胡蝶が夢見る七日間 | ナノ
4day

 「チョウジ!」
 「任せて!」
 影で敵の動きを止める。その隙にチョウジが術で大きくなった拳を振るう。吹き飛ぶ敵数名。だがいかんせん数が多い。影で捉えきれなかった数名が姫のところへ駆ける。クナイを構えたいのが前に躍り出る。刃物と刃物がぶつかり合う音が響く。
 空は快晴。今日は花道や茶道など室内の手習いが多く、そのリフレッシュにと姫が庭を散策していた時に襲撃を受けたのだ。まさかこんなに多くの刺客が憲兵たちの監視の目をくぐり抜けて敷地内に入ってくるとは予想だにしなかった。お抱えの忍集団を持つ大名が中にいるのか、抜け忍など裏の者たちに精通している者がいるのか。
 「シカマル!」
 いのが叫ぶ。敵がまた増える。「行って!」背中の敵をチョウジに任せてシカマルはいのの加勢へと向かう。姫の周囲にも敵が増えている。シカマルは印を結ぶ。影で刺客たちのアキレス腱を切断した。
 「姫様、こちらへ!」
 侍女が叫ぶ。少しでも安全な場所へ移動させようと思ったのだろう。侍女は屋敷の奥の方から駆けてきて姫を誘導する。侍女と姫との距離約10m。姫が反応する。
 「待て!」
 だが敵が続々と湧いて出るこの状況で自分たちと離れられるのはまずい。シカマルは静止の声をかける。姫が駆け出そうとした状態のまま振り向く。どちらに従うべきか悩んでいるのだろう。瞳が揺れている。
 「――っ!?!」女の、声にならない悲鳴が聞こえた。侍女だ。侍女が背中からバッサリと切られ、畳の上に倒れた。姫は声を上げることもできずにそれを見た。シカマルは地を蹴り、姫の視界をその背中で塞いだ。侍女を斬った男にクナイを投げる。それは手の甲に刺さり、男は刀を取り落とす。じり、と男が僅かに下がった。わあわあと声が近づいてくる。衛兵たちだろう。後ろを僅かに振り向いて戦況を確認する。チョウジも敵を大半倒したようだ。前を向きなおす。手の甲から地を滴らせている男と目が合う。男は屋敷から出て行く。それを合図に残っていた他の者たちも引いていった。
 それを確認していのが侍女に駆け寄る。「サザンカ!」それまで声を発していなかった姫が叫ぶ。それに応えたように侍女がうめき声を漏らした。いのが治療にあたる。衛兵が駆けてくる。
 「姫!ご無事ですか!」
 「私は平気だ、私よりもサザンカを!」
いのによって血止めの処理を行われた侍女が運ばれていく。「いの、サザンカを頼む」姫の顔色は青を通り越して逸そ白い。いのは力強く頷いた。
 後方からチョウジが小走りで近づく。
 「お姫様は?」
 「無事だ」
 シカマルは小刻みに震える娘を見下ろした。その背に片手を添える。
 「部屋に戻りましょう」
 彼女は小さく頷いた。
 チョウジと姫を挟んで周囲の赤をできるだけ見せないように己の体を壁にして視界を遮りつつ歩く。部屋の前でチョウジをアイコンタクトをとる。チョウジを見張り役として部屋の前に残して姫と部屋の中に入った。
 「!」
 中には入り襖を閉めた途端、姫は崩れ折れる。シカマルは片膝をつき、彼女の顔色を伺う。
 「・・・大丈夫、ですか」
 こんな時に限って自慢の頭は働かず、陳腐な言葉しか出てこない。
 「サザンカは、大丈夫だろうか」
 「いのは優秀な医療忍者です」
 万が一を考えると、絶対に大丈夫とは言えない。姫を安心させることができ、かつ自分が言える範囲の最大限の言葉だった。もしナルトなら笑顔で言い切ってしまうんだろうな、と密かに自嘲する。
 姫が、小さな手を胸の前で片方の握りこぶしをもう片方の手で包むようにして握り締めた。それは祈るようでもあったし、痛みに耐えるようでもあった。
 予想通り今日に行動を起こした敵。そのために何も準備をしなかったわけではない。だが思ったよりも数が多かったこともあり、姫を危険にさらすことになってしまった。まさかあれだけの人数が衛兵の警備を掻い潜り侵入してくるとは、作戦を練り直す必要があるな、とシカマルは脳を働かせる。
 「・・・寒い」
 「・・・え?」
 姫がポツリと呟く。固く胸の前で握り締められた手は真っ白になっていた。一瞬躊躇したが、その手に己の手を重ねる。
 「(・・・すげえ、冷てえ)」
 まるで氷のようであった。こんなに怯える女が、死を望んでいるわけがない。強く思った。
 姫の手を両手で包み込む。幼い頃母にしてもらったことを思い出す。冬、冷たくかじかんだ己の手を母は自分の両手で包み、息を吐きかけて温めてくれたものだ。
 はあ、と息を吐きかける。筋肉の硬直したその手は強く握り続けたせいで解けなくなってるのだろう。時々両手で摩ってやりながら、氷のように冷たく固まってしまったその手に繰り返し息を吐きかけ続ける。それを何回かした後、ゆっくりと、指を一本一本外してやる。
 「守るから」
 姫を安心させることができ、かつ自分が言える範囲の最大限の言葉を唇に乗せる。
 「うん」
 護衛対象のオヒメサマはその時初めて、ただの女の子に見えた。





 幼い日のことを珍しく思い出したせいだろうか。その日の夜、幼い自分が大きな木に背中を預けて立っている夢を見た。空でゆったりと流れる雲を見上げながら、その小さな少年はいつまでもいつまでもそこにいた。何かを待っているような気がしたが、自分が何を待っているのか、全く思い出せなかった。






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