「コナンvs怪盗キッド 前編」




 諸伏景光は理世と一緒に暮らす家政夫である。正体、警察庁公安部の警察官。ある日を境に工藤家でお世話になっていた。緑川唯に名前を変え、工藤家の家政夫として雇われている。ちなみに、理世が家を出る許可が出たのは景光がいることが大変大きかった。


諸伏「理世ちゃん、明後日は学校あるの?」

『ヒロにい、今日日きょうびの学生は土曜授業はないんだよ。』

諸伏「えっ、そうなのか」


 景光はショックを受ける。景光が学生のときは月曜から土曜は授業があったのだ。年を取ったなと自分がおじさんになったことを実感する。心が痛い。理世と二人で暮らし始めて2年ほど経つが、公安に所属して潜入捜査をしていた景光は今時の子供が未だにわからない。否。多分理世が特殊なのだろうということはわかる。流行りのものに理世は興味を示さない。好きなものといえば、本と推理と甘味だ。


『それと、世間は春休みだぞ。』

諸伏「でも理世ちゃん登校してるじゃないか。」

『そりゃ、部活動があるからね。と言っても人数合わせで入部したからほぼ幽霊部員だけど。でも明日は登校日だから。』


 理世は結構自分に無頓着な性格で、今もこうしてお風呂から上がっても髪を濡らしたままにするのだ。『めんどくさいからいい』と。長さが腰以上もあるのでめんどくさくなるのも無理ないかもしれない。景光は洗面所からドライヤーを持ってくる。コンセントを挿し、理世の髪を乾かし始めた。多分、理世の艶やかな髪を維持させているのは景光のおかげだろう。理世は『いいのに』とむくれている。「やらせてくれ」と耳元で囁くと、理世は顔を真っ赤にさせた。可愛い反応に口角が上がった。どうやら大人しく乾かされるようで、理世は携帯電話を取り出した。


諸伏「何見てるんだ?」

『園子ちゃんから来たメール』


 園子といえば、理世の友達だ。景光は公安の権力を使って調べた理世の交友関係を思い出す。鈴木園子はあの鈴木財閥の令嬢で、理世の幼馴染毛利蘭の親友。帝丹高校2年B組在籍。特におかしなところはなかったはずだ。理世は景光にメールの内容を見せる。メールには写真が添付されていて、破られた後また繋ぎ直した跡のある紙があった。


諸伏「April fool
   月が 二人を 分かつ時
   漆黒の星の名の下に
   波にいざなわれて
   我は 参上する
       怪盗…読めないな』

『園子ちゃんの父が怒って破ったらしい。』


 景光は「へぇー」と言う。理世によると、今世間を騒がせている怪盗らしい。管轄が違うから少し小耳に挟んだくらいだ。髪を乾かし終わり、コンセントを抜いた。


『今、零さんに調べてもらったんだけど、』

諸伏「………また?」


 彼女が言う零というのは景光の同僚であり、幼馴染だ。降谷零。景光はゼロというあだ名で呼んでいる。彼女はかなり人使いが荒く、使えるものは使う主義であった。彼女は例え総理大臣でもこき使うだろう。降谷は景光と同じ組織に潜入捜査しているため忙しいはずなのだが、景光たちは理世にめっぽう甘いためため、忙しくても彼女の頼みは聞いてしまうのだった。


『"ICPOだかCIAだかがつけたシークレットナンバーが怪盗1412号で、当時の若手小説家が新聞記者の殴り書いた1412を"KID."と読んだ事で、怪盗キッドと世間に定着している。盗んだ宝石類は152点、被害総額387億2500万円。白いタキシードにシルクハットとマントといった紳士のような出立で現れる。宝を盗む際には予告状を出し、警察や探偵の妨害を躱す"」

諸伏「ほぉー、それがその予告状か」

『見たいだね。』


 理世は降谷にお礼のメールを打つと、再度予告状の写真を取り出した。景光は持ってきていたヘアオイルを手に取り出すと理世の髪の毛先に塗り始める。予告状に夢中な彼女はされるがままだ。信頼されているのはいいが、いささか無防備すぎて心配である。目が嬉しくてたまらないというようにキラキラ光っている。目の前の謎に心を踊らせる探偵の顔だ。


諸伏「何かわかりそうか?」

『そうだな、杯戸町の地図を出してくれ』



 景光は机いっぱいに杯戸町の地図を広げた。理世は米花博物館にペンで印をつけた。どうやら漆黒の星ブラック・スターという世界最大の黒真珠はここに展示されるらしい。


『"二人"は人工衛星と太陽のことだとしたら、
 "月が 分かつ"とは人工衛星と太陽の間に月が入るしょくのことになる。』

諸伏「なるほど」

『彼がくるのはBS放送が中断する深夜12時半〜4時半の間だ。漆黒の星は英語Black Starの頭文字、BとS。波にいざなわれての波が電波を意味するんだとしたら、BS放送の電波からやってくるということ。』

諸伏「確かBS放送の電波は南から西に45度、水平線から上に42.3度に送信されるな。」


 理世は米花博物館から線を引っ張る。


『すると、米花博物館からそれに該当する場所は杯戸シティホテルの屋上だな』

諸伏「さすがだね、理世ちゃん」

『ヒロにいもね。』


 景光は理世の頭をくしゃりと撫でる。嬉しそうに笑う理世に景光も笑みが溢れる。理世は予告状の意味を解いてすっきりしたのか大きな口であくびをした。女の子がはしたないぞと叱ると『ヒロにいの前だからいいじゃん』と言ってくる。景光はついつい口元がほころぶ。この子は案外甘えん坊な性格で、それは身内のみだけなのだ。普段は冷徹な性格なのに。彼女に身内認定されたことを実感するとなんだか擽ったかった。


諸伏「警察には言わないのか?」


 寝ようと寝室に行こうとする理世に景光は聞いた。


『どうせApril foolだからね。』


 その言葉に景光は頭を傾げる。理世はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。理世は座っている景光の頬を両手で掴んだ。ちゅっとリップ音が鳴る。これは工藤家のおやすみのキスらしい。アメリカンすぎて最初はドギマギしたが、毎日やると慣れるもんだ。理世の頬にキスのお返しをする。『髪乾かしてくれてありがと、おやすみ』と言うと、寝室に行ってしまった。





 黒羽快斗は江古田高校に通う高校2年生である。一見すると剽軽ひょうきんものな普通の高校生だが、彼は世間を賑わす怪盗1412号−−通称怪盗KID。父親を殺害した組織への仇討ちとその組織が狙う不老不死になれるというビッグジュエル「パンドラ」の破壊を目的としていた。3月30日、鈴木財閥が所有している世界最大の黒真珠、漆黒の星を盗むため予告状を出したばかりだ。

 そんな快斗は気になっている女の子がいた。−−−工藤理世。あの推理小説家工藤優作と元人気女優藤峰有希子を両親に持ち、双子の兄は高校生探偵工藤新一という豪華顔ぶれを肉親に持つ。彼女自身も探偵のようなことをしていて、世間からは女子高生探偵と言われているが、彼女から名乗ったことはない。理世とは2年生になって初めて同じクラスになった。彼女のことは入学当初「美少女新入生」として話題になっていたので、快斗も遠目から見たことがあり知っていた。

 理世の席は快斗の席とは離れていた。彼女の席は快斗の斜め左の二列先、窓際にある。陽だまりの中さわやかな風が彼女の髪を揺らしている。そんな姿は絵になるほど綺麗で、休み時間の賑やかな教室の中とは思えないほど空気が違っていた。彼女は同年代の女子とは違く、きゃっきゃっ騒がないし、物静か。所謂「高嶺の花」だった。教室の男子たちは、遠目に彼女を見て鼻を伸ばしている。そんな視線を物ともせず、彼女は携帯の画面を見ていた。


青子「理世ー、何してるの?」


 遠巻きにしているクラスメイトを余所に理世に話しかけに行ったのは中森青子。快斗の幼馴染である。天真爛漫な性格なため、おとなしい理世ともすぐ仲良くなっていた。なので、一人でいることの多い理世に気軽に話しかけにいっている唯一の人間だ。


『知り合いからのメール。』

青子「もしかして、すっごいイケメンの刑事さん!?」

『は?』

青子「ほら、よく放課後迎えに来てるじゃない!」

『あー、その人じゃなくて違う人。他校の友達なんだ。明日米花博物館に来ない?って、なんか怪盗キッドがくるみたいだから』

青子「怪盗キッド!?」


 ドンっ。青子の机を叩く音に理世は驚いたのか肩が揺れた。顔を見ると、目を見開いている。大きい瞳がさらに大きくなっていて目が落ちてしまいそうだ。


『あー、え?』

青子「理世も好きなの!?あの泥棒のこと!!!」

『いや、存在を知ったの昨日だし…』

青子「えっ、怪盗キッドのこと知らなかったの!?」


 快斗は頬杖をついていた手を滑らせ、ガクンと体が傾く。結構新聞やテレビで特集されているのに、存在を知られてすらいなかった。そのことにショックを受ける。


『私は怪盗には興味ないんだ。女性ファンが多いと聞いたが青子は嫌いなんだな。』

青子「そりゃお父さんが毎回キッドに遊ばれてるんだもん!」


 青子の父、中森銀三は警視庁刑事部捜査二課知能犯捜査係に所属している警部である。高圧的でぶっきらぼうな性格だが、根は優しい性格で娘の友達等には優しく丁寧な接し方をする良い父親だ。毎回キッドに逃げられるせいか、青子にキッドは嫌われている。


『青子ちゃんは父親思いだな。』


 とろけるような微笑みを浮かべる理世に、快斗はどきっと胸が弾むのを感じられずにはいられなかった。青子も同様なようで、頬を赤らめている。その反応に理世は首を傾げている。


青子「あー… あっ、それで博物館には行くの?」

『いや、行かないよ。』

青子「へー」

『でも会ってみたい気はするかな。』


 いたずらっ子のように笑う理世に、快斗は心の重心の置き場がないほど乱れてばかりだった。しばらくボーッと眺めていた。理世たちは違う話題になったようで、青子が一方的に喋っていた。理世は相槌を打っているだけだった。


「快斗、まさかお前工藤さんのこと好きなのか?」

快斗「はぁ??!!!」


 ーーーーガタッ
クラスメイトの言葉に快斗は思わず立ち上がった。座っていた椅子が音を鳴らし大きい音がする。声の方を見ると、前の席の田中だった。田中はにやついた顔で快斗を見ている。


快斗「な、なんで」

「そんな熱い視線向けちゃってさぁ〜」

快斗「バーロー そんなの向けてねえよ」


 そう言いながら理世を見つめる快斗。そんな姿に田中は顔がニヤけるのが止まらなかった。快斗はわずらわしい視線を無視した。理世と青子は相変わらず楽しそうに話しているようだった。

 そうじゃない。彼女がふとした瞬間に見せる、あの何かを失ったような顔が気になっただけなのだ。


 −−放課後、正門まで歩いていると人だかりがあった。快斗は人混みを避けながら、その中心を見る。癖のある髪にスラッとした長身、サングラス越しにでもわかるぐらい整った顔立ちをしていた。スーツを見に纏い、CX-5に寄りかかっている。その姿に女子生徒たちは顔を赤くし騒いでいる。男子生徒たちは車に夢中なようだ。


「理世!」


 快斗の後方を向きその男は呼んだ。快斗は後ろを振り返ると工藤理世がいた。不機嫌そうな顔丸出しだ。端正な顔を顰めていて、なんだか怖い。ずかずかと大股で歩いてくる。


『じんぺーさん、目立ちたくないって言ったじゃん。』

「しょうがねぇだろ、急いでたんだから」


 なにやら急用だったのか、"じんぺーさん"と呼ばれた男はサングラスを外す。現れた顔に女子だちは甲高い悲鳴をあげる。理世は男の腕を叩き、『さっさと行くぞ』と催促した。男はぶっきらぼうに応えると車に乗り込んだ。理世は助手席に乗ると、快斗には一回も目もくれず理世は行ってしまった。


「やっぱ工藤さんの彼氏なのかな」


 誰ともわからないその声は、快斗の心を代弁しているようだった。

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