影山「紫苑さん!!」
体育館を出ると案の定影山と日向がいた。まだ4月で寒いというのに、ジャージの裾を捲っている。寒くないのだろうか。紫苑は厚着に、マフラー、手袋までしてるというのに…。
影山「なんで、バレーやってないんですか?」
まっすぐな影山の視線に中学の時のことを思い出す。ひとつ下の天才セッター。誰よりも真っ直ぐにバレーに向き合っていた。誰よりもバレーを愛していた。欲しいと思ったところに、自分の好きな高さに必ずくるトス。1つ上の先輩のトスも打ちやすくて好きだが、紫苑はこの後輩のトスも好きだった。
影山「紫苑さん、及川さんに青葉城西に誘われてじゃないですか。だからてっきり青城に行ってると思ってました。」
『あー、誘われてた。白鳥沢と青城からはスポ薦きてたし。』
日向「スポ薦…スポーツ推薦!すげぇ!」
影山「じゃあなんで」
『もう運動しちゃいけないんだ。』
熱くなる飛雄を制するように紫苑は言った。
『中3の最後、心臓病の手術を受けた。激しい運動ができないんだ。』
***
星野紫苑は幼い頃から身体が強い方ではなかった。
流行病には必ずかかっていたし、風邪もよくひいていた。
小児喘息で何度も入退院を繰り返した。母は紫苑の頭を撫でながら何度も「ごめんね」と繰り返して、涙を流していた。紫苑はそれが苦手だった。
病院独特の匂いも、
白いカーテン、
白くてかたいベッドも、すべてが。
中学に上がるまでに喘息も落ち着き、若利に付き合っていたバレーの練習で体力がついたのか、あまり病気をしなくなった。
しかし、中学3年生の春から、呼吸が苦しくなることが多くなった。
「ここより大きい病院で診てもらおうか。」
「申し訳ないんだけど、ここでは詳しいことがわからないんだ。」
「早急に手術した方がいいです。」
母と結果を聞いた。先生が詳細を話してくれている中、紫苑はバレーのことを考えていた。
きっと自分があのコートに立つことはもうないのかもしれない。
それは体調が悪くなるにつれて、なんとなくだが分かっていた。
重い病気だということも、バレーができなることも。
しかし、母は違った。
「ごめんね。丈夫な身体に産んであげられなくて、」
啜り泣く母の声が忘れられない。
父の安心させるように、無理に笑う顔が忘れられない。
あの熱気、高揚、仲間との抱擁、
すべて、
バレーボールのすべてが、
わすれられないんだ。
***
『高校は、母さんの職場が近くて、主治医のいる病院が近い烏野を選んだ。』
紫苑の話は飛雄にとって現実味のないものだった。
飛雄が知らない紫苑だった。
いつも優しく撫でてくれる手は鬱血しそうなほど握られている。
『今は落ち着いてるから、そんな怖い顔しなくてもいいよ。』
影山「怖い顔なんてしません!」
日向「いや、してるし。」
「なんだと日向ァ!」とまた喧嘩し始める2人に紫苑は笑みが溢れた。少し心配だった飛雄のコミュニケーション能力の低さ。だが、真っ向から向かってきてくれる"仲間"ができるようで安心した。
影山「あの、紫苑さんはまだバレー好きですか?」
『え…?』
影山「俺は紫苑さんに見ていてほしいんです。俺が紫苑さんの分もバレーします!」
影山「だからマネージャーやってくれないですか。」
まだ寒い風が紫苑の横を通る。まるで頭に冷水をかけられたような衝撃だ。
影山「俺の隣で、俺のバレーを見ててください!」
日向「なんか告白みたいだな。俺たちまだ入部すらできてないけど…」
影山「勝負して勝ったら入れてもらう。」
日向「え!?」
影山「そうすれば、協力して戦えるって証明になるだろう。」
『(我が後輩ながらこんなにも単細胞だとは…)』
しかし、この単細胞でおバカな後輩が可愛いと思ってしまう。
影山「勝負してもらって、俺たちが勝ったらマネージャーやってください!」
良いアイデアだと思っているのか、自信満々にドヤ顔をかます飛雄。日向も「おお!」とやる気十分なようだ。しかし、紫苑はマネージャーになるなんて一言も言っていない。あと、勝手に激しい運動ができなくて、体育すらでれない人間をマネージャーにしようなんて、バレー部は許してくれないのではないだろうか。いや、バレー部の人たちは優しいから喜んでくれるかもしれない。だが、完全に迷惑をかけてしまうことは明白だろう。
『はあ…とりあえずその試合が現実になったら呼んでくれ。もう病院行かなきゃいけないから、』
盛り上がって、叫んでいる2人に何を言っても聞かないだろうと自分の経験則から諦める。じゃあね、と言おうとすると、飛雄が「連絡先教えてください!」と遮るように叫んだ。日向が「俺も!」と手を挙げる。
日向「でも同じ中学なのに、なんで連絡先知らないんですか?」
『ああ、中学卒業した後、携帯水没させちゃって…iPhoneに丸ごと変えたから、中学時代の知り合いの連絡先知らないんだ。』
紫苑の父が内緒で紫苑の携帯をチェックしていたときに紫苑が現れ、驚いて携帯を投げ飛ばし、見事に水が入っていたコップに入ってしまったのだ。父の過剰なほどの過保護具合はいつものことなのでスルーだが、父の驚きっぷりと見事な水没の瞬間に爆笑した。その日にiPhoneに替えられたのだから、紫苑にとってはラッキーである。
影山「そ、そうだったんスね…(そういうところあるよな)」
日向「紫苑さんiPhoneじゃん!かっけぇ!」
***
田中「〈聞いたぞ、紫苑!マネージャーやってくれるんだってな!〉」
定期健診が危なげなく終わったその夜、珍しく田中から電話があった。明日の間食用のおやつのリクエストだろうかと思いながら電話に出ると、いきなり本題に入られた。
『飛雄か…』
田中「〈紫苑と影山が知り合いなのは驚いたぜ!そうだよなぁ、お前ら同中だもんな!〉」
『中学のときから懐いてくれててさぁ。ついつい甘やかしちゃうっていうか…てか、勝負することになったの?』
田中「〈そうそう、あいつら面白くてよl。勝負して勝ったら入れてくださいってさ、そんで紫苑をマネージャーにしてくれって〉」
『大地さんは良いって言ったの?入りたての1年坊主に2年の先輩をマネージャーにしてくれなんて』
田中「〈それが最初、影山から紫苑の名前出てきたときビックリしたんだけどよ。お前、結構自主練とか差し入れとかしてくれただろ?だからバレー部全員お前が入部してたもんだと思っててさあ〉」
「そういや入部してないなって驚いたぜ」とがははははと豪快に笑う田中に紫苑は電話越しに白い眼を向ける。本当に勝負を受けてくれると思わなかったし、バレー部が紫苑をマネージャーとして入部を許可するどころか、入部してるものだと思われていたのも驚きだ。何よりも、紫苑はマネージャーになるとは一言も言っていないのだ。
『僕はやるなんて一言も言ってないよ。』
田中「〈でも満更じゃないんだろ?〉」
田中の的をついた言葉に硬直する。
田中「〈お前が誰よりもバレーが好きなのは、2年間い〜〜ちばん傍にいた俺が良〜〜〜〜く分かってる。だからきっかけはどうであれ、またバレーと関わりが持てるならどんなのでもいい。
自分に嘘つくんじゃねぇよ。〉」
田中のこういう恥ずかしげもなく真っ直ぐに伝えられる男らしさ、憧れる。
バレーが好きだ。
あの緊張感、
サーブが入った時の興奮も、
ブロックを撃ち抜く快感も、
ボールに触りたい。
強いやつと戦いたい。
でも、できないならば
紫苑の分までバレーをやると言ってくれる人たちの傍で、バレーを見るのもいいのではないだろうか。
どこまでも真っすぎで漢らしい君だから、
自分の溢れかえるような汚い欲を背負わせるなんて紫苑にはできない。
優しい君だから、全て背負ってコートに立ってくれるんだろう。
『見てから決める。』
『飛雄たちを見て、再確認させて。』
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