「コナンvs怪盗キッド 後編」




園子「ったく理世のやつ!"怪盗に興味ないからいかない"だってさ!」


 ぷりぷりと携帯画面を蘭に見せながら怒っているのは鈴木園子。米花博物館に展示されている鈴木財閥の至宝である漆黒の星ブラック・スターが怪盗キッドのお目当てである。その米花博物館に毛利小五郎と毛利蘭、そして新一こと江戸川コナンは訪れていた。探偵である小五郎にキッドを捕まえてもらい、顔を見るのが園子の目的だった。

 多くの警察官が米花博物館で忙しなく動いている。捜査二課知能犯が担当しているようだ。茶木神太郎が指揮を取っている。


蘭「でも理世、今日は警視庁に行くって言ってたよ?」
園子「さすが推理オタクの双子の妹ね。推理オタクは血筋なのかしら。」
蘭「まあ女子高生探偵って言われてるしねー。でも理世は新一ほど"探偵"に拘ってないよね。現場に行かないで、刑事さんたちの話聞いて推理するみたいだし。」
コナン「(血筋って…)今日理世お姉さん、サイバー犯罪対策課に呼ばれたって言ってたよ?」
蘭「また理世と連絡取ってたの?まああの子昔から機械得意だったもんねぇ」


 得意なんてものではなかったが、ここで言う必要もないか。理世は蘭の言う通り、機械が得意で暇さえあればパソコンをいじっていた。もしかしたら双子とよく遊んでくれる萩原と松田のせいなのかもしれない。理世は新一よりあの2人にべったりだったし。父である優作にプログラミングを習っていたことを思い出す。確かそのあとだ。趣味でセキュリティプログラムを作って表彰されていたのは。警察に寄贈したとか言ってたな。作っていたことも表彰されたことも知らなかった有希子はスゴく怒っていたのを覚えている。


園子「理世にも予告状の写真送ったんだけどさあ」
コナン「え!理世お姉さんに送ったの?!」
園子「そちゃあの子も探偵だからね〜何かわかるかもって」
コナン「それでそれで!なんて言ってたの!?」
園子「なんでそんな食い気味なのよ…えーっとね予告状のことは何も言ってなかったんだけど、"会ってはみたいかな"って」
蘭「じゃあ何で来ないんだろ?」


 確かにそうだ。"興味ない"って言いながら、"会ってみたい"と言っているのはおかしいし、宝石がある博物館に来ないなんてまるで"博物館に行っても会えない"ような言葉だ。コナンはハッとした。窓に駆け寄り、太陽の位置を確認する。すると、コナンは心底楽しそうな顔で自慢げに笑った。


***


−−−怪盗キッドの犯行予告日の前日。

 23:30。諸伏景光は理世と3年前から一緒に暮らしている。家を留守にしがちの工藤夫妻に変わり、保護者として工藤邸に住み込みで働いていた。高校生になり、隣町の高校に通うために引っ越した理世についていきコンシェルジュ付きのマンションに2人で住んでいる。そのため理世の生態については萩原と松田よりわかっているつもりだ。

 理世は早寝早起きが習慣ついていて、こんな時間まで起きていることはなかった。そのことに首を傾げる。理世を預かっている身としては、今すぐ寝てほしいのだが、理世が動く気配はなかった。


 理世の携帯にひとつの着信が入る。

 どうやら理世の幼馴染である毛利探偵事務所に居候している江戸川コナンという少年のようだ。なんでこんな時間に小学生が起きているのだろうか。理世とコナンはとても仲が良くて、よく2人で毛利探偵事務所の下にある喫茶店でお茶をしている。話している内容はだいたい遭遇した事件の話や新作のミステリー小説の話だった。小学生と高校生の会話の内容ではないが、そこはあえて気にしない。


『は?杯戸シティホテルに向かってる?君、今の状態わかってるのか?まあいい、私も向かうよ。』


 理世が電話を切ると、ソファから立ち上がる。


『ヒロにい、公園に連れて行ってくれないか。』
景光「え、公園?」


***

快斗「にしてもすげぇガキだったぜ。ありゃただのガキじゃねえな。」


 杯戸シティホテルから警察官に変装して逃走した。その変装もすぐに解き、再びキッドになる。公園に逃げ込む。ここまで来たなら、警察も追ってはこないだろう。

 怪盗キッドである黒羽快斗がいつも通り予告状を出し、その通りに現れると、一人の小学生がいた。メガネをかけた男の子だった。ジャケットに赤い蝶ネクタイをつけ、真っ直ぐにキッドを見つめていた。何もかもを見透かすような目だった。あの予告状を解き、一人で乗り込んできたのだ。少年のことは後で調べることにしよう。

 キッドの変装を解くため帽子を外そうとした、その時だった。


『その変装を解いたら、私の確信が確証に変わってしまうよ。』


 月夜に照らされ、栗色の髪が金色に光る。いたずらっ子のように笑う少女は快斗が気になっているクラスメイトだった。彼女は快斗の前に立っていた。悠然と、白いワンピースに身を包み、春の風に吹かれている。とても可愛い。


キッド「は…、」
『君が怪盗キッド、まさかクラスメイトの黒羽快斗君だったとはね。』


 息が漏れる。いや、悟られるな。ポーカーフェイスを忘れるな。
 何もかもを見透かすような目だった。青い青い海の色は好奇心に満ち溢れていた。さっき出会った少年と同じ瞳だ。


キッド「これは美しいお嬢さんだ。私には何の話かわかりませんが…」
『歩き方だよ。』
キッド「どういう意味です?」
『手の振る大きさ、歩幅、歩いている時の背筋の伸び具合、まんま黒羽君だ。それ、』
キッド「それに…?」
『私を見る、その熱い目。君が黒羽君じゃなければ誰だと言うんだ。』
キッド「そんな目で見てねぇ!!」


 思わず出てしまった言葉に快斗は口を押さえる。


『熱いのは盛った。あんだけ見られれば猿でも気づくよ。』


 体の温度が一気に上昇していく。バレていた。こっそり彼女を見ていたことがだ。美しく、高潔な彼女を盗み見て、それだけで満足していた。他人となるべく関わらないようにしているようで、それを不思議に思い少し調べたことがあった。"あんなこと"があったことを知ってしまい、罪悪感に苛まれた。だから喋りかけなかったのだ。だから、見るだけにしていたのに。


キッド「はあ、まさかバレるとは…」
『おや、弁解はしないのか?』
キッド「意味ないだろ。工藤さん確信しているようだし、今何を言ってもボロしか出さなそうだ。」
『それはぜひ聞きたいな。』
キッド「で、どうする?通報するか?黒羽快斗が怪盗キッドでしたーって」


 その言葉に彼女は大きい瞳をさらに開かせている。目が溢れてしまいそうで、思わず手を皿にして差し出そうとしてしまった。


『私は怪盗に興味ない。ただ怪盗キッドが誰かを知りたかっただけだ。』
キッド「え?」
『怪盗1412号は18年前に現れた。しかし8年前くらいから姿を現さなくなった。だが最近になって再び現れた。18年前も経った今ならだいぶおじさんになっているはずだ。

しかし、高校生である君が怪盗キッドをやっている。君の正体を知っているなら思うはずだ。君は"二代目"であると。君は何かの目的で怪盗をやっている。違うかな?』


 いつも教室で無表情で座っていて、まるで人形のようだと言われていた。快斗は青子のように笑いかけてもらったこともなかった。その彼女が、いたずらが成功した子供のように笑っている。青い瞳をきらきらと輝かせている。

 そっと息を吐く。

 マントで体を隠すのと同時に変装を解く。


快斗「やっぱりすげえな。さすが女子高校生探偵の工藤理世だぜ。」
『私は別に探偵をやっている気はないのだよ。』
快斗「ははっ、探偵って言ったら否定する噂は本当だったんだな。」
『なんだそれ。』
快斗「まあそれは置いといて、理由は聞かないのか?」
『何がだ?』
快斗「俺がなんで怪盗をやっているのか。」
『なんだ、聞いてほしいのか?』
快斗「…いや」
『君が話したくなったら言ってくれ。友達としてね。』
快斗「え、」
『友達なら言いやすいだろ。』
快斗「じゃ、じゃあ快斗って呼んでくれっ、」


 食い入るように名前呼びを強請った。彼女の手を掴み、自分の元に引き寄せる。ふわっと花のような香りがする。シャンプーの香りだと気づくと、快斗は顔が赤くなった。理世は少し驚いたようだが、すぐに笑った。


『わかった、快斗。私のことも名前で呼んでくれ。』
快斗「ああ。」
『じゃあそろそろ保護者が心配してここまで来そうなんでな。また春休み明けに』


 理世は快斗の手を解くと、公園を去ってしまった。握っていた手が彼女の温度の余韻が残っている。柔らかい手だったな。まさか江古田のマドンナと友達になってしまった快斗は興奮が治らなかった。

 しかし、杯戸シティホテルで出会った少年と工藤理世がなんだか似ている気がしたが、気のせいだろうか。



***

快斗「理世ー!」
『快斗…君は朝から元気だな。』
快斗「そりゃ理世と朝から登校できるからな。」
『へえ、上手い口だな。』
快斗「え!本気にされてない!?」


 仲睦まじく黒羽快斗とあの工藤理世が登校してきた。あの快斗が、あの工藤理世とがだ。常に無表情で、中森青子とぐらいしか喋らない。誰にも媚を売らずに孤高に佇む姿はなんとも美しかった。高潔で冷徹で無愛想な、高嶺の花。そして江古田高校のマドンナである工藤理世が、お調子者の黒羽快斗と仲良くしている。そのことに朝から学校中で大騒ぎだった。

 教室に入り、2人が席につくと田中は慌てて快斗に話しかける。


田中「お、お前工藤さんとどう言う関係だ!?」
快斗「え?」
田中「登校日のときにはあんなに仲良くなってなかったじゃねえか!!やっぱり顔か!?顔なのか!?」
快斗「え、たまたま春休み中に会って仲良くなっただけだよ。」
田中「本当にそれだけか!?」


 「ファンに殺されるぞ」と続ける興奮気味の田中に快斗は若干引いた様子だ。




青子「ねえ理世、いつ快斗とあんなに仲良くなったの!?」
『え?』


 「登校日のときはそんな素振りなかったじゃない!」と興奮気味の青子に理世は完全に引いていた。


『春休みにたまたま会って、意気投合しただけだよ。』


 怪しいと目で訴えてくる青子に、なかなか鋭いなと理世は思った。困ったな。何がきっかけで仲良くなったとか打ち合わせしてないから簡単にボロが出そうだ。チラリと快斗を見ると、目が合う。理世は萩原から伝授されたウインクをした。「どういうことだ、快斗〜!!」という田中の叫びが聞こえた気がした。




***

 白縹しろはなだ色のマーメイドドレスは、煌びやかな刺繍があしらわれている。オフショルダーは理世の上品さが際立っている。同じ色のヒールに、パールのイヤリングが輝いている。


降谷「とっても似合ってるよ」
『そりゃどうも。ドレスを選んだのもヘアセットもメイクも零さんがやってくれたんだけどね。』
降谷「君はなんでも似合うから選びがいがあるよ。にしても妬けるなあ。俺が選んだドレスで、違う男とパーティーに行くなんて。」
『いたたた、力込めないでくれ!肩が壊れる!!零さんは潜入捜査官でしかも潜入中なんだからしょうがないだろ!』


 「ごめん」と肩を撫でられる。この人、自分がゴリラだってこと忘れてるんじゃないか。じとーっと見るともう一度謝られた。降谷は組織の潜入捜査と警察とポアロのアルバイトで忙しいはずなのに、暇を縫っては理世の家に現れる。ここに来る時間があるなら少しでも寝てほしいものである。


降谷「結局誰と行くんだ?」
『けんじさんだよ。ヒロにいは外であまり目立てないし、じんぺーさんは仕事。そして零さんも。』
降谷「この後、すぐに行かなくちゃなんだ。」
『少しでも寝てくれ。』
降谷「少しでも理世ちゃんに会いたかったんだよ」


 歯の浮くような言葉だ。とろけてしまいそうなほど熱い目で見つめられる。手を握られ、横髪を耳にかけられる。勘違いしてしまいそうだ。理世ははいはいと受け流した。「少しは勘違いしてくれてもいいのにな」と呟くが理世の耳には届かなかった。





萩原「にしても凄いね。理世ちゃんのお友達。創立60周年記念パーティー、しかも船の上なんて」
『世界的な財閥のお嬢様なんだ。本人はお嬢様って性格じゃないが…』
萩原「へえ」


 理世の手を取り、エスコートしてくれるのは萩原研二。降谷に睨まれ、松田には恨みのメールが来ていた。萩原は陽気な性格なので気にしていないようだ。ブラックフォーマルは萩原の大人の魅力が際立っている。ホワイトのネクタイ、内羽根式の黒のストレートチップに、理世が誕生日にプレゼントしたブランド物の腕時計をしている。


園子「理世〜!!」
蘭「今日は来たんだね!」
『やあ。あんなにしつこく誘われたらね。』


 園子はキッドの2枚目の予告状が来た瞬間に理世を船上パーティーに誘っていた。電話とメールが何通も何回も寄越していて、最終的に理世が折れたのである。


園子「もしかしてその人は彼氏??」
『なわけ、』
萩原「初めまして、理世ちゃんの彼氏の萩原研二ですっ」
『違う。』


 きゃーきゃー興奮気味の蘭と園子。絶対勘違いされたとげっそりする。理世は萩原の脛を蹴った。理世の非力な蹴りでは痛がりもしない。「ごめんってー」と腰を抱かれるが、その手をつねっておいた。すると、静観していたコナンに腕を引かれ、しゃがみ込む。


コナン「おい、理世」
『あー、コナンくん』
コナン「本当に研二にーちゃんと付き合ってねえんだよな?」
『………はあ。』
コナン「おいっ!」
『けんじさんの冗談に決まってるだろ。』
コナン「まあ研二にーちゃんならいいけど。てかお前結局杯戸シティホテルに来なかったじゃねえか。」
『そりゃ、彼の逃走経路にいたんだから。行ってないもん。』
コナン「はあ!?ひとりか!!」
『なわけないだろ。唯さんといっしょだ。』
コナン「で、会ったのか。怪盗と」
『あー、少し話した』
コナン「はあ!?」
『なかなかのイケメンだったな…』


 双子の兄は小さくなっても変わらずに過保護である。理世的には幼馴染と兄の恋愛事情の方が気になるのだが、二人とも奥手過ぎて暫くは進まなそうである。ぎゃーぎゃー怒るコナンに、「事情を説明しろ」と言われたが、彼の正体が同級生だということは言えないので、「逃走経路で待ち伏せして少し話をした」ぐらいしか言えない。まあいいか。


萩原「久しぶりだねコナンくーん。」
コナン「あっ、萩原さん」
萩原「ほんと新一そっくりだよなあ」
コナン「あはははは」


 萩原にはコナンの正体が新一であることを話していない。コナンになった日に理世と共に行動していた松田は事情を知っている。べらべらと話すことでもないので、二人は萩原に話していなかった。洞察力に優れている萩原は、多分薄々勘づいている。それでも知らないふりしていてくれてるのは、事情があって萩原には話せないことを察しているのか、一生懸命に誤魔化している新一を面白がっているのか。それは彼にしかわからない。




「我が鈴木財閥も今年ではや60周年、これもひとえにみなさまのお力添えの賜物でございます。今夜はコソ泥のことなど忘れて、504名が集まった優雅かつ盛大な船上パーティーをごゆるりとお楽しみください。」


 園子の父、鈴木史朗会長の挨拶の後、その子の母鈴木朋子が船に乗る前に渡された小さな箱の説明が入る。理世はその箱を開けた。中には漆黒の星ブラック・スターが入っていた。理世は宝石には詳しくないが、レプリカであることは明らかだった。だって、みんな似たようなの持ってるし。宝石がきらきら輝いているのだったり、燻んでいたりとバラツキがある。理世のは輝き過ぎて安っぽい。萩原のは反対に光沢が鈍っていた。


萩原「理世ちゃんつけれる?」
『……3歳児と勘違いしてるのか?』
萩原「まさか〜」
『あ、けんじさんもいくら模造品だからと言って、素手で触るなよ。』
萩原「待って、なんで模造品だってわかるんだ?夫人は504名全員にこれを配ってるんだぜ?どれが本物か知ってるのは夫人のみだって話だし…。」
『真珠の主成分は炭酸カルシウム。酸、熱、水に弱いんだ。汗やほこりがついたままにしておくと光沢が失われ、変色などの原因にもなる。そんなデリケートで、しかも代々に伝わる宝石を他人に預けると思うかい?』
萩原「なるほどね。じゃあ鈴木家の誰かが持ってるのか。てか良く知ってるよね」
『母さんが口うるさいからね。研二さんも彼女にプレゼントするときは気をつけろ。真珠の価値を知らなかったら、素手で触ってしまったりお手入れを怠るぞ。』
萩原「豚に真珠ってことか…??」
『そこまで言ってない!』


「嬢ちゃん、面白いな。」


 まるで芸人のコントを繰り出す萩原と理世に話しかけるのは、後ろで一つに束ねた色黒の青年だった。高そうなスーツを身に纏う、ワイルドな印象を受ける。なかなか端正な顔立ちをしているため、『イケメンだな…』と呟くと、すかさず萩原に「俺も負けてませんけどォ?!」と言われた。何に対抗しているんだか。


三船「俺は三船拓也。三船電子工業社長だ。」


 胸ポケットからスッと名刺を渡された。理世は高校生のため名刺を持っていなかったので、代わりに萩原が名刺を出した。三船電子工業。理世でも聞いたことがある会社だ。この若さで社長とはだいぶ仕事ができそうな印象であるため納得である。


三船「へー、お兄さん警察なのか。それでその嬢ちゃんは有名な高校生探偵。」
『…私は別に探偵をやっているつもりは』
萩原「ははは、この子一度も探偵と名乗っていないのに頭が切れるから警察も捜査協力をお願いしていて事件解決しちゃうから世間から探偵呼ばわりされちゃってるんです。」
三船「へー、今度ゆっくり聞かせてくれないか?」

萩原「え?」
『え?』

三船「あんたに興味あんだ。」

『ひょえー』


蘭「ちょっと、理世!!警部さんが呼んでるわよ!!」
『え、ちょ』


 真正面からナンパされたことがなかった理世が変な声をあげていると、蘭がいきなり現れた。かなり強い力で腕を引かれ、引きずられる。後ろを振り向くと、ぽかんと口を開けている萩原と三船が見えた。それにしてもこの蘭いつもと様子が違うな。



青森「おー!理世ちゃん。君も来ていたのか。」
『中森警部。』
青森「いつも青子が世話になってるなー!昨日も君の話をしていたよ!」
『ははは、私の方が青子ちゃんにはお世話になってるんですが…それで私を呼んでいたと聞いたのですが』
青森「…はて?そうだったか?」
『え?』



 目をぱちくりさせ、身に覚えのない言葉に青森警部は考え込む素振りをみせる。これは「私を呼んでいた」というのはウソだな。なぜ"彼"があの場から私を離れさせたのかはわからない。何か危険なことでも起こるのだろうか。青森警部と別れ、彼を見つける。コナンと一緒にいるようだが、コナンは気づいていないのか?


萩原「理世ちゃーん!」
『けんじさん』
萩原「もう置いてくなんてひどいよ!ナンパ男と二人きりになるし、気まずいし!」
『ナンパ男はブーメランだと思うぞ。』
萩原「彼氏なのかって聞かれたから、結婚を前提に付き合ってますって言っておいたよ!」
『はあ!?変な噂流れたらどうしてくれるんだ!!』
萩原「別にいいじゃん!流しとけば!!」


 再会するなり頬擦りしてくるけんじさん。この人なんてことを電子工業の社長に言ってるんだ!?グッと出してくるその親指へし曲げたい衝動に駆られる。なんでけんじさんは私の彼氏役を自らやるんだ。そうしているうちに二課の警視が壇上に上がり、二人組になり合言葉を決めるように言った。確かに合言葉を決めるのはいいかもしれないが、それは怪盗が乗客に"変装していない"ときに決めなければいけなかっただろう。


萩原「俺らはどうする?ダーリンとハニーかな?」
『この浮かれポンチ。何を言っている。』
萩原「ひどい!!」
『それに意味ないのだよ。』



 その言葉に証明が落ちる。

 笑い声が部屋中に響き渡る。

 乗客のどよめく声、中森警部の怒声が聞こえる。



 スポットライトが突然現れた怪盗を照らした。


萩原「理世ちゃん、彼」
『ああ、怪盗キッドではないな。』
萩原「理世ちゃん…もしかして船酔いした?」
『は?』
萩原「さっきから足元ふらふらしてるし、頭痛がするんじゃない?」


 言われてみれば確かにそうだった。波で船が揺れているからふらふらしているんだと思ったし、低気圧で頭が痛いんだと思っていた。園子の母が空砲で撃つフリをして、ネタバラシをしたところで理世は萩原に横抱きされ連れて行かれた。スタッフに話し、船の空き部屋を貸してもらい休むことになった。


 さすがは鈴木財閥、部屋はとても豪華なもので船の中とは思えなかった。ベッドに下ろされる。飲み物を用意してもらい、船酔いの薬を飲んだ。けんじさんは隣に座ると理世の頭を撫でる。とても大きな手だ。あたたくて、この手でいくつもの爆弾を解体し民間人を救ってきた。


『私でもわからなかったのに、よくわかったな。』
萩原「そりゃ12年も理世ちゃんを見てきたからね。君の両親よりも傍にいたのは俺たちだよ。」


 多忙な理世の両親は家を留守にしがちだった。両親のいない間、双子はお隣の阿笠博士や萩原と松田、幼馴染の毛利家で面倒を見てもらうことが多かった。萩原と松田が警察学校に入ると、新たに伊達と降谷、諸伏が理世の保護者役をやってくれるようになっていた。


萩原「理世ちゃんは自分のことになると鈍感だからね。俺らが注視しなくちゃいけないって話してたんだ。」
『…そんなつもりはないが、』
萩原「君は俺たちのことになると無茶するからね〜」
『あなたたちが死にそうになるのが悪い。特に公安組はね。』
萩原「え、俺は7年前から死にそうになってないと思うけど!?」


 そう話しているうちに外が騒がしくなってきたことに気づく。



−−−ボンっ


萩原「理世ちゃん!!」
『イテテ…真珠が爆発したぞ』
萩原「騒の根源はこれかな…怪盗が出たみたいだね。大丈夫??」
『もろにくらった…後で文句言ってやる。』


 理世の胸元についていた真珠が煙を出して爆発した。小さな爆発だったが、胸についていたのが仇になり衝撃が襲った。すぐに萩原が理世の真珠を外し、自分のも外して床に投げた。ドレスを捲ると赤くなっている。


萩原「コラっ!女の子が男の前でそんなことしないの!」
『お、オカン…』
萩原「お兄様とお呼び!違くて!!赤くなってる!!」
『大袈裟だよ。このぐらいすぐ治る。』
萩原「嫁入り前の身体になんてことを!!怪盗め、あなこの怒りぞはらさばやと思ひそうろふ」
『怒り方が古いんだよな。』


 ピンク色の煙が未だに少し出ている真珠を見つめる。これは乗客をパニックを起こさせるための仕掛けだろう。そうなると、混乱の最中どさくさに紛れて本物の漆黒の星ブラック・スターを盗む気だろう。きっともう新一も怪盗キッドが誰に変装しているかもわかっているはずだ。そうすると私は…


『やることがなくなったな。』
萩原「そうなの!?」
『コナンくんが怪盗を追い詰めているだろうし。彼らの対決に割り込むほど無粋ではないしな。』


 平成のアルセーヌ・ルパンと平成のシャーロック・ホームズの対決はどちらが勝つかな。そう不敵に笑う理世の瞳には、その末がわかっているように萩原には見えた。

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