あの子 | ナノ
内番服の話

「椿ちゃん、内番用の服届いたよ!」


主のその言葉に、私は胸が躍るのを感じた。これでようやく、本格的に外での手伝いが出来るというもの。台所に立ったり、本丸の中の基本的な掃除をするだけでマンネリ化していた日々に終止符が打たれるのだ。それはもう、嬉しい。
それを一緒に聞いていた鯰尾も、私と同じようにワクワクとした表情で、一緒に主の部屋へ行くと言った。ので、二人で早速、主の部屋を訪れた。


「はい、これね。」


主に渡された沢山のビニール袋の中には、それぞれジャージの上着や半袖、半ズボンなんかが入っている。これが、前の主も来ていたジャージ・・・!早速ビニール袋の中から上着を取り出して、制服の上から羽織る。なんだか不思議な生地だ・・・とても動きやすいし、大きめで余裕がある。


「サイズが大きいんじゃないか・・・?こういうものか?」

「大きめの方が、こうやって萌え袖が出来るから良いの!ね!鯰尾くん!」

「はい!」

「そうか、こういうものか。」


まあ、作業をする時には腕まくりをすれば良いか。暑くなれば上着は着なくなるだろうし。


「ん?あれ?主、これブルマ入ってないじゃないですか!」

「普通に却下だから!」

「ええー!!そんな、俺あれが楽しみで、こっそり追加したのに!」

「ギリギリで気付いて良かったよもう!」

「・・・ブルマ?」

「椿ちゃんは気にしないで!」

「あ、ああ。」


うおおお、と鯰尾が畳みに伏せって吠えているのを横目に、他の袋も物色する。すると、その中に一つ、異色のものが入っていた。


「これは?」

「ああ、エプロン!燭台切さんがね、椿ちゃんがよく手伝ってくれているから何か買ってあげてって言うから・・・。」

「もしや燭台切さんチョイスですか!?」

「う・・・うん、そのはず・・・でもまさか、こんなヒラヒラしたの選ぶなんて・・・。」


そう、主が言うように、燭台切が選んだというエプロンは、妙にヒラヒラが多かった。料理をするには邪魔にならないだろうが、裾や肩の部分がすごい。すごくすごい。


「どうして・・・どうして燭台切さんには検閲が入らなかったんだ・・・。」

「日頃の行いじゃないかな。」

「どうかな、似合うか?」

「・・・。」

「・・・。」

「冗談だ。主が着た方が良い。」

「凄い!幼妻みたいだ!」

「鯰尾くん、そんな言葉どこで覚えてきたの!?」

「お、おさな・・・?なんだそれは、褒め言葉か?」

「すっごい褒めてる!もっと褒めた方が良い!?可愛い!似合う!寝る時も着て欲しいくらいえっち・・・。」

「うん?」

「ごめんなさい主。」


こんな可愛らしいエプロンだけれど、いつでも台所に入って大丈夫だよ、とでも言われているみたいで嬉しい。こうして何かを買い与えてくれるのも、ここの本丸の一員に認められたようで、擽ったい。つい、頬が緩んでしまう。


「見て下さい主、俺の椿ちゃんがこんなにも可愛い。」

「別に鯰尾くんのじゃないけど、可愛いのには同意する。」

「ん、いい時間だな。着ているついでに、ご飯の準備を手伝ってくる。」


ジャージは明日着るとしよう。部屋へ行って、大事にタンスの中にしまってから、私は台所へ向かった。丁度良く、燭台切が居る。それから、歌仙と薬研もそこに居た。


「燭台切。」

「ああ、椿ちゃ・・・んん?」

「エプロン、選んでくれてありがとう。」

「・・・。」

「?」

「燭台切、君というやつは・・・。」

「旦那、イイ趣味してるな。」

「ちっ、違う!いやエプロンを贈ろうと思ったのは僕なんだけど・・・あれ?僕が選んだのは、もっとシンプルな・・・。」

「椿、こちらへおいで。その男に近付いてはいけない。」

「まさか、無意識で選んだのか?」

「待って、待って!まだカタログが残ってるはずだから、確かめてくるよ!」


燭台切は慌てて出ていく。さっき、主と鯰尾には褒められたのに・・・やはり、私が着るようなものではないのだろうか・・・。燭台切が言うには、もっと違うものを選ぶつもりだったようだし。


「・・・。」

「椿姉さん、脱いじまうのか?」

「まあ、私が着られるようなものではないようだしな。」

「いやいや、良いと思うぜ。そそられる。」

「そそ?」

「薬研、それは褒め言葉ではないよ。」

「・・・センセイはどう思う?」

「うん?ああ、あの燭台切がこんなエプロンを選ぶとは思っていなくて驚きはしたけれど・・・君は見目が良いんだ。もっと胸を張ると良い。」


ほら後ろ向いて、と歌仙に言われるまま後ろを向く。解いた紐を結び直してくれているようだった。縦結びになっている事の方が気になっていたらしい。正しいリボン結びのやり方を教えて貰っていると、足音が帰ってきた。燭台切がカタログ片手に、息を切らせて台所に入ってくる。


「ばっ・・・番号を間違えていたみたいでね・・・。本当は、こっちを選びたかったんだ。」


カタログの端が折られているページを見せる。そこには、シンプルな形のピンク色のエプロンがあった。胸の中央部分には、可愛いウサギの絵が書かれている。


「返品は難しいかな・・・もう一着、買ってもらえるように主に頼んでみようか?」

「いや、これで良い。大丈夫だ。」

「でも・・・。」

「着慣れれば良いだけの事だ。そんな申し訳なさそうな顔をしなくて良い。嬉しかった。間違えてしまったとは言え、エプロンを贈ってくれたこと。」

「・・・椿ちゃん・・・!」

「椿姉さんはたまに、見た目に反して男前度が上がるよなぁ。」

「それを君が言うのかい。」


燭台切はまだ何か言いたげに、眉をハの字に下げたままもごもごと口を動かしている。私はもう既に着慣れ始めているので、謝罪することでは無い事だと心の底から思っているのだけれど・・・。


「なあ燭台切、一つワガママを言っても良い?」

「!、なっなんだい?」

「このカタログのエプロンみたいに、ウサギを付けて欲しいんだ。刺繍でも、燭台切が選んだアップリケでも良い。今、これとカタログのを見比べてみて、心残りなのがそれなんだ。」

「お安い御用だよ!かっこよく刺繍するね!」

「解決したかい?早く夕餉の準備に取り掛かるよ。」


私の格好が珍しいからか、その後も色々な人にエプロンの事について聞かれた。その度に燭台切は膝から崩折れるし、それを見る度にセンセイは怒るしで、大変だった。着てみた感想だが、見た目より動きやすく、大きなポケットには色々入れることが出来て便利であることが分かってきた。とても良いと思う。
それに、短刀からは『お母さんみたい』と好評だったのが嬉しい。私たちには母という存在がどういうものであるのか、本やテレビなんかでしか知る事が出来ないけれど・・・母は偉大だ。そんな存在みたいだと言われるのは、素直に嬉しくなる。おままごとしようね、と短刀たちと約束を交わした。

さて。新しい服を貰えた嬉しさが冷めないまま風呂へ向かい、明日は早速あの服を着て畑仕事をしようと決意しながら身を清める。そわそわと落ち着かない気持ちのまま、風呂から上がる。今日は眠れるか分からない。
身体を拭いて、着替えを取る。


「・・・ん?」


いつもの浴衣が、ない。確かに持ってきたはずだ。いくら気持ちが浮ついていたとは言え、それを忘れてしまうようなヘマはしない。いや、浴衣がない、というのには語弊がある。正しくは、浴衣が浴衣じゃない何かになっていた。
浴衣の代わりに置いてあったそれを広げてみると、それはさっき見た体操服だった。なぜここに?あんまり私が楽しみにしていたから、浴衣じゃなくてこれを持ってきてしまったのだろうか?そうだとしたら、私はちょっと浮つきすぎている。しかしおかしいのは、風呂に入る前まで来ていた制服まで無くなっている事だ。
しかし、まあ、どうあれ。まさか何も着ないで・・・パンツだけ履いて部屋に戻るわけにもいかない。何も無いよりは良いだろうと、体操服に手を通す。パンツを履いて、ハーフパンツ・・・。


「短いな。」


ハーフパンツとは別物だ。丈がとても短い。短いなんてものじゃない。これじゃ脚が丸出しじゃないか。でも、他に履くものはない。パンツの上にパンツを履いているような感じだ・・・本当は下着なのか?よく分からない。下着だとしたら恥ずかしい。出来るだけ半袖の裾を下げて、私は脱衣所を出た。


「ただいま。」


いつものように部屋へ帰るが、二人からのおかえりの言葉は無かった。骨喰はすごい顔をしてこっちを見て、鯰尾はそれはもう嬉しそうな顔をしている。


「椿、なんだ、その格好は。」

「分からない。浴衣が無くなっていて、代わりにこれが置いてあったんだ。」

「椿ちゃん!すごく似合う!ヤバイ!俺の見立て通り!!」

「・・・鯰尾の仕業か?」

「そうだよ!!」


元気よく返事された。


「これは何だ?脚が寒い。」

「ブルマ!」

「ぶる・・・。」


鯰尾が主に却下されていた、あれか?却下されていたのに、どうしてここにあるんだ?私の疑問は尽きない。


「いや〜、ラッキーだった。主から却下されたって言われて凹んでたんだけど、注文自体は却下されてなかったんだよ!主の手元に届いて、改めて弾かれてたらしくてさ〜!」

「まさか、主の部屋を物色したのか?」

「いやいや!物色はしてない。その辺にポイッとしてある主が悪いんだよ!」

「話が見えない。兄弟、何をしたんだ?」

「良い事!」


鯰尾は私の手を引っ張って、既に敷かれていた布団に連れて行く。私は大人しく布団に座って、訳が分からないという顔をしている骨喰に、大体の話を伝えた。話を聞くほどに骨喰の視線が冷たくなり、最終的に絶対零度の視線で鯰尾の事を見ていた。当の本人は全く気にしていない。


「タイツも回収しておいて正解だったなあ俺!椿ちゃんの生足〜。」

「待っていろ椿、今着替えを持ってきて・・・。」

「無駄だよ骨喰!この部屋の浴衣は全部洗濯機に入れた!もう無いよ!」

「・・・・・・。」

「鯰尾、私の制服は?」

「それも洗濯機に入れた!」

「ちゃんとブラはネットに入れたんだろうな?」

「・・・?」


洗濯機の中身を捌くらねばならない。これから夜が更けるので、流石に洗濯機のスイッチは押されていないはずだ。すぐに見つかる事を願いながら立ち上がろうとするが、鯰尾に手を引かれ尻餅をつく。逃がさないとでも言うように、ぎゅうと抱きしめられた。


「そんな格好でフラフラしたら危ないでしょうが!」

「いや、今誰よりも危ないのは兄弟だ。椿を離せ。」

「嫌だね!・・・あれ?椿ちゃん、いつもの胸当ては?」

「胸当て・・・?ブラの事か?それなら、寝る時はいつも着けてない。浴衣の時もそうだろう?」

「・・・・・・。」


鯰尾が、いつかの時のように、私の胸を無遠慮に鷲掴む。それと同時に、骨喰の本体が鯰尾の脳天に思いっきり振り下ろされた。


「椿、早く洗濯場へ行け。まだ新しい浴衣がそのまま放り込まれているに違いない。」

「あ、ああ・・・鯰尾、大丈夫か・・・?」

「うう・・・洋服凄い・・・和服より生地薄いから、色々ダイレクトにい゛だい!骨喰!痛い!やめっ、もう言わない!言わないから!同じとこ殴るのやめっ!」

「元気そうだな。」


骨喰に言われた通りに、私は自分の服を探しに洗濯場へ向かう。業務用の大きな洗濯機の中を簡単に探すと、制服と一緒に下着が見つかった。そのまま洗濯機が回ってしまわなくて良かった・・・きっと、ワイヤーが歪んでしまうに違いない。下着をネットに入れて、業務用ではなく、その隣にある家庭用の洗濯機に放り込んだ。


「・・・。」


やっぱり、この格好は落ち着かない。普段に比べて随分と露出された脚をすり合わせる。タイツとスカートが無いだけで、こんなにも心もとないとは。誰かに出会ってしまうまでに、とっとと部屋へ戻ろう。鯰尾には申し訳ないけれど、これは予備の予備だ。ハーフパンツの替えが、何かしらの理由で無くなってしまった時だけにしよう。
20151214
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