11
店を出ると、そろそろ主婦たちの買い物時と重なってしまったせいか、人通りが多くなっていた。甘味処の場所が商店街に近いことも災いしているのだろう。
「わー、時間ずらせば良かったですねえ」
「・・・そうですね」
人ごみの中を並んで進む。時々人の波に流されそうになりながら歩いていると、ネジ兄さんが一瞬歩みを止めた。ああ、もう。なんでこんなとこで足引っ張っちゃうかな。もっとネジさんに釣り合う、スマートな女になりたいのに。
「ほら」
「へ?」
差し出された大きな手。これは、掴んでも、いいのかな。迷っていると痺れを切らして少し乱暴に手を繋がれた。
「!」
「はぐれられると、困る」
そのまま歩き出してしまう。兄さんに引っ張られて人ごみをぐいぐい抜けていく。なんだか今日の兄さんは優しい。もしかしてこれが誕生日マジックというやつか。
兄さんの手は暖かい。安心する。とくん、とくん。自分の心臓の鼓動を自覚する。脈とかで動揺がバレたらどうしようか。
前を行くネジ兄さんを見上げる。やっぱり、遠いなあ。少しだけ繋いだ手に力を込めた。
人がまばらになってきた。私の手を握っていたネジ兄さんの手からするりと力が抜ける。あ、と思った途端にほどけていく。さみしい。
「!」
「・・・もう少しだけ、いいですか?」
ほどけかけた手を追いかけて、もう一度繋ぎ直す。ネジ兄さんの肩が小さく揺れた。
「・・・構わない」
それからしばらく沈黙が続く。昼間と比べると冷たくなった風が首元を撫でた。
初めて、ネジさん、と呼んだ日のことを思い出す。少しでも近づきたくて、年下だと意識されたくなくて。時々冗談みたいに混ぜるその呼び方は、私の精一杯の背伸びだった。
「ネジ、さん」
二人でいるとき、時々敬語が外れてしまうのは私だけじゃないって、貴方は気づいているのかな。それでまた思い出したように敬語に戻したりするのは、今の私たちの距離を表しているのだろう。
私がもたもたしている間に、いつか貴方にも大切な女の子ができたりするのかな。いつか私じゃない女の子とこんな風に手をつないで歩いたりするのかな。それを見て私は一人で泣くのかな。想いさえ伝えられずに、ずっと大切に抱きしめていたこの気持ちを殺すのかな。でも、そんなの嫌だよ。今の私じゃ勝負できないってわかってたって、その時になってから「遅かった」なんて後悔したくないの。だから言う。今。
「ネジさん、好きよ」
「!・・・」
「家族としてとか、年上のお兄さんに憧れてとかじゃないの」
「・・・・・・」
「私、ずっと前からネジさんが好き。今の私じゃ、恋愛対象に見られないのはわかってる。だからすぐに返事してくれなくていいんです。でも私が貴方を好きなこと、知ってて」
真っ直ぐに見上げる。ネジ兄さんはわかりやすいくらいに動揺していた。何か言おうと口を開けて、すぐにまた閉じて。そんなことを何度か繰り返した。でも結局、言葉が見つからなかったみたいだ。
今度は私がネジ兄さんの手を引く。そうやって家までずっと、二人で歩いた。
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