「己の命よりも」




 萩原研二と松田陣平は、警察学校を卒業後警視庁警備部機動隊爆発物処理班に所属した。さすがに在学中には来れなかったが、卒業後すぐに双子に会いに行った。

 双子というのは工藤新一と工藤理世のことで、高校生のときに誘拐されそうになっていた理世を助けたことから工藤家とは懇意にさせてもらっている。双子の性格は全く違く、兄の新一は好奇心旺盛で「事件」と聞くと居ても立ってもいられない推理マニアで感情の起伏が激しい、一方妹の理世はおとなしい性格で感情の起伏が乏しい。双子の共通点といえば、シャーロキアンなことと推理力に長けていることであった。

 暇さえあれば工藤邸に足を運び、双子と一緒に過ごしていた萩原と松田だった。今日は双子の母有希子の手料理を食べ終えると、リビングで双子は萩原と松田の仕事の話を聞いていた。二人が普段どんな仕事をしているか楽しそうに聞いていた。自分達が爆処のWエースと呼ばれていると言った瞬間、双子はキラキラした瞳で自分達を見た。新一は「すげーすげー!!」と言ってくれるのに対し、理世はお行儀よく松田の膝の上で大人しく聞いていた。理世は萩原の方をじーっと見ると、口を開いた。


『けんじさん、防護服着ないで遠隔操作されて爆死しそうだな。』

新一「おい、失礼だぞ!オレも同意見だけどな!!」


 子供の遠慮のないはっきりとした言葉に二人は心が痛かった。確かに持ち前の器用さで何個も爆弾を解体してきた。そのおかげで爆処のWエースと謳われ、調子に乗っていたかもしれない。萩原が「二人とも生意気だぞ〜」と双子をくすぐりはじめる。楽しそうにする3人を余所に松田はなんだか嫌な予感がした。




 11月7日、理世は友達の真緒の家に遊びにきていた。真緒は天真爛漫という言葉が良く似合う女の子だった。歳のわりに大人っぽい理世はあまり同級生と喋らない。他の人間が彼女を「高嶺の花」として見ているからだ。彼女はあまり他の人間を信用していなかった。理世の容姿に惹かれてやってくるのに、理世のそっけない態度にみんな離れていくからだ。そして理世は事件に巻き込まれ体質で、幼少期から誘拐・人質・ストーカーetc. さまざまな事件に巻き込まれてきたのだ。それから人間不信気味なのだ。いつしか理世は壁を作り、あまり友達を作らなくなった。

 しかし、真緒はそんなことを気にせず話しかけてくる子だった。理世が空返事でも嬉しそうに「返事してくれた!」と笑ってくる女の子なのだ。そんな真緒にいつしか心を開いて行った。

 真緒はその日、住んでいるタワーマンションに理世を招いた。近所の子供たちとかくれんぼをするんだと理世を引っ張ってきたのだ。しかたがなく、適当にやり過ごそうと隠れていた。なかなか広いマンションで、10人ぐらいいる子供を探すのは骨が折れそうだ。『よかった鬼じゃなくて』、理世は心底思った。

 しばらく隠れていると変な男の人を見かけた。でっかい紙袋を持ち、小汚く、帽子で顔を隠している。このタワーマンションの住人でもなさそうだ。理世は不審者に遭遇しすぎて両親に携帯電話を持たされていた。キッズケータイでGPS付き、防犯ブザー付きだ。買ってもらってすぐに両親の番号以外で萩原と松田の連絡先を聞いた。とりあえずこそっと写真を撮る。気づかれないようにそっとその場を離れ、再度隠れた。



 しばらくするとタワーマンションの周りが騒がしくなった。そして、武装した警察官が入ってきた。その中に見知った顔を見たので理世は隠れていた場所から走り出した。


『けんじさん』

萩原「え!理世ちゃんなんでここに…」

『けんじさん、なんで防護服着てないの?』

萩原「えっ!」

『今すぐ着てきなさい!!』


 謝りながら急いで降りていく萩原を見つめ、理世はため息をついた。こんなに大きい声を出したのは初めてだ。そして怒るのも初めてだ。いつも優しく、本当の妹のように接してくれる萩原だった。だから自分の命を軽んじてほしくなかった。見たところタイマーが止まっていたから油断していたのかもしれない。

 理世は爆弾を見つめた。



 何分かすると萩原は戻ってきた。理世は萩原が着ている服を教えてもらったことがあった。確か防爆防護服と言って、重量は40kgもあると言っていた。萩原の端正な顔が見えなかった。


萩原「ねぇ、理世ちゃん。ここは危ないからみんなのところ行きなね?」


 さっき怒ったからか恐る恐る言う萩原。理世が隠れている間に住民はみんな避難したようだ。だから騒がしくなっていたのかと一人納得する。「じゃあさっさと解体しなさい!」と怒る。こうなったら見張っててやると意気込む理世に萩原は急いで解体に移った。一人の警察官の防弾盾に隠されながら、萩原の後ろ姿を見つめていた。複雑な作り"だったから"、トラップが多く解体に手こずっているようだ。

 何十分か経つと萩原の手が上がる。他の警察官が息をつく。どうやら終わったようだ。



萩原「もう理世ちゃん!危ないからこういうのは金輪際だからね!」

『だってけんじさん。私がいなかったら気抜いちゃうと思って…』

萩原「まあ防護服着てなかった俺も悪いけどね。これからは油断しないから、理世ちゃんも危ないことしないでね。」


 ぽろぽろと涙が出た。理世は警察官に抱っこされながら、自分が思ったことを言った。萩原は防護服越しの手で撫でてくれた。警察官の服をぎゅっと掴み、頷いた。



松田「おまえなぁ!!無線で萩原と一緒にいるって言われたとき、俺がどんな気持ちでいたのかわかってんのか!?」


 松田は萩原を殴った後、理世の肩を掴んで叱った。またぽろぽろと涙を流す理世に松田は狼狽えた。この男、普段は傍若無人のくせに理世にはめっぽう甘いのである。松田はぐっと堪えるとすぐに「確かに萩原は油断していたかもしれない、でも防護服も着てない理世があそこに居ていいわけないだろ!お前は一般市民なんだから!」と怒られた。謝ると、松田はぎゅっと抱きしめてくれた。手を頭と体にまわして、まるで理世が生きているかを実感するように抱きしめてくれた。少し苦しかった。その後、真緒ちゃんにも泣きながら怒られた。



 事情聴取で、不審者の写真を提出したが相手にされなかった。「子供の言うことだからな」と却下されたとき、目の前が白くなるのを感じた。


 後日聞いた話だと、犯人は二人いたようで、電話してきた一人が警察に捕まりそうになって逃走しようとしていたところを車に轢かれて死亡してしまったらしい。もう一人の犯人は捕まらなかったようだ。


***



 12歳年下のお姫様を家まで送った帰りのことだ。愛車であるCX-5を走らせる。松田陣平は警視庁警備部機動隊の爆発物処理班に所属している警察官である。助手席に座るのは幼馴染で親友の同じ爆発物処理班に所属している萩原研二だ。萩原はなにやら深刻な面持ちだ。いつもヘラヘラして、女のケツばかり追いかけている男がそんな顔をしているので松田は少し居心地が悪かった。

 今日、11月7日に2つのタワーマンションに仕掛けられた爆弾を萩原と松田は解体することになった。2人はそれぞれの爆弾を解体することになり別行動だった。萩原は防護服を着ないまま解体作業をしようとしていたらしい。松田もそれを聞いたのは萩原が解体作業を終えた後だった。その場には萩原と松田が大切にしている12歳年下の女の子、工藤理世がいた。

 理世は、彼女が幼い頃に誘拐されそうになったところを助けたのが出会いだった。そこから工藤家と仲良くなり、警察官になった今でも懇意にさせてもらっている。もう5年以上の付き合いになる。その理世は小学生とは思えないほど大人びた子供だ。物事を一歩後ろに下がって考えられるような子で、頭が良く、何気に言う一言で誰かを救うような子供だった。

 彼女が現場にいたのは、そのタワーマンションに住む友達と遊んでいたからで、マンションに住む子供たちとかくれんぼをしていたそうだ。隠れていて逃げ遅れた理世は、防護服を来ていない萩原を見た瞬間に忿怒したそうだ。理世が怒るのを松田は見たことがなかった。彼女は例え「ブス」と言われても「あなたより見れる容姿をしているつもりだ」と返すだろう。双子の兄と喧嘩しているときだって、理世はなんだか他人事のようだった。多分、喧嘩とは言わない。双子の兄の新一の方が感情の起伏が激しい。そのぐらい冷徹だった。

 その理世が萩原に忿怒したのだ。松田は信じられなかった。萩原が解体作業が終わるまで見張っているような無茶をするような性格ではなかったはずだ。蓋を開けてみると、萩原を大切に思う気持ちがそうさせたようで、ボロボロと涙を流す姿は普通の子供に見えた。そんな理世の感情を乱れさせるほど、理世にとって萩原は大切なんだと思った。

 この事件の犯人は、どうやら二人組だったようで一人は電話をしてきたところを逆探知して逮捕しようとしたところを車道に逃げて車に轢かれて亡くなった。もう一人は未だに足取りも掴めていない。理世はその犯人を見たと主張したが、写真もあったが警察側は全く相手にしなかった。

 理世を家まで送り届け本庁に戻る帰り、沈黙が続いていた車内で萩原がやっと口を開いた。


萩原「なぁ、松田」

松田「あ?」


 ぶっきらぼうな声が松田から出る。


萩原「そんな怖い声だすなよー」

松田「お前が全然喋らねえからな」

萩原「考えることがあったんだよ」


 松田はその言葉に不思議に思い、萩原の顔を見る。萩原は固唾をのむと、おそるおそる口を開いた。


松田「はあ!?遠隔操作の装置が壊れていた!?」

萩原「ああ、俺が防護服を着て帰って来た時にはな」

松田「でも誰が…」


 萩原が理世に忿怒され、防護服を着て帰り爆弾を解体しようとしたときに異変に気づいたと言う。解体を始める前に遠隔操作の装置に繋がるコードを切られていたのだ。現場にいた警察官に聞いても首を横にふるばかりでわからなかった。


萩原「もしかしたら、理世ちゃんじゃないかなって思うんだ。」


 その言葉に松田は目を見開いた。10歳の子供が爆弾の中にある遠隔操作の装置を解体したと萩原は言ったのだ。


松田「お前自分が何言ってるのかわかってんのか!!」


 松田は叫ぶ。萩原の表情を運転中の松田はあまり見れない。沈黙が流れる。自分達が話しているのは現実的のない話だ。10歳の子供にできるわけがない。だが、普通の子供ならばの話だった。なぜだが、彼女ならできてしまいそうな気がしてならなかった。犯人と思われる男の写真まであったのに、警察に相手にされなく悔しがっていた理世の姿を思い出す。


松田「とにかくお前は理世のおかげで助かった命だと思っておけ。盗聴器までついてたんだし、遠隔操作の装置が壊れてなければお前は遠隔操作されて死んでたかもしれねぇからな。」

萩原「だな。」


 深く考えるのをやめ、その話は終わらせた。
 すっかり日が暮れた街の中、警視庁までの道を走らせた。
prevtopnext
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -