5話
うららかな昼下がりの医務室は、敵意によく似た緊迫感に包まれていた。
先生、と呼ばれた白髪の男は淡々と薬棚の瓶を並べなおし、九条とよばれた赤髪はただにやにやとしながらそれを見守っていた。
「それとも、」
「……」
「気違いは自分達だけで…すかねぇ?」
九条がただの機械のように引き出しの開閉を繰り返す、その音だけが響いている。
ギイ、パタン。ギイ、パタン。
「17年前のテロから随分経って、それを忘れてるヤツも多いのかもしれませんけど、」
「……」
「自分は、忘れませんよ。あなたも、忘れないでしょう、ねえ、先生?」
「…五月蠅い」
「ふふ、だってこの組織には、あのテロで色んなモノを失った気違いがたくさんですもんね?ねえ、先生」
「五月蠅いよ、九条」
静かな怒気を孕んだ声に、九条はゆるやかに笑ってみせた。
この組織――新社会ネットワークには、17年前に起きた凄惨な自爆テロを皮切りとして続いている大規模なテロによって大切なものを失った人間が多く見受けられる。あの瀬莉やデイライトなどもいい例だ。
大切なものを失った悲しみは積もる。その怒りや悲しみの感情は、全ての原因である自爆テロ集団に向けられた。また、それと同時にテロを止めることの出来ない軍へも怒りの矛先が向けられたのだ。
「―かくして新社会ネットワークは孤高の集団となり、名の通り新しい社会を作るべく動きはじめたのでした!!めでたしめでたし!!」
九条がひときわ大きな声で叫ぶ。その時、医務室備え付けのベッドを囲んでいたカーテンがゆらりと動く。中からは黒いおかっぱ頭の青年が不満そうな顔を出した。頭には包帯を巻き、右手には点滴を吊した点滴筒を握っている。
「…九条、本当に五月蠅い」
「あれ、暁さん起きてたんですか?」
「お前の声で起こされた。…点滴筒の点子も五月蠅いと言っている。」
鈍く銀色に光る点滴筒がキイキイと音を立てる。それを心配そうに眺める暁の様子を見た九条は、上機嫌そうな顔で向き直った。
「…ね?気違いばかりでしょう?」
ギイ、パタン。ギイ、パタン。 パタン。
***
゛特攻班に告ぐ゛
゛本日声明が出された為潜入捜査を行う。場所はエリア39゛
゛軍は戦闘体勢であり、テロ予測はエリアD-E間の5aからbにわたりたてられている゛
゛作戦は日没と同時に決行゛
゛以上゛
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