「この手で抱き寄せて」
死んだはずだった。
気づいたら森の中で気を失っているところを忍術学園の学園長に拾われていたのだ。あのとき死んだはずの自分がなぜ生きているのか、10年以上の歳月が経ってもわからなかった。
なぜここにいるのか。
なぜ生きているのか。
もうきっと、彼らには会えないのだろう。
ここにきてだいぶ経つが、まるで生温いお湯に浸かっているような場所だ。
−−−−−
6年は組学級委員長委員会委員長、星野紫苑。
これは私、鉢屋三郎の敬愛する先輩の名だ。
今日の学級委員長委員会の委員会活動で書類整理をしている紫苑先輩の横顔は、今日も美しい。まるで作り物のような精巧なお顔は、同じ人間ではないようだ。きめ細やかな色白の肌に、垂れ目気味の瞳は長い睫毛に縁取られている。見れば見るほど美しく、三郎は見つめるのをやめない。
『そんなに見られると穴が空いてしまうよ。』
透き通るような綺麗なお声と共に、長いまつ毛に縁取られた紫苑先輩の目が私に向いた。
黒木「鉢屋三郎先輩は星野紫苑先輩のこと大好きですから」
今福「やっと紫苑先輩の長期任務が終わって久しぶりに会えて僕たちも嬉しいです!」
『長い間留守にしてしまって、三郎には迷惑をかけたね』
鉢屋「い、いえっ」
尾浜「えー、俺はー?紫苑せんぱーい」
紫苑先輩に抱きつきながら、絡みに行く勘右衛門に『はいはい、勘右衛門もありがとうね』と頭を撫でる先輩。
小さな唇から紡がれる言葉はいつも私たちを癒してくださる。
ああ、この人はもし私だけのものになったら、
鉢屋「(どんなにいいだろうか………)」
たまに、紫苑先輩がいなくなってしまうのではないかと思う。
ふと見せる、憂いをおびた横顔は自分を焦燥させた。たった1年、されど1年。1年の差はとても大きく、もし自分が同じ学年で同い年だとしたら紫苑先輩は頼りにしてくださっただろうか。今のように隣においてくださっただろうか。
果てしない思考を巡らせる。
鉢屋「(私はあなたのためなら鬼にもなれる)」
委員会が終わり、お茶請けとして私たちにお土産として買ってくださった揚げ饅頭を食べながら、先輩がいなかった間の出来事を庄左ヱ門たちが話し出した。ニコニコと笑いながら、嬉しそうに話を聞く紫苑先輩はまるで母のようだ。
揚げ饅頭を食べ終わり、解散した。
1年生を見送り、勘右衛門も自室へと帰って行った。紫苑先輩も帰る準備をしているようで、少し寂しい気もしたが先輩だって疲れているはずだし無理強いはできない。5年生にもなって、甘えただと笑われてしまうだろうか。
『三郎、きて』
鉢屋「えっ、」
優しく甘い声で、紫苑は言った。自分の都合の良い夢ではないだろうか。先程まで書類を片付けていた腕は広げられている。すぐに紫苑の隣に行くと、紫苑は三郎の頭を撫で抱きしめた。三郎の首にちょうどくる頭、体は三郎より少し華奢だ。三郎は自分の顔が火照るのを感じる。こっちの気も知らないで、紫苑は三郎の匂いを嗅いでいる。まるで恋人のような扱いに驚いてどこに手を置いて良いかわからなかった。とりあえず背中に手を回すと、さらに近くなる。
『すまない。思ったより三郎に会えなかったのが寂しかったようだ。』
鉢屋「へっ!?」
やっと口を開いた思ったら、とんでもない爆弾を落とされた。こんなかわいいことを言うのかこの人は。心臓がさっきからうるさい。落ち着け鉢屋三郎と自分を鎮めようとするが、紫苑のほのかに香る甘い匂いにくらくらする。
『三郎の匂いは落ち着くなあ。』
鉢屋「今日はどうしたんです?」
実を言うと、紫苑がこうなるのは今回が初めてではなかった。普段は、三郎を始め後輩たちを甘やかしている紫苑だが、たまにこうやって三郎に甘えてくることがある。紫苑の親友であり、同じ6年は組の食満留三郎や善法寺伊作はみたことがあるのだろうか。
『少し昔を思い出しただけだよ。』
鉢屋「…そうですか。」
『ははっ、なんで三郎がそんな顔するんだよ。』
笑いながら、三郎の眉間を押してくる。
鉢屋「あなたが悲しいことは、私も悲しいです。」
『三郎は優しいね。』
そう笑う紫苑先輩に何も言えなかった。この人のいう〈昔のこと〉は、一回も聞いたことがなかった。たまにみる憂いた顔は、そのことを思い出しているのだろうか。
「おーい!シオン〜〜、修行するってばよぉ!!」