ストロベリーにまじない
「わあああああ!!!!」
いつかのように、主の悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。今日の私は短刀たちと遊んでおらず、一人縁側でおやつをいただいていたところだった。ちなみに今日のおやつは苺である。というか、最近のおやつは苺を使ったものばかりだ。
なんでも、一期一振祈願だそうで、鶴丸が来たのだからきっと一期一振も夢ではないと思った主が、一日一回苺ないし苺味のものを飲食すると言い出したのだ。「いちご」ひとふり、だから苺。言い出した日の主の瞳は、欲にまみれていた。
それから何日経ったか覚えていないが、誰も彼もが苺味のものに飽き飽きしていた。誰も彼も口にはしなかったけれど。たまにはチョコレートが食べたいと言い出した鶴丸が、チョコレートをコーティングされた苺を出されて、これじゃないと言いたげな顔をしていた。最初こそ喜んでいた短刀たちも、今では「いち兄の為」と義務感に苛まれながらおやつを食べている。もう逆に苺が可哀想になってくる。
「椿ちゃん!!!!!来て!!!!!!!」
「え?」
興奮しきった主が、私の方へ走ってやってきたかと思うと思い切り腕を引っ張る。されるがまま、器の中の苺を落としてしまわないように立ち上がり、引っ張られるまま向かった先は玄関。そわそわと落ち着かない主の横で、はしたなくも立ったまま苺を一つ食べる私。一体何があるのだろう。
「・・・ただいま!!!主!!!やったぜ!!!!」
「おかえりー!!!でかした!!!獅子王君でかした!!!!」
獅子王が嬉しそうに持っているのは、獅子王自身とは違う綺麗な鞘の刀。それを主に手渡し、ハイタッチをする。それから主の隣に並んだ。戦況でも報告していくのだろう。
それに続いて帰ってきた第一部隊が、ぞろぞろと玄関へ入ってくると、それに倣ってか、主とハイタッチを交わして中へ入っていく。その様子をぼうっと見ながら苺を頬張っていると、丁度そのタイミングでセンセイが入ってきた。
「こら椿、立ったまま食べるのは行儀が良くないよ」
「センセイお帰りなさい。急に主に引っ張られたものだから。最初はちゃんと座っていたんだ」
「そうなのかい?全く・・・まあ、狙いの彼が来てくれて本当に良かった」
「狙い?」
「その苺、暫くはお目にかかれないだろうね」
着替えてくるよと言って、センセイは行ってしまった。その、疲れた様子の背中を見送っていると、主の声が私の背中にかけられた。
「椿ちゃん、一緒に来て」
「? 何をするんだ?」
「一期一振を喚ぶの」
「それは、私が居ても大丈夫なのか?」
「構わない・・・っていうか、なんか居てくれた方が心強いっていうか・・・」
「なんだよー、俺じゃ心許ないのかー?」
「そういう訳じゃなくて!一人より二人!二人より三人!ね!」
「ま、主が会ったら、鶴丸の時みたいに倒れかねないからな。椿、行こうぜ」
「ああ」
主はしっかりと両手でその刀を持ち、鍛刀部屋へ入る。一角に設けられた祭壇のような場所・・・つまり私が、一番最初に目覚めた場所に、その刀を横たえた。主はその前にある座布団に座る。そして、手を合わせて何か呪文のような言葉を呟きはじめた。私には、何を言っているのかはっきり聞こえない。
「見るのは初めてか?」
「ああ。初めてだ。あそこはああやって使うんだな」
「そうそう。ここで鍛刀したときは、鍛冶妖精が作った刀を、主がああやって喚び起こすんだぜ」
「へえ・・・私も、あんな風に喚ばれたのか」
「戦場でも、喚ぼうと思えば喚べるんだけど、主はそんなに強い方じゃないからなぁ。それこそぶっ倒れちまう」
そんな雑談を小さな声でしていると、ふと部屋の中が明るくなった。風が吹き、どこからやってきたのか、季節外れの桜の花びらが舞う。眩しくて、思わず目を閉じた一瞬。次に目を開けた時には、見たことのない男士が、主の前に立っていた。成功だな、と獅子王が嬉しそうに言う。
「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな」
自己紹介で分かった彼の名前と、センセイの言った言葉の意味。器の中の苺のヘタを見て、当分苺は無しかと少し残念に思う。確かに飽きてはいたけれど、いざ無くなると寂しいものだ。
きっと苺のような色をした男士なのだろうと勝手に想像してはいたけれど、それとは全く違う。まあ、『一期』であって『苺』でないのだから当然なのだけど。澄み渡った空のような色の髪の毛に、柔和な笑みを浮かべ・・・まるでこの前見た映画の、王子様のようだ。
「成功した・・・良かった・・・」
「主、大丈夫か?」
「うう・・・やっぱり、ちょっと疲れるね・・・」
「最近、根を詰めすぎてたからな。とりあえず休もうぜ。椿、悪いけど一期一振のこと頼んで良いか?」
「ああ、任せろ」
「悪いな、一期一振。主との話は、また後でな」
「ええ、構いません」
獅子王に支えられ、よろよろと部屋を出ていく主。ひと柱の神様を喚ぶのだ。気力も体力も使うのだろう。・・・前の主は、入れ替わり立ち替わり、様々なペルソナを喚んで戦ってもケロっとしていたけれど、あれは天賦の才能だったからだろうか。
私は一期一振を見る。彼は少し困惑したような顔をして、所在なさげに立ちすくんでいた。
「初めまして、一期一振」
「はい・・・初めまして。貴女も、審神者なのですか?」
「いや、私は審神者じゃない。ここの主は彼女一人だ。」
一期一振は首を傾げる。そりゃそうだ。ただのお手伝いだとしても、わざわざこの儀式に参加する謂われはない。
私も通例通り、私の自己紹介をする。
「私は椿落としという刀。いわば刀剣女士だ。原因は不明だが、たまたま此処に喚ばれた。異端のものだから、此処以外の人間には知られていない。だけど敵ではないから、どうか安心してほしい。信じられないかもしれないが・・・」
「椿落とし・・・聞いたことがありませんな。そして女性とは・・・」
「みんなからは椿と呼ばれている。宜しくしてくれると嬉しいが、まあ、無理強いはしない」
「面白いことを言いますね」
「境遇が境遇だからな」
一期が手を差し出したので、私はそれに応える。どうやら悪い印象ではないらしい。良かった。
「ええと、短刀たちが騒いでいた「いち兄」で合ってるんだよね?」
「いかにも。弟たちは揃っているので?」
「ああ。確か、顕現出来る藤四郎は全員居ると言っていた。みんな、いち兄を待っていたよ」
「・・・いち兄・・・」
「? 藤四郎たちはみんな、そう呼んでる」
「・・・」
「・・・?」
急に一期一振が喋らなくなった。何やら難しい顔で私を見ている。今度は私が首を傾げる番だった。
「どうかしたか?どこか痛むのか?」
「いえ・・・。その、良ければもう一度・・・」
「?」
「もう一度、私の名を呼んで頂けませんか」
「一期一振」
「そっちではなく」
「・・・いち兄?」
私がそう言うと、またどこからか桜の花びらが舞う。そして、一期一振は頬を赤らめ嬉しそうな顔をして、私の頭を優しく撫でた。
「なんだなんだ?」
「ああ、すみません。嫌でしたか」
「嫌じゃないが・・・」
「ふふ、妹が出来たようで、嬉しくて」
「妹」
「申し訳ありません。刀派も違う上に、貴女の方が先に此処へ顕現したというのに」
「言っただろう。嫌じゃないって。それに・・・私は、鯰尾と骨喰と一緒に居ることが多くて、それこそ家族みたいに思ってるんだ・・・一方的だと思うけど。そんな、兄弟の兄なのだから・・・その・・・私にも兄が出来たようで、嬉しい」
ぶわり、と桜の花びらが舞う。わなわなと震えながら、一期はまた、私の頭を撫で始めた。その間にも花びらはとどまることを知らず、近くにいた妖精さんが焦り始める。いつの間にか勝手に消えているので、掃除は大丈夫だろうけれど、体の小さい妖精さんにとっては大変なのだろう。
「一期、そろそろ行こう。きっと藤四郎たちが心待ちにしている。案内も買って出てくれるだろう」
「いち兄と呼んでください」
「・・・顔がだらしないぞ、いち兄」
「ふふふ、すみません」
「妹相手に敬語は変だ」
「・・・それもそうか。ああ、椿。お兄ちゃんと手を繋いで行こうか」
「良いけど・・・その顔で弟たちの前に出て大丈夫か?」
「大丈夫。どうせ弟たちの前でも同じ顔になる」
「・・・そうか」
最初の、映画で見た王子様のようだ、という印象は今ではすっかり消えてしまった。代わりに、前の主も、妹の事に関しては同じだったな、と思い出す。
またこうして、私のことを妹扱いする男士が増えた。別に悪い気はしない。少なくとも、悪く思われてはいないということになるから。でもこうして、会ったばかりなのに手を繋いで歩くなんて事をするとは・・・距離感が近いというか、なんというか。
「椿」
「なんだ?」
「弟たちと仲良くしてくれて、ありがとう」
「・・・どういたしまして」
なんにしても、こうして一期一振が来てくれて、良かったと思う。
20160423
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