胡蝶が夢見る七日間 | ナノ
3day

 本日も晴天也。空気も澄み渡り、遠くの山々までよく見える。
 少し離れた場所では、姫が長い黒髪を乱しながら掛け声とともに一心不乱に薙刀を振るっている。その眼差しは真剣そのものだし、腕も悪いわけではなさそうなのだが、いかんせん「えい、やあ」と響くその声がどう足掻いても小鳥がぴいぴい鳴いているようにしか聞こえないので、どうも気が抜ける。里のくのいち達だって同じ女で、同じように声が高いはずなのに、なぜこうも違うのだろうか。
 それにしてもお姫様というのは案外忙しいものなんだなあ、とシカマルは頬杖をかく。
 朝はお琴、午後からは薙刀と学問。今日はないが、華道や茶道なども習っているそうだ。なるほどお姫様らしい習い事である。
 シカマルはひとつ、大きくあくびをした。
 こちらを観察する気配が3つ程。
 昨晩は姫の寝込みを襲おうとした不届きものを一人捕えたが、やつはまだ口を割っていないため、どこから送られた刺客なのかわからない。今いる奴らと雇い主が同じなのか違うのか・・・。まあ、今回の婚姻をよく思わない大名はたくさんいるらしいから、送られてくる刺客全てが同じ雇い主、ということはないだろう。
 どうせ遅かれ早かれ自分たちがいることはバレるのだからと、シカマルとチョウジが堂々と額あてをつけて姫の身辺を警護しているおかげで、あちらも目立った動きは控え、様子を見ているらしい。だが、流石に婚姻の儀までこのまま何もしないままに終わっていくれるということは万が一にもないだろう。
 また、木の葉の忍、というのはそれだけで注意すべき相手として認識される。用心してかかるのは当然。雇い主は刺客の数を増やすか下手すると、いくつかの勢力が結託して姫の命を狙ってくることも考えられるかもしれない。いつもは足を引っ張り合う敵どうしでも、利害を同じくすれば手を結ぶ。よくある話だ。
 俺たちがやってきたのが一昨日。すると明日には何らかの新たな手をそれぞれが打ってくるか、とシカマルは予想を立てる。
 視線を庭の端に滑らせる。いのが侍女とともに直立不動で控えている。生来動き回る方が得意な彼女はそろそろ大人しく、また淑やかな振りをしていることにストレスを感じ始めていそうだが、せめて外に出ている時くらいは 我慢してもらわねばなるまい。警戒に警戒を重ねている彼ら刺客は、そうそう中にまで入ってくることはない。だから中では少しくらい素を出してもそんなに問題はないのだが、ただの遊び相手の使用人の振りをするならば、外ではそれらしくしてもらわなければならない。頼むからボロを出すなよ、といのに目配せすると、いのがわかってるわよとでも言いたげな顔をした。だからそーゆーとこだって。

 気にかかるのは刺客のことだけではない。護衛対象・・・姫君のこともそうだ。
 昨日は大らかな姫君なのかと納得したが、やはりこの立ち振る舞いは何か違和感を感じる。今だってそうだ。狙われてるとわかっているのに平常通りに外に出て平常通りに稽古に励んでいる。楽観的にしても行き過ぎていないだろうか。
 そこにもし、何かしらの企みがあるとすれば?
 「(・・・まさか、な)」

 その可能性があるとすれば主に二つ。
 一つは彼女が影武者である場合。
 影武者であるなら自分に注目させるためにわざと刺客の目につくようにしているというのにも納得がいく。
 だが俺たちはそんな話は聞いていないし、装っているにしては姫の言動が自然すぎる。つまり、演技をしているようには考えられないのだ。それに、姫だけではない。ほかの使用人や家庭教師、侍女たちも姫に対してとても自然だ。もし彼女が、本物の姫を隠すための影武者ならば、彼女を含め、彼女の周りの人間全てが相当の演者でなければならない。 それになにより俺たちにそのことを隠すメリットが少ない。確かに俺たちに本物の姫だと思わせておけば、より敵側の目も欺きやすくなるかもしれない。だが本物の姫を守る忍がいなくなる。それには木の葉とは別に他里の忍や抜け忍を使えばいいのかもしれないが、今回の婚姻をよく思っていない大名たちがどこの里の忍を使っているかはわからない。下手によその忍を使うのは危険だ。それに比べ木の葉ならば国同士で契約を結んでいるので、日の国の帝の婚約者を手にかけるような仕事は引き受けないから安全だ。
 彼女が影武者であるなら、俺たちにそのことを伝え、影武者を守る方と本物を守る方とで分けたほうが賢い。

 そして二つ目の可能性。
 シカマルは姫君の様子を観察した。動きに合わせて揺れる長い黒髪。頬を流れる一筋の汗。相変わらす小鳥が騒いでいるようにしか聞こえない掛け声。
 ・・・二つ目の可能性は、彼女が死ぬことを望んでいる場合だ。





 日の国の帝は結構な高齢だと聞く。しかも側室は星の数。結婚すれば否が応でもそこで繰り広げられる女同士の権力争いに加わらねばならぬ。箱入りのお姫様が将来を悲観するには十分ではないのか。
 だが、それも少し考えてみればやっぱりおかしい。将来を悲観して死を望んでいるにしては彼女は明るく、一見呑気にも見えるほど大らかだ。
 なにより彼女は言ったのだ。初めて会ったあの時、俺たちの目をまっすぐに見て、「婚姻の日まで守って欲しい」と。あの真剣な眼差しが嘘だったとは、どうしても思えなかった。


 ぴいぴいと小鳥のような姫の声が絶え間なく響いている。
  籠から出ることを許されない小鳥の心中とはいかなるものか。










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