あの日のようにケーキを囲んでみたい
「やったああああ!」
そんな主の声が、本丸中に響き渡った。そんな大きな声で喜んで、どんないい事があったのだろう?同じように嬉しい悲鳴を聞いた短刀たちが、鬼ごっこを止めて一斉に声のした方へ駆け出す。私がちょうど、鬼ごっこの鬼役をかってでていた時だった。
「椿さんも行ってみましょう!」
と言う秋田に、是非も無く手を引っ張られた。道すがらワイワイと、短刀たちが色々な憶測を立てる。
「きっと良いことなんでしょうね」
「いち兄が来たとか?」
「えっ、いち兄!?」
「まだそうだと決まった訳ではありませんが・・・」
「全然違う事だったら?」
「きんのエンゼルがでたとかですか!」
「そんな事で主は、叫んで喜ばないんじゃない・・・?」
「椿さんは、何だと思いますか?」
ニコニコと笑っている秋田が、私に問いかける。主が、大声出して喜ぶことなんて・・・そうすぐには思いつかない。ううん、と唸ってから私は言う。
「みんなの言う『いち兄』だったら、良いなあ。話をしてみたい」
「わっ。驚いたか!」
決して自動なんかではない襖が、私が手を掛けなくとも開いたと同時に、聞きなれない声がした。目の前は真っ白い。少し視線を上げて見れば、髪も肌も服も白い、金色の瞳が目立つ人が立っていた。私は1度見たことがある、その姿。
さっきまで和気藹々としていた短刀は、一斉に私の背中に隠れる。
「お?なんだなんだ、驚きすぎて声も出ないか?主のように」
「主のように?」
「叫んだきり、ああでな」
目の前の真っ白い彼の向こうを覗き込むと、主がガッツポーズをしたまま倒れていた。同じように覗き込んだ短刀たちは、一斉に主の元へ駆け寄る。
「短刀らには、奇怪な姿で主が倒れていた方が驚きだったか。まあいい」
ワイワイと主を囲む担当たちを一瞥して、真っ白い彼・・・確か、鶴丸と呼ばれていた彼は、今度は私を観察し始める。正面から、違う角度から、はたまた背後に回られたりして、大変落ち着かない。
「君は、審神者ではないのか?」
「ああ」
「何となく、人間でも無さそうだ」
言い淀む。言っていいのか悪いのか、精査する。これから仲間になるのだろうし、この彼は他所の鶴丸ではない。別に、政府と繋がっている訳では無いので、私は私について説明をする。
「私は審神者ではない。その、なんというか・・・言うなれば刀剣女士、か。何故呼ばれたか分からない異端者だ。だから、ここ以外の人間には知られていない。知られても、審神者の妹で通している」
「ほう・・・そりゃ驚きだ。で、名前は?」
「椿落としだ。皆からは、椿と呼ばれている」
「椿、椿・・・」
鶴丸はもう一度、私を一通り見る。
「その服装は、趣味というわけではなく」
「最初からこれだった」
「その胸のふくらみも、何か詰め込んでいるわけではなく」
「詰め込んでいない」
「体の線の細さや丸みも、君が本当に女だからか」
「そうだ」
ぐるぐると私の周りを歩きながら、ひとつひとつ自分を納得させるように、確認するように言葉にしていく。最後に私の正面に立ち、顔を近づけてジッと見つめられる。シャドウを思い出す金色の瞳が、好奇心を隠さない。
「面白い・・・面白いな!椿落とし?そんな刀、1度も名を聞いたことがない!そして女ときた!主、君はもしかして刀剣男士を女士に出来る才能があるんじゃないか!?」
「いや、無いと思うが」
「気に入った!なあ、暫く俺と一緒に居てくれないか。ここの事は何も分からんからな」
「鶴丸にも、縁のある刀が居るだろう?そっちの方が」
「いいや、君がいいんだ!」
両手をぎゅうと握られて、この間主が貸してくれた少女漫画に出てきたセリフを鶴丸は言う。困惑しながら主の方を見れば、前田と平野に両脇を支えられながら座っている主が、微笑みながら親指をぐっと立てる。
「分かった・・・私でよければ、力になろう」
私がここへ来たときは、何をしてもらったんだっけ。鯰尾に本丸の中を案内されたんだっけ?あの日の事を思い出しながら、私は鶴丸を連れて歩き出す。
「さっきの場所は、刀を鍛刀するところだ。鶴丸のように、資材を使って喚ぶこともあれば、戦場で拾ってきたものを持ってきて、あの場で喚ぶこともある」
「君はどっちだい?」
「私は鶴丸と同じだ。・・・ここは手入れをする部屋だ。最大4人まで入れる。レベルが低いうちは、お世話になる事が多いだろう」
「君は入ったことがあるのか?」
「私は今のところない。戦場には出たことがない・・・というか、出られるか分からないし、出たら政府に知られてしまうんじゃないかと思ってな。出られるに越したことはないが、きっと足でまといだ」
「へえ・・・おや、なんだか良い匂いがするな」
「おやつの時間だ。今日はホットケーキだな」
「ほっとけーき?」
「厨房はこっちだ。燭台切のホットケーキは美味しいぞ」
「燭台切?燭台切光忠か!?」
「知り合いか」
良い匂いに釣られるようにして、厨房へ向かう。どうやら一番乗りだったようで、いつもごった返している短刀たちはまだ居ない。もしかしたら、まだ主の傍にいるのかもしれない。
「ほっとけーき?とやら、一つ戴こうか」
「・・・鶴丸さん!?」
燭台切は目を丸くさせて、声を上げた。わいわいと盛り上がっている話の内容は、私には到底分からない仲間内のもので、残念ながらついて行けない。ので、私は私で2人分のおやつを準備する。
燭台切のホットケーキは、セルフサービスで色々なものをトッピングする事が出来る。今日はチョコレートソースにベリーソース、生クリームに冷凍のベリーミックスが用意されていた。ひたすらベリーで攻めるのもいいが、チョコとベリーの相性も捨てがたい・・・当然生クリームは必要だ。少し悩んで、チョコとベリーの方を選ぶ。
飲み物はどうしようか・・・メインが甘いから、コーヒーで良いか。いやでも、鶴丸はまだ慣れていないから、コーヒーは苦すぎるか?少し迷って、私はコーヒーを2杯と、多めにクリームと砂糖を頂いていくことにした。
準備を終えて2人の様子を伺うと、二人はまだ楽しそうに話をしている。積もる話があるのだろう。しかし、あんまり話ばかりしていると、私たちのように匂いを嗅ぎつけた人たちが、どんどんやってくるに違いない。困るのは燭台切だ。
「燭台切、貰っていくよ」
「ああ!そうだった!ごめんね、椿ちゃんに任せちゃって」
「大丈夫だ。それより、もう時間も時間だから、次々焼かないと大変じゃないか?」
「そうだね。鶴丸さん、また後でね」
「ああ。・・・ところで椿、これはホットケーキというやつか?」
「そうだ。本来は、バターと蜂蜜をかけるんだけど、燭台切は凝り性だからな。豪華なんだ。鶴丸はコーヒーを持ってくれ。落とさないように気を付けて」
「・・・なんだ、この黒い汁は」
「コーヒー」
2人でおやつを持って、食堂へ向かう。やはりそこには誰もいなくて、しんと静まり返っていた。私は机の隅に皿を置いて、鶴丸に座るよう促す。私は部屋の隅にある食器棚から、ナイフとフォーク、ティースプーンを入れ物さら取り出す。それらをガチャガチャと机に置いて、私も着席した。和室に似合わないこの洋風さにも、随分慣れてきた。
「いただきます」
「いただきます。・・・どうやって食べるんだ?」
「ナイフとフォークを、こうやって持つ」
「こうか」
「フォークを刺して、ナイフで一口サイズに切る」
「ほう」
「好きなように、ソースや果物を乗せて、食べる」
「・・・」
うん、美味しい。私が食べるまでをじっと観察していた鶴丸は、少し苦戦しながら一口をやっと放り込む。咀嚼して、飲み込んで、目を丸くさせたまま私に言う。
「うまい!なんだこれは!」
「ホットケーキ」
「これの名前じゃない!なんだ、なんて言ったらいいんだ、うまいのは分かるんだ。でも、こう・・・なんだこれは!」
「あ〜・・・甘い?」
「甘い?甘いというのか!甘いのはうまいな!この赤い果物は甘いんだが、舌を刺すような不思議な感じで・・・」
「甘酸っぱい、だな。赤いのは苺、丸くて黒っぽいのはブルーベリーと言って、まあ、苺の仲間だ。ちなみに、茶色のどろどろしたのはチョコレート。それが一番甘い」
「チョコレート!」
鶴丸はがちゃがちゃとナイフとフォークを動かして、次から次へと口に入れていく。ちゃんと噛んで飲み込んでいるのだろうか・・・と思っている最中、鶴丸の動きが止まった。焦った様子で私の腕を掴む。顔色が悪くなっているということは、やっぱり詰まらせたのか。
「あ、すまない。飲み物がコーヒーしかない・・・これを飲むといい。吐き出すなよ。」
「!!!・・・!??!??」
コーヒーをグイっと飲んだ鶴丸は、青い顔をしたまま口を押さえた。苦しいのか、苦いのか分からない。まあ、どっちもだろうが。暫くすると、ホットケーキとコーヒーが食道を通っていったのか、鶴丸が息を吹き返す。
「大丈夫か?」
「なんっ、まずい!その黒いのまずいぞ!」
「コーヒーだ。やっぱり苦かったか」
「苦いというのか!俺は嫌いだ!」
「まあまあ」
残っているコーヒーに、砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。真っ黒だったそれは、たちまち優しい茶色に変化した。短刀にしてやる量と同じくらいの砂糖とミルクを入れたので、きっともう大丈夫だろう。
「飲んでみろ」
「・・・俺はホットケーキさえあれば、それでいい・・・」
「また詰まったらどうするんだ」
「もう詰まらせないようにするさ。もう学んだ」
「でもなあ」
鶴丸はまた、黙々と食べ始める。まあ、強制する事でもないだろうし、きっと暫くすれば飲み物が欲しくなるだろうと、私も自分のホットケーキを食べ進める。
「・・・」
「・・・」
「なあ」
「うん?」
「やっぱり、さっきの貰っても良いか?」
「ああ。口が渇いただろう」
拒否するように、少し遠くに置いてあったコーヒーを、鶴丸の方へ寄せてやる。鶴丸はそれを持って、暫く揺れるコーヒーを見ていたけれど、決心したように恐る恐る口へ運んだ。
「・・・全然違うじゃないか」
「美味しい?」
「ああ、うまい」
「良かった」
きっと肉体を手に入れた鶴丸も、以前の私のように色々な事に驚くのだろう。私だって、まだ未体験のことはたくさんある。今日だってそうだ。知らない誰かが鍛刀される場面に、初めて出くわした。そして、本丸のこと、人間の体についてのあれこれなんかを教える立場になることも、初めてだ。以外と難しい。まだ食べる事に慣れていない鶴丸の頬に付いた、チョコレートソースを指で拭ってやる。
「鶴丸、何か分からない事があったら、どんどん聞いてほしい。どんな些細なことでもいいから」
「ああ。じゃあ早速。あれは何をしているんだ?」
鶴丸はフォークである方向を指す。フォークでそんな事をするもんじゃない、とたしなめながらその方向を見ると、わなわなと震えている鯰尾と、私に小さく手を振る骨喰が居た。
「あの二人は鯰尾と骨喰。脇差だ。今何をしているかは分からないが、2人は遠征に出ていた。・・・お帰り、遠征はどうだった?」
「ただいま。別に、普通だった」
「そうか。怪我が無くて何よりだ」
「つ、つばきちゃん・・・う、うわ、うわき・・・?」
「は?」
「浮気?君たち、刀なのに恋仲なのかい?」
「いや、ちが」
「ちっチクショー!遠征行ってる間に、いつの間にか居たレア4に椿ちゃん取られた!やだああ!!」
「うっ」
勢いよく飛び込んできた鯰尾を何とか受け止める。何がどうなって鯰尾の中で浮気になったのか分からないし、そもそも浮気というような言葉が飛び交うような仲ではない。そんな事を言えば尚更喚きそうなので、黙っているけれど。
骨喰にアイコンタクトで助けてくれ、と言ってみたが、ため息を吐いて首を横に振られてしまった。鯰尾が、やたら胸にぐりぐりと擦り寄ってくるので、ちょっと痛い。
「羨ましいな」
「!!、これは俺の特権ですからね!?っていうか、椿ちゃんに手を出さないでくださいよ!!」
「手は出さないさ。ただ、今の俺は好奇心の塊でな。女の体がどうなっているのか、少し気になる」
「椿ちゃん離れて!なんで一緒に行動してるの!離れて!」
「椿、そいつは危険だ」
「案内役を頼まれているんだ。途中で放り投げる訳にはいかない」
「どうして身の危険を感じてくれないの・・・!」
「はっはっは!なかなか愉快だ。どれ、今からは4人で行動しないか?」
「誰が!」
「おや、良いのかい?ここで素直にはいと言わなければ、俺と椿はまだ2人きりで行動することになるが・・・」
「はい!行きます!行くよな骨喰!」
「勿論だ兄弟」
「まあ2人でも4人でも構わないが、とりあえずおやつを貰ってきたら?今日のも美味しいよ」
ワッと去っていく2人の背中を見送る。案内役が3人に増えれば、私1人でやるよりも円滑に進むだろう。どうにも力不足だし。
「君たちは、特別仲が良いのかい?」
「鯰尾が私を鍛刀したんだ。それから、骨喰と一緒に色々世話を焼いてくれて・・・こう言っては変なんだけど、家族みたい、なんて思っているんだ」
「家族、ねえ・・・」
「兄妹の方が良いのかな。照れくさいから、2人には内緒」
前の主の妹が、家族になった日なんだよ、と笑顔で言っていたのを思い出す。主と幼い妹と父との3人でケーキを囲んでいるのが印象的だった。あの日から、3人の仲が急激に縮まった。私には、あの儀式めいたものが忘れられない。いつか私も、ペルソナのように彼の前に姿を現せられるようになったなら、あれをやってみたいと願っていたのだから。叶わないと知っていても、願わずにはいられなかった。
そう言えば、今食べているものもケーキである。ショートケーキよりは随分形が違うけれど、材料なんかはほぼほぼ一緒だ。家族みたいに、なんて贅沢なことは言わない。
「まだ言ってなかったな」
「何をだい?」
「この本丸へようこそ。きっと貴方なら、すぐに馴染む事が出来るだろう。そのついででいいから、私とも仲良くしてほしい」
「ついでで良いのかい?」
不思議そうに首を傾げながら言う鶴丸に、私は何も言わず、曖昧な笑顔を返す。そんな我が儘を言う勇気など、私は持ち合わせていなかった。
20160115
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