これ下さい
私にはジャージというものがなく、このセーラー服でしか作業する他ない。今までは、他に服は無いのだからまあいいか、とセーラー服のままで色々な手伝いをして来た。しかしそれをすると、色々な人がうるさくなってきた。汚れるとか、下着が見えそうだとか、仕事向きではないだとか。こんな格好でも風呂のカビ取りはできるし、廊下の拭き掃除だって出来ているのだから、関係ないと思うのだけれど・・・主から止めてくれと言われて以来、私はまともに手伝いができていない。
そんな折、あんまりにも暇そうにしている私を哀れんで、主はジャージを発注してくれたようだった。最近台所にもで出入りしているからか、エプロンまで買ってくれたらしい。届くのが楽しみだ。さて、その届くまでの間に課せられる仕事と言えば、買い出しぐらいなもの。一人で行くなと言われている。初めての時は鯰尾と骨喰。二度目は堀川、そして計三度目の買い出しへ行くのは・・・。
「椿、買い出し行くよー。」
「今日は加州か。」
「そ。ヨロシクね。あそーだ、お小遣いあるでしょ?持ってきなよ。」
加州とは、長谷部とやり合って怪我をした際に世話になった。それ以来、特に接点があるわけではなかったが、大和守と話をしていると沖田くんの次くらいに話題になる刀だ。そのせいか、あまり接点は無いものの他人ではないような気持ちになる。
身なりを軽く整え、主がくれた猫の形をしたがま口財布に全財産を詰め込んで首にかける。そして玄関で落ち合うと、私と加州は本丸を出た。
「お、ちゃーんとお小遣い持ってきたね。」
「ああ、私の全財産だ。」
「これ、今日の買い出しの内容。」
「あまり重い物は無さそうだな。」
「そうね。もし重い物がある時は、同田貫とか蜻蛉切とかと一緒になると思うよ。」
「ああ、あいつら力持ちだからな。」
「なに、世話になったことあるの?」
「同田貫にな。窓ふきをしようと思って井戸から水を汲もうと思ったら、思いの外重くて。井戸の中に落ちそうになったところを同田貫が捕まえてくれたんだ。」
「ああ、その話聞いたことある。安定からだったかなー。」
「大和守が?ああ、そう言えば話したな。」
「そ。安定、椿のこと案外気に入ってるみたい。あの人の話聴いてくれるからって。ウザかったらはっきり言いなよ?」
「ウザイなんて事はない。私も、前の主の話が出来て嬉しいからな。」
私の知らないところで私の話をされていると知ると、どうしてこうもむず痒いのか。一体、大和守は私のどんな話を加州にしているのだろう。
「他に、大和守はどんな話をしている?」
「椿に関すること?」
「ああ。」
「気になる?」
「ああ。」
「なーいしょ。」
「内緒!?」
「椿だって俺の聴いてるんでしょ?おあいこ、おあいこ。」
確かに加州の言う通りだったので、私はもう訊くことが出来なくなってしまう。加州が教えてくれないのなら、今度大和守に訊いてみよう。私が話した私のことを、大和守から加州に話しているくらいなら別に構わないのだけれど・・・そう、例えばお互いに私のことをどう思っているのか、とかだったら・・・やっぱり不穏分子だし寝首を掻いた方が良いのではとか話しているのだとしたら・・・。
「ちょっと、椿。ねえ人の話聞いてる?」
「寝首を掻かれるくらいなら切腹する・・・。」
「なに、寝惚けてんの?誰も寝首を掻く話なんかしてないし。」
「そ、そうか?ええと、なんの話だ。」
「買い物の前に、ちょっと寄り道しよって話。雑貨屋行こうよ。」
「まだ何もしていないのに?」
「荷物重くなってからじゃ遅いって!ほらほら、こっち行くよ〜。」
加州は私の手を引いて、違う道を行く。しばらくすると、私の見慣れない建物が目に入った。見た目こそ、本丸に近い日本家屋のような感じだったが、中に入ってみると、雑貨屋らしく色々なものが売っている。万事屋とは違う、キラキラとした空間に胸が躍る。
万事屋は、本丸の改築や資材、刀を守るためのお守りや、主がちり紙と称している御札が売っていて、どこかホームセンターのようだと思う。片隅に日替わりで野菜なんかも売っていて、たまにそこから買うこともある。しかし大体の食料は、主や燭台切、歌仙が端末から注文をする。それを万事屋でお金を払って受け取るだけだ。メモと中身を確認して、持ち帰る。主は、ええと、せいきょーみたいなものと言っていたか。せいきょーというものが何か分からない。そして万事屋でも買えない・・・例えば家電だったり、家具だったりは通販サイトを利用する事もあるらしい。全て、政府を通さなければならないけれど。
・・・そう言えば、前の主はよくテレビ通販の番組を見ていたっけ。
「あなたの、テレビに、時価ネットたなか〜。み・ん・な・の・欲の友!」
「何その歌。」
「前の主がよく見ていた、通販番組の歌だ。」
「へえ、なんか耳に残るね、それ。」
「ああ、私もよく思い出せたと思っている。」
ぐるりと店内を見渡しても、どこに何があるのかよく分からないごちゃっとした空間。ここは、一日中居ても見飽きないだろう。
「楽しそうだね。歌まで歌っちゃうくらいだし。」
「ああ・・・楽しい・・・とても・・・。」
「前にも来たんじゃないの?主と髪飾り買いに行ったとき。」
「あれは、また違うお店だった。お店というより、露天のようだった。」
「ふーん、じゃあ此処は初めてなんだ。」
「初めてだ。あ、加州、あれはなんだ!馬の頭だ!」
「え?ああ、あれはああいう被りもんだよ。」
「・・・お礼として同田貫にあれを贈ったら、怒られるだろうか。」
「っぶふ、か、兜の代わりに・・・?」
「なんなら兜に被せてくれてもいい。」
「ふ、あは、あはは!それすっごく見てみたいけど、多分ものすごく怒ると思うから、止めた方が良いかもね・・・っふふ。」
「・・・あ!あれは!光る刀だ!ブオンブオン鳴るやつだ!」
「つ、椿、テンション高いね。そんなに楽しい?」
「!、す・・・すまない。らしくなかったな。」
「いーや、それくらいの方が良いよ。ていうか、同田貫のお礼は団子くらいで良いんじゃない?折角のお小遣いなんだから、自分の為に使いなよ。ほら、このウサ耳リボンのカチューシャとかさ。」
加州が私の頭に付けたのは、その名の通り、うさぎの耳のように白色のリボンが立っているカチューシャだった。このような大きなリボンが付いたカチューシャもあるのか・・・私の中のカチューシャは、赤くてシンプルなものしか知らない。黒髪の彼女にはよく似合っていた。
「・・・私の髪色じゃ、このようなカチューシャは似合わないんじゃないか?」
「え?そんな事ないよ、可愛いよ?」
「加州の方が似合うんじゃ・・・。」
「俺?俺は流石にちょっと・・・でも、イメチェンか・・・。」
「やはり、ここは赤色じゃないか?」
「そう思う〜?」
加州は、様々あるカチューシャの中から、赤色のシンプルなものを選んで自らに付ける。
「どう?どう?」
「うん、素敵だ。」
「ありがと。椿も買おうよ、折角ならさ。」
「いや、私は・・・。」
「じゃあ俺が見立ててあげるよ。」
そう言うと、加州は次々カチューシャを手に取りはじめる。大きな花の付いたものから、和柄のもの、縞模様、やけにキラキラしたものまで・・・片手に持てなくなるまで選ぶと、今度は片っ端から私の頭に当てる。良いものは再び手の中に戻り、お眼鏡に叶わなかったものは元の位置に。その間、私は大人しく立っているしか出来なかった。
「うーん、やっぱこれかな。」
「大きなリボンのやつか。」
「そ。でもさっきのと違うのは、黄色で千鳥格子の柄が付いてるとこ。制服にピッタリじゃない?椿の制服の色合い的に、やっぱり黄色かなって思ったけど、無地は椿の髪色だとあんまり目立たないからねー。でも、これは黒い千鳥格子柄がインパクト大だから、これに決定。」
加州は満足気に笑うと、私の頭からそのカチューシャを外した。そして、少し乱れた髪の毛を撫でて戻してくれる。どう?と加州に訊かれ、私も満足気に頷く。この本丸の中でも、とてもお洒落に気を使っている加州が選んでくれたのだから、間違いは無いに違いない。こんなに可愛らしいカチューシャを付けるのには勇気が要るが、何事も経験が大切だ。
カチューシャは、あっという間にレジに通された。お小遣いからきっちりと払って、早々に店を出る。どうやら長居をし過ぎたらしい。日は思っていたよりも傾いていて、空をオレンジ色に薄く染めていた。急いで万事屋へと向かわねばと足を向けたところで、加州に止められる。
「付けて行こうよ。」
加州は、私の手の中にあった袋を取ると、中にあったカチューシャを取り出す。少しリボンの形を整えてから、私の頭に付けた。また軽く髪の毛を整えてくれて、よし、と笑う。それから加州も、自らの頭に赤いカチューシャを付けた。
「主、可愛いって言ってくれるかな〜?」
「きっと大丈夫だ。」
「椿も一緒に見せに行こうね。」
「・・・私は別に、いい。」
「なんで!俺の見立てだから大丈夫だって!」
「ぐうう・・・。」
「また一緒に行こ。椿と一緒だと楽しいし。」
「楽しかったか?」
「うん!今度、あの馬の被り物買っちゃう?」
「馬!欲しい!」
「っはは!なんであの馬でそんなにテンション上がるの・・・!」
「そうだ、加州。」
「なに?」
「ありがとう。」
「ん、どういたしまして!」
私も、形が崩れてしまわないように、軽くカチューシャに触れてみる。汚れてしまうといけないから、これは出かける時に付けていこう。
20150815
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