、次郎は私の返事を待たずにずんずんと歩き出す。風呂上がりの一杯ってなんだ?水じゃないのか?
この分だと、私が何を言ったって聞きはしないだろう。慣れない視線の高さのまま、落ちないことだけを祈っていると、明るい部屋の前でようやく止まった。次郎は私を片手に抱えたまま、スパンと襖を開ける。


「厠の帰りに良いもん拾ってきたよー!」

「おっ!椿じゃないか!」


その部屋には、嬉しそうな鶴丸と驚いた顔をした燭台切、そして澄まし顔の太郎が居た。なんだか不思議なメンツだ。ちゃぶ台の上には、枝豆やスルメ、なんだか美味しそうな料理があり、そして至る所に酒の瓶や缶が転がっている。
なんか凄いことになっているな、とその部屋を見渡していると、次郎がそっと私を下ろしてくれた。そして次郎は私の隣に座る。突っ立ったままいるのも変なので、私も座る。次郎と反対隣にいる太郎が、少し困ったような顔をして私の顔をのぞき込んだ。


「すみません、次郎太刀が・・・」

「いや、大丈夫だ。気にすることはない。ところで、なんの集まりなんだ?」

「お酒飲む集まりだよー!」

「そのまんまだな」

「僕はおつまみを作ってくれって頼まれてね。良かったら、つーちゃんも食べてね」


はいお箸、と燭台切が箸を一膳寄越してくれたので、遠慮なく食べようと思う。鯰尾と骨喰に何も言わずに来てしまったけれど、まあ先に寝てくれるだろう。
モッツァレラチーズが乗ったトマトを食べていると、私の目の前にお酒が並べられる。並べているのは、赤い顔をした鶴丸だ。


「椿は、どんな酒を好むんだ?色々あるぜ」

「飲んだことない」

「・・・嘘だろ・・・?」

「ほ、本当かい・・・?酒、飲んだことないなんて・・・」

「椿は生まれて間もないですから、飲んだことがなくてもおかしくはないでしょう」

「じゃあ、最初のお酒が安酒じゃ、可哀想だよね。次郎さん、あのとっておきの出してこようか」

「うんうん!そうしよう!椿の門出を祝おう!」

「門出なのか?」


燭台切はさっさとどこかへ酒を取りに行ってしまう。ところで、どうして私が酒を飲むことになっているのだろう。まあ、いつか飲んでみたいとは思っていたので、良いけれど。
暫くすると、燭台切が瓶を抱えて戻ってきた。手際よくそれを開けて、コップに注いでくれる。


「本当は、コップじゃなくてちゃんとした盃にしたかったんだけれど・・・生憎、見当たらなくて」


透明なそれは、当然酒の匂いがする。残念ながら、良い酒の匂いなのかどうなのかがよく分からないけれど、嫌だとは感じなかった。
恐る恐る、舐める程度口に入れてみる。


「・・・?」

「なんだいなんだい、その飲み方!っていうか飲んでないし!」

「お気に召しませんか?」

「・・・もう一回」


今度はちゃんと一口、口に含む。苦い。飲み込めば、食道が焼けそうなくらい熱くなったように感じる。でもその後には、ほのかに甘さが残っていた。ああ、なんだか、癖になる。私は、コップの中に残っている酒を、一度に飲み干した。


「・・・」

「おおっ!良いのみっぷりだな!もう一杯飲むかい?」

「欲しい。・・・多分、美味しいんだろうな」

「そりゃ勿論さ!秘蔵も秘蔵、いつか何かの祝いの時にのもうって決めてたやつだからね!アタシも飲ーもう。兄貴は?」

「私も飲みます」

「俺も!」


ワイワイ、と酒が次々とコップへ注がれていく。そして皆一様に、美味しそうに口へ運んだ。私もそれに倣って、でももったいないので少しずつ口へ運ぶ。私は酒だけでも十分だったのだけれど、それではダメと言われたので、おつまみも頂くことにする。
おつまみは、いつものご飯よりも濃いめに味付けされていて、それがまたお酒を誘う。食べて、飲んで、空になったコップに酒が注がれて、また飲んで。うん、美味しい。


「もう特上の酒は無くなっちゃったけど、こっちもなかなかいけるよ?どう?」

「うん・・・もらう・・・」

「あ、つーちゃん、甘いお酒なんてどうかな?僕、最近カクテルの勉強をしていて。もしよかったら、飲んでほしいな」

「うん・・・もらう・・・」

「椿、良い顔色になってきたじゃないか!それこそ、椿の花のように真っ赤だ!」

「うん・・・私は、椿、だからな・・・」


段々と体が熱くなってきて、頭がぼうっとする。心臓もいつもよりどくどくと力強く脈打って、少し苦しいくらいだ。でもこのふわふわとした、不思議な新しい感覚は嫌いではない。


「いや・・・しかしほんとに、あついな」

「ん!?んんん!?どうした椿!なんで脱ぎだした!?」

「熱いから・・・」

「ひゅーひゅー!良い脱ぎっぷりだねぇ椿ー!」

「い、いけません、椿・・・ほら、帯を戻して」

「止めるな、たろう・・・大丈夫、風邪ひかないから」

「風邪を引く引かないではありません」

「じゃああれか、ちゃんと戻せるかの心配か。だいじょうぶ、もう帯は自分でできるようになった」

「いや、その心配でもなく・・・」

「ほめてもいいよ」

「褒める」

「椿ー!イイコイイコ!帯が自分で出来るようになったなんて、随分成長したじゃないか!ほらぁ、兄貴も褒めてあげなよぉ」


後ろから抱きしめてきた次郎に、頭をこれでもかと撫でられる。少し痛いくらいだけれど、悪くない。テレビで、自分は褒められて伸びるタイプだ、と言っていたタレントがいたが、きっと私もそのタイプだ。
次郎のされるがままになっていると、前から太郎の大きな手が伸びてきて、遠慮がちに撫でられる。とても嬉しくなって、私は頬が緩んだ。


「待たせたね。カクテルの他にも、追加のおつまみ・・・これどういう状況?」

「光忠!仲間外れにされた俺を慰めてくれ!そして見ろ!あれを!羨ま・・・けしからん!」

「みつただ、それがカクテルか?」


部屋の入り口で立ってばかりいる燭台切の方へ向かう。なぜだか、頭だけでなく身体までフワフワしているような感覚で、いつものように歩けない。自分ではしっかり歩いているつもりなのに、床がとても柔らかい素材で出来ているかのようだ。
やっとの思いで燭台切の前に来たものの、足に力が入らず、立っていられない。ので、さっき次郎がやったみたいに、私も少し勢いをつけて燭台切に抱きついた。


「カクテルー、ちょうだーい!」

「えっ、あっ、あげる!あげるから、ちょっと離れ・・・いや、うーん・・・!?」

「光忠!俺を裏切ったな!羨ましい!椿、つばきぃ、俺のところにも来てくれ!退屈で死んでしまう!」

「しぬ!?それはだめだ!」


足がもつれながらも、倒れるようにして鶴丸の胸に飛び込む。耳元で鶴丸が何かを言っているが、どうも何を言っているのかが理解できない。聞こえているのに頭に入ってこないのだ。面白い感覚だと思う。
動いたせいか、体が今までで一番熱く感じる。刀として打たれた記憶は無いけれど、きっと炎の中で打たれながら生まれてきたとしたら、きっとこんな感じなのだろう。熱い。燃えるようだ。
ところで、胃がかなり重たく感じるのは何故だろう?胃の中に鉛の玉が入っているようだ。実際には、お酒とおつまみ、そして夕飯くらいしか入っていないのだけれど。ああ、いけない、なんか、逆流してしまいそうだ。こんなの、御手杵に腹を突かれた時以来だ・・・あの時は、吐かなかった、けれど。


「・・・・・・」

「椿?おーい、大丈夫か?・・・なあちょっと、これ吐くんじゃないか?なあ!?」

「えっ、そうなの!?つーちゃん、トイレ行こうか。立てる?」

「・・・でる」

「こりゃ調子に乗って飲ませ過ぎたねぇ。それにチャンポンだし」

「私が連れて行きましょう」

「・・・っ」

「兄貴!兄貴外だ!もう厠までは持たないよこの子!」

「しかし」

「部屋よりマシ!!」


この時初めて『吐く』という動作を、この身を持って体験したが、あんなに苦しいことがあるのかと驚いた。息が出来ないし、なんか酸っぱいし、とにかく苦しい。そして頭が痛む。
この日は、みんなから促されるまま水を飲み、いつの間にか敷かれていたその部屋の布団に横になって、眠ってしまった。翌朝に鯰尾と骨喰から怒られたのは言うまでもない。


「燭台切、次は、今度こそカクテルというものが飲みたい。美味しそうな色だったということしか覚えていない」

「良いけど・・・大丈夫なの?頭とか痛くないの?」

「今か?今は別に、何ともない」

「二日酔いになってないのならいいけど、今度はほどほどにしようね」

「ああ。もう吐くのはごめんだ・・・」


20161029
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