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うららかな陽気だ。正しくデート日和。
隣にいる男は私の歩調に合わせて普段よりも随分ゆっくりと歩いている。この男にもそれくらいの器量はあったようだ。それは年齢によるものなのか、はたまた最近よく一緒に修行をしているお姉様と過ごすうちに身につけたのか果たしてどちらだろうか。後者ならば私はお姉様に感謝すると同時に嫉妬を禁じえない。
横を数人の子供がすり抜けた。子供特有の高い声が遠くなる。
「・・・本当にこれでいいんですか?」
「うん。今は貴女とのんびり歩きたい気分なの。・・・もしかして退屈?」
ネジ兄さんをデートに誘ってから30分程。私たちはのんびりと歩いているだけだった。私が散歩をしたいと言ったからである。しかしネジ兄さんは楽しくなかっただろうか。
「いや・・・だがこれでは誕生日プレゼントの代わりというにはあまりにも・・・」
「心配ご無用。後で甘味を奢っていただきますから」
いたずらっぽい顔で笑って見せれば、釣られてネジさんも眉を下げて呆れたように笑った。・・・あ、何その顔。大人っぽくてすごくかっこいい。
「・・・なら、良かった」
ああもう、そんな顔しないでよ。そんな顔されたら、もっともっと好きになるじゃん。私が大人になるまで待ってもらいたいのに、私の方が待てなくなるじゃん。
見ていられなくなって、視線を落とす。ネジ兄さんは既に前を向いていて、私の様子は目に入っていないようだった。ネジさんの骨ばった大きな手が視界に入る。その近くで私の小さな手が揺れている。手、繋ぎたいな。・・・でも、流石に、駄目だよね。でも、ちょっと、ちょっとだけなら・・・。
そんなことを考えながらネジ兄さんの隣を歩く。駄目だ、ネジ兄さんといると煩悩にまみれてしまう。
その時ネジ兄さんが甘味処とは違う道に行きかける。
「!」
つい、ネジ兄さんの袖を軽く引っ張ってしまった。兄さんは驚いてこちらを見る。少し気まずい。
「・・・あ、あの、そっちではなくてこっちの道なので・・・」
反対側の道を指で示すと、ああ、と合点がいった風な顔になった。
・・・くっ、逸そどさくさに紛れて手を触れば良かったか!?でもそれで嫌がられたらショックだし・・・。私はネジ兄さんの袖から手を離す。名残惜しいが、仕方がない。諦めて目的地に向けて歩く。頭上には、歪なハート型の雲が流れていた。
*
そうして煩悩と戦いながら着いたのは、新しくできた甘味処。気持ちを切り替えて店内に入る。一足先に行ってきたお姉様によると、ここのパフェが美味しいのだとか。来るのを楽しみにしていたので、つい頬が緩んだ。ほのかに甘い香りがした。
店員さんに案内してもらった奥のテーブル席に座る。広いとは言えない店内には、ピーク時を避けたおかげか、数組の客しかいない。知り合いがいないことだけをサッと確認する。因みにお客さんはみんな女性だったが、容姿のおかげかネジ兄さんは全く浮いていなかった。ちょっと気になって兄さんの顔を伺ったが、兄さんも気にしていないようだ。
「私、抹茶パフェ食べていいですか?」
「どうぞ好きなものを頼んでください」
「わーい!ありがとうございます!」
さすが上忍、太っ腹だ。遠慮せず抹茶パフェを頼んだ。兄さんは団子だけだった。兄さんらしい。コーヒーとか紅茶とか好みそうにないもの。
「・・・それで、話の続きですが」
「・・・ごめんなさい、なんの話してましたっけ」
待ってる間、ネジ兄さんが口を開く。この人が話題を提供するなんて珍しいこともあるものだ。しかしこんなに滅多にないことなのに私にはなんの話かピンとこなかった。
「その、貴方がモテるという話です」
「ああ、確かに言いましたね」
確かにデートに誘うときにそんな話をした。しかしよもやここで出してくるとは。歩いてる時は何も言わなかったのでもういいのかと思ったが、もしかして言い出すタイミングをはかっていたのだろうか。
「彼氏、とか・・・まさかいたりしないでしょうね」
「まさかってなんですか」
「貴女は次期当主ですし・・・心配なんです」
「・・・大丈夫、いませんよ」
残念ながら私にアプローチしてくれる人の中に、目当ての人はいませんでしたから。とは言わないでおく。
「しつこく言い寄られて困っている、ということもないですよね?」
「もう、心配しすぎです」
わざと膨れた顔をしてみせたけれど、兄さんは難しい顔をしたままだった。あらら、また眉間に皺が。私は手を伸ばして兄さんの眉間の皺をなぞった。
「いつも言ってるじゃないですか。取れなくなっちゃいますよーって」
笑っていると。がしり。その手首を兄さんに掴まれる。
「・・・他の男にもこんな風に触っているんじゃないだろうな」
どきり、とする。やばい、触れられている場所が、熱い。それに、頬が、耳が、赤くなりそうだ。忍たる者感情を表に出すべからず。アカデミーで習った忍の心得えを頭で唱える。そうだ落ち着け。この人は一族の一人として、心配をしているだけなのだ。
「当たり前じゃないですか。・・・ネジさんにだけですよ」
ウインクしてみせて誤魔化せば、ネジ兄さんは呆れてため息を吐いた。眉間の皺も消えたようだし、私としては満足である。そんなことをしているうちに、注文した品が運ばれてきた。
「わあ、おいしそー!」
「・・・では、食べましょうか」
いいタイミングである。私は小さくほっとため息を吐いた。
「いただきます」一緒に手を合わせる。
早速上に乗った抹茶アイスにスプーンを刺す。口に入れると苦味と甘味を広げながらゆっくりと溶けた。私の好きな、抹茶感の強いアイスで頬が緩む。いつもながら上に刺さっているこの焼き菓子はどのタイミングで食べるのが正解なのかなあ、と考えながら食べ進めていると、ネジ兄さんの視線に気づくのが遅れた。
「・・・何か?」
「・・・いや、随分美味しそうに食べるのだな、と思って・・・」
「あ、よかったらネジ兄さんもどうぞ。・・・はいあーん」
お姉様とよくするように、パフェを掬ったスプーンを兄さんに差し出す。兄さんは少し逡巡したが、遠慮がちに口を開いてパフェを食べた。
「ね、おいしいでしょう?」
「悪くない」
兄さんはもごもごと口を動かしたあと、口の中にものがなくなってから、団子を一本私に差し出した。
「俺の方もどうぞ」
「ありがたくいただきます」
ちょっと身を乗り出して一番先の団子を頬張る。もちもち。こっちもおいしい。
咀嚼していると、不意にネジ兄さんと目が合う。なんか恥ずかしい。
「貴女は本当に美味しそうに食べる。・・・奢りがいがあります」
・・・・ なんで、そんな優しい顔で笑うんだろう。なんて、優しい顔で笑うんだろう。
そんな顔を向けられたらきっと誰でも好きになってしまう。早く、追いつきたい。早く、この人を私のものにしたい。そう思う私は、とても幼い。
パフェの上の焼き菓子は、いつの間にか湿気っていた。
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