「眩しい日差しの中で」


田中「王子!!」


 縁下力はこの声を聞くとなんだが平和だなとすら思うようになった。それくらい田中がお昼のチャイムと共にやってくることは日常なのだ。田中龍之介、縁下と同じく男子バレー部で義理堅く人情に熱いお調子者だ。そんな田中が王子と呼ぶ相手…


『龍…そのあだ名やめてって言ったじゃん』


 星野紫苑、2年4組17番。めでたきまでに玲隴れいろうとした顔は、見る人を惹きつける。あだ名で呼ばれて恥ずかしさか、拗ねたように口を尖らせる顔も同じ男であるのに可愛く思う。

 昼休みになると、田中は4組に押しかけてくる。
 それはもちろん、お昼を一緒に食べるためもあるのだが……


田中「今日のデザートはなんですかぁああああ!」
『うるさい』
縁下「あはははっ」


 紫苑の作った料理が食べたいというのが大半の目的である。



 縁下力と星野紫苑は同じクラスである。縁下は紫苑のことは中学の時から知っていた。同い年でバレーをやる連中なら知らないほうが珍しいと思う。
そのぐらいに「星の王子様」は有名だった。誉高い名だと思う。バレーの実力もさることながら、1番驚いたのはその容姿だ。

 王子と呼ばれるのもわかる。

 なんて整った顔なのだろうか。下手したらモデルやアイドルなんて目もくれないほどに綺麗な顔だと思った。これを紫苑に言ったら怒るからいわないが、それほどまでに紫苑は綺麗だ。


田中「いつも思うけど、ほーんとに紫苑の弁当美味そうだよなぁ」
縁下「お母さん、料理上手なんだな」

『いや、うちの母さん、すっごい料理下手でさ。この前一緒に卵焼き作ったんだけど、なぜか知らないけど爆発したんだ…』

縁下「ば、ばくはつ!?」
田中「卵焼きって、爆発物だったのか!?」


 おそらくその場面を思い出しているのであろう、遠い目をする紫苑に苦笑いが溢れる。

『両親がバリバリ働いてるから、小さい頃からお手伝いさん雇ってるんだ。僕が高校上がってからは来てもらう頻度下げてもらったりしてるんだけど』
田中「まじか…紫苑、まじのボンボンだったんだな…」
縁下「お弁当のおかずとかデザートとか、差し入れも本当に美味いよなぁ」

『ありがとう。そう言ってもらえると作りがいがあるよ。』


 紫苑は保冷バッグからあるものを取り出す。


『ということで、今日のデザートは"ドゥーブルフロマージュ"です。』
「「ふうぉおおおおおおお」」

田中「なんだこのふわふわしていて、上っ面にかかっている粉は!!」
縁下「上っ面って…ドゥーブルフロマージュってなに?」
『2層になってるチーズケーキで、下の層がベイクドチーズケーキで、上の層がマスカルポーネのムースになってるんだ。』


田中「べいくどちーず…ますかるぽーね…?まあわかんねぇけど、ありがとうございます!いただきます!」


***

『(診察時間まで、あと1時間か…どうやって暇潰そう…)』


 放課後、部活にいく縁下と別れた紫苑はどうやって暇を潰そうか考えていた。紫苑の行きつけの病院は星野家と烏野高校の真ん中ぐらいにあり、帰ってからまた病院にいくのが面倒くさいのだ。図書室にでも行こうかと廊下を歩いていると、田中のクラスの担任と遭遇してしまった。


「おお、星野。ちょうど良いや、田中がプリント出してなくてな。悪いがこれ渡しといてくれ。」

 半ば強引に押し付けられ、担任は早々と立ち去ってしまった。図書館から体育館に行くために方向転換をし、足を動かした。


***

 影山飛雄が中学1年生のとき、1つ上のバレー部で星野紫苑という先輩がいた。全国中学生バレーボール選抜強化合宿にも選ばれるようなすごい人なのに、それを誇示せず、それでいてコミュニケーション能力が頗る低い影山にさえ、世話を焼いてくれる優しい先輩だった。

 影山は紫苑に憧憬の念を抱いていた。

 180cmの身長から繰り出される、力強く、それでいてしなやかなスパイク。空中で止まっているかのようにも思えるような崩れない空中姿勢。視野が広く、冷静で、それでいて何よりもバレーができることが心底楽しいと側から見てもわかるようなプレー。

 影山の2つ上の先輩である及川徹も寵愛していた。及川は良く、「自分のトスだけ打って欲しい」と独占欲を見せていた。
 それほどまでに、紫苑はスパイカーとして魅力的な人だった。

 だが、紫苑は北川第一を卒業して1年、全く連絡がつかなかった。

 どうやら飛雄の同級生である国見や金田一も同じようで、1番可愛がられていた影山に定期的に聞いてきた。

 しかし、烏野高校に入学した現在


影山「紫苑さん!?」

『あれ、飛雄…』


 バレー部の主将に体育館を追い出された。どう部活に参加させてもらうか考えていたとき、現れたのは1年間音信不通だった紫苑だった。


日向「わぁ、すっげぇ綺麗な人だなあ!なあ影山、この綺麗な人と知り合いなのか!?」

 犬のように飛雄の周りを走りまる日向。紫苑は久しぶりにあった後輩よりもそちらの方が気になるようで、日向を目で追っている。バレー以外は案外ボケッとしているところもかわいいなと思った。


影山「星野紫苑さんだ。俺の1つ上の先輩で、めちゃくちゃバレーが上手い。お前の何千倍もな。」
日向「その一言いりますう!?本当に一言余計だな!!」

日向「おおおおおれ、日向翔陽です!先輩ってことは北川第一なのか…バレー部ですか?」


 バレー部ですか。その一言に紫苑を眉を顰める。

『違うよ』

 そう困ったように笑うと、紫苑は体育館のドアを開けて入って行ってしまった。


***

『失礼しまーっす』

田中「王子!」

 ストレッチ中のバレー部が一斉に紫苑を見ると、田中がすぐに反応した。


澤村「ああ、星野。遅かったな。」
菅原「おい、大地。星野はバレー部じゃないべ。」

『あはは、すいません。お邪魔しますね。龍がプリント出してないって先生から…』

田中「忘れてたぁあああああ」


 紫苑から渡されたプリントを抱えて叫ぶ田中に、澤村の叱咤が飛ぶ。


菅原「わるいなぁ、星野」
『いいえ、いつものことなので。そんなことより外にいる1年はどうしたんですか?』

 紫苑のその言葉に、菅原は歯切れの悪い返事をする。そんな菅原に紫苑は首を傾げると、菅原は言いづらそうに口を開いた。



『え?教頭のヅラを吹っ飛ばして出禁?』
菅原「しーーーーーーーーーー!!」


 影山と日向はレシーブ対決をして、日向がうまくレシーブできず、ボールがバレー部にちゃちゃを入れにきた教頭にあたりヅラが吹っ飛び、澤村の頭にヅラが乗っかったらしい。
 そして、澤村が「チームメイトの自覚ができるまで部活には参加させない」と体育館から2人を追い出したそうだ。


 菅原が項垂れているのをよそに、紫苑はぜひ見てみたかったなぁと思った。



『では、この後病院行かなきゃいけないので帰りますね。』
菅原「まだどっか悪いのか?」
『いえ、定期健診なのでご心配なく!部活頑張ってくださいね、スガさん。』

 心配してくれる菅原ににこりと笑うと、菅原は少し目を見開いて「ありがとう」と言った。

『龍、ちゃんと渡したからね。明日だしなよ。』
田中「おう、サンキューな!明日のデザートも楽しみにしてるぜ!」


 頑張れよと縁下にも言うと、「お邪魔しました」と紫苑は体育館を出た。


***

菅原「もったいないよなぁ…」

 体育館を出て行った紫苑を見つめて、菅原がぽつりと溢した。

田中「何がっスか、スガさん」
菅原「いや、北川第一のエースで将来間違いなく活躍する人間だったはずなのにさ」

 田中は菅原が何を言いたかったわかったのか。んーと悩ませる素振りを見せると口を開いた。

田中「そうっスね。俺なら挫折して、やさぐれると思うんスよね。だって、大好きなバレーを怪我でもないのに辞めなきゃいけないのってすっげぇ悔しいと思うんス。」

 バレーという単語を見るのも、ボールを見るのも、バレー部と関わるのすら嫌になると思う。だって、他のやつはできるのに自分だけできないなんて凄く悔しいはずだ。


田中「でも紫苑は、俺の自主練見てくれますし、なんていうか前向きじゃないっスか!だから強くなって、紫苑に見せてやりたいんです!紫苑の分もとかクサいですかね…」

 照れくさそうに笑う田中に菅原は微笑んだ。


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