お礼と落下
加州と買い物を終えたその日、私は早速、お礼の品の団子を同田貫に渡そうとしていた。
仙人団子というのは不思議なもので、食べればたちまち疲労感が無くなると言う。それに、賞味期限というものも無いらしい。主もいくつか貯めてあると加州が言っていた。それでも私は今日のうちに渡してしまいたかった。何故なら、もう助けてもらったあの日から、随分と日が経ってしまっているからだ。これ以上、日を空けてしまうのはまずいだろう。だから私は、本丸に帰ってすぐに同田貫を探すことにしていた。
「買い物袋は俺が置いてくるから、椿はたぬきのとこ行きな。」
「でも重たいだろう。」
「これぐらい平気。」
「厨房くらいまでは行く。」
「いいから。多分、なかなか捕まらないと思うし。」
「?、どうして?」
「主がね、報告したい事とかあるのにたぬきが捕まらないって、よく怒ってんの。ようやく捕まえたところを見たことあるけど、たぬき、主の前だと妙に大人しくてさぁ。」
「主だから、じゃないのか。」
「いや、もし主が男だったら、たぬきはあんなに避けないと思うよ、俺。」
「・・・それで、どうして同田貫が捕まらない話になるんだ。」
「椿だって女の子でしょ。用事終わったら、主にカチューシャ見せに行くんだから、忘れないでね。それ外してたら怒るよ。」
ほら行って、と加州に背中を押されたので、後ろ髪引かれる思いでその場を立ち去る。
そう言えば、私は同田貫の姿をあまり見たことが無い。見たとしても、ご飯の時に離れた席に座っているのを見るくらいだ。加州が言うことを参考にすると、私は今まで避けられていた、のか。
ちゃんと捕まるだろうかと不安に思いながら、団子を両手に持って廊下を歩いていると、正面から和泉守が歩いてくる。とりあえず、同田貫の居場所を和泉守に訊いてみよう。
「おう、椿。帰ってたのか。」
「ただいま。和泉守、同田貫を知らないか?」
「同田貫?」
「団子を渡したくて。」
軽く団子を持ち上げて見せれば、和泉守は怪訝そうな顔をする。
「なんでアイツに?」
「この前助けてもらったんだ。そのお礼に。」
「ふーん・・・。」
「居場所、知らないか?」
「いや、見てねぇなぁ。・・・ところで、この髪飾りは何だ?」
和泉守が手を伸ばして、クイクイと私のカチューシャのリボンを引っ張る。頭に馴染みすぎていて、カチューシャを付けている事をすっかり忘れてしまっていた。加州が選んでくれたものだから、きっと大丈夫だとは思うけれど・・・やっぱりどこか、気恥ずかしい。
「さっき買い物へ行った時に、雑貨屋に寄って・・・加州が選んでくれたんだ。その、似合わないとは思うんだが、それを言うと加州が怒るんだ。それに、外しても怒られる。だから、その、き、気にしないで・・・。」
「いや、こんなデカイもん付けてたら、気になるだろ。それに・・・。」
「?」
「にっ、似合わなくもないと思うぜ!」
和泉守はそう言うと、ドスドスとやけに大きな足音を立てて、私の横を通り過ぎる。私も、同田貫探しを再開しようと歩き出したところで、後ろから和泉守に声を掛けられた。
「椿!」
「?」
「・・・今度は、俺が椿に似合う髪紐を選んでやる。」
「髪紐。」
「じゃあな!」
それだけ言うと、今度こそ和泉守は行ってしまった。髪の毛のアクセサリーが増えそうな予感がする・・・。いやでも、私もこうやってお小遣いを使って、色々買ってみるべきだろうか?主がよく、自分が使っているものをくれようとするし、燭台切も色々言うし。思い返してみると、シャーベットのような美味しそうな色のシュシュが沢山あったなあ。
「わっ。」
「おっと。」
廊下を曲がったところで、今剣とぶつかってしまった。団子は咄嗟に避けたので、左手の上で無事に形を保っている。その後ろには、驚いた顔をしている小夜も居た。
「大丈夫?今剣。」
「はい!とってもやわらかかったので、だいじょうぶです!」
「そうか、良かった。」
「つばき、きょうはおおきなかみかざりがついていますね。うさぎみたいで、かわいいですよ!」
「はは、ありがとう。・・・まだ気恥ずかしいんだけどな。」
「さよも!おんなのこがようしをかえたときは、ほめるのがいいって、てれびでやっていました!」
「えっ、あっ・・・似合ってると、思うよ。」
ぶつかったついでかなんなのか、今剣がぎゅっと抱きついてくる。私はそんな今剣の頭を撫でてから、今剣の急な振りにも関わらず、ちゃんと褒めてくれた小夜の頭も撫でた。
もしかして、これから道行く人全員に、カチューシャについて突っ込まれるのだろうか・・・は、外したい・・・でも外したら加州が怒る・・・。いや、今はカチューシャの事は置いておこう。考えていたって、きっと突っ込まれるか怒られるかのどっちかだ。私は改めて二人に向き直り、問いかける。
「二人して、何処かへ行く途中だったのか?」
「そうです!おやつをもらいにいくんですよ。あそんでいたら、おそくなってしまいました。」
「今日は、お団子?」
二人の視線が、私の左手の上に乗っている団子の包みで止まった。私は慌てて、首を横に振る。
「これは、同田貫にあげるんだ。」
「同田貫に?」
「どうしてですか?」
「この前助けてもらったお礼に。そうだ、二人は同田貫を見た?」
「はい!なかにわで、すぶりをしていました。」
「道場が空いてなかったんだって。」
「中庭か。ありがとう、行ってみる。引き止めて悪かった。」
二人と別れて、私は中庭の方へ向かう。廊下から見る限り、誰も居なさそうだけれど、一応周辺を探してみよう。中庭へ行く用の草履を借りる。中庭を見渡すが、やっぱり誰も居ない。その足で道場へ向かって見たけれど、もう誰も居ないのか静まり返っていた。
その足で、畑や馬小屋なんかも覗いてみるが、誰も居ない。馬を撫でながら、加州の言っていた通りだなあとため息をつく。
どうしたものか。こうなったら、夕飯の時に渡すべきか。もうとっくにおやつの時間を過ぎてしまっているし・・・。その方が早いに違いない。気を取り直して、来た道をゆっくり戻る。
歩き回ったらお腹が空いてしまった。今日の夕飯はなんだろう?色々な食べ物に思いを巡らせながら、一本の木の横を通り過ぎようとすると、上の方で猫の鳴き声がした。とうとう本物の猫に会える日が!喜々として顔を上げると、そこには見慣れた虎模様が。
「五虎退の、虎・・・?」
虎は、木の枝の上で鳴いている。どうやら、登ったはいいが降りられない、というやつらしい。私を見つけた途端、鳴き声が激しくなる。ここで、『助けない』という選択肢は私には無い。私は団子の包みを脇に置くと、慣れない木登りをする。スカートのままだが、誰も居ないし構わないだろう。
「おお、意外と登れるな・・・。」
ミャウミャウと鳴き続ける虎の首根っこを掴まえて、抱きかかえてやる。少し撫でてやると、落ち着いたのか鳴き声はおさまった。
しかし、これからどうするか・・・登る時は両手が空いていたから良かったものの、帰りは当然この虎を抱えていなければならない。紐があれば、身体に括ってしまえるのだけれど・・・。ミイラ取りがミイラに、というのはこの事か。
少し途方にくれながら、暮れゆく夕日を眺める。綺麗なオレンジ色だ。明日もきっと、晴れるに違いない。
「・・・まあ、なんとかなるか。」
鯰尾もよく、そう言っている。ここでいつまでも枝に跨っている訳にはいかない。片腕に抱えるように虎を持ち、とりあえず体の向きでも変えようと片脚を持ち上げたところで、
「おっ、お!?」
滑った。何が滑ったかって、スカートが。後ろにたわんでいたスカートが、私の尻と腿を滑らせて、私のバランスを崩したのだ。なんとか足だけでも引っ掛けられたら良かったのだけれど、しっかりとした木の幹は、私の膝を噛ませてくれない。急にスローモーションになった世界で、私は虎だけはどうにか守ろうと、腕の中に閉じ込める。
「っにしてんだ!」
スローモーションの癖に、痛みは早くやってきた。しかし、思っていたよりは痛くない。どっちかというと、早鐘のように打つ心臓の方が痛いくらいだ。
「アンタ、落ちるのが趣味なのか!?」
「・・・同田貫、なんで此処に・・・。」
目を開けると、私は同田貫の腕の中に居た。落ちる私をキャッチしてくれたのか・・・また、助けられてしまったらしい。舌打ちをしながら、同田貫は私を降ろす。
「忘れもん取りに来たんだよ。じゃあな。」
「まっ、待て!同田貫!」
「んだよ。」
同田貫は垣根に引っ掛けてあったタオルを取ると、私の待てという言葉に適当に返事をして歩いて行ってしまう。全然待ってくれないじゃないか。私は慌てて、脇に置いてあった団子を掴むと、同田貫を追いかけた。
「お礼の団子だ。」
「お礼ィ?」
「この前、井戸に落ちそうになった時、助けてくれただろう。」
「あー、んな事もあったなぁ。」
「その時のお礼を、と思ったのに・・・また助けられたな。ありがとう。また今度、違うものを・・・。」
「要らねーよ。礼とか、んなの。」
「でも、」
「要らねえって!」
「・・・。」
同田貫は私に怒鳴ると、スタスタと歩いて行ってしまう。厚かましかっただろうか。いやでも、ただお礼を言っただけでキレられるのは納得がいかない。暫く考えて、ある可能性に辿り着く。
「・・・同田貫は恥ずかしがり屋さんなの?」
「・・・アア゛!?」
おお、同田貫が走って戻ってくる。私の腕の中に居る虎が、私の言葉に同意するようにミャウと鳴いた。
「ちっげーよ!何をどうしたらそうなんだ!?ア!?」
「違うのか?・・・あ、じゃああれか、長谷部と同じ感じか?そうだよな、刀剣女士とか言う得体の知れない物・・・。」
「あ?長谷部?」
「すまない、私も最近、ここに慣れてきたせいで、自分が異端だという事を忘れてしまうんだ・・・私が気に食わないなら近付かないようにしよう。」
「誰も気に食わねぇとは言ってねぇだろ!」
「??、じゃあやっぱり恥ずかしがり、」
「違ェ!!」
ああもう!と同田貫は頭をガシガシ掻くと、私の手から団子の包みを奪うように受け取る。
「おーい、そこの二人ー!もう夕餉だぜー!」
「獅子王。」
「チッ。」
廊下から、獅子王がそう教えてくれると、同田貫は早歩きで向かっていく。そしてあっという間に建物の中に消えてしまった。まあ、すぐに夕飯の場所で会えるだろうけれど、もう何も話してくれない気がする。
「珍しい組み合わせだな。同田貫と一緒なんて。」
「ああ。ちょっとな。」
「おっ、五虎退の虎!粟田口総出で探してたんだぜー!どこ居たんだよ!」
「向こうの木の上に居た。」
「椿が降ろしてくれたのか。」
「降ろしたというか、落ちた。」
「落ちた!?」
「でも同田貫がキャッチしてくれて。また今度礼をすると言ったら怒鳴られた。・・・いや、もうずっと怒鳴っていたか・・・。」
「あ〜、あいつはな〜。」
「私の存在が気に食わないのだろうと言ったら、また怒鳴られた。恥ずかしがり屋さんなのかと言っても怒鳴られた。」
「ぶっ、ふふ・・・。」
「なんで笑うんだ、獅子王。」
「いやごめんごめん、は、恥ずかしがり・・・!」
「・・・。まあ、なんにせよ、同田貫にあまり近付くと怒らせてしまうようだから・・・。」
「あんまり気にする事ないって!大丈夫大丈夫!」
「終始怒鳴るということは、大丈夫じゃないだろう。」
「つい怒鳴っちまうのは、椿が美人だからかなー?つまり、ぶはっ・・・恥ずかしがりってこと!同田貫は意識しすぎなんだよ。」
「・・・分からない。」
「今日は可愛いカチューシャも付けてることだしな!」
獅子王はカチューシャごと私の頭を撫でると、『夕餉に行こう』と歩き出す。結局どうしたら良いんだと獅子王の背中に問えば、普通で良いと言われた。まあ今までも、長谷部の時のように意識していなくても顔を合わせる事が少なかったのだから、獅子王の言う通り、今まで通りで良いのかもしれない。
ちなみにその後、夕食の場で加州に怒られた。リボンの形が崩れていたらしい。今日は夕方から、よく怒られる日だ。
20150828
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