高也には昔から、ほんの僅かでも「楽しい」と思う瞬間さえあれば、勉強でも遊びでも、なんにでも没頭してしまう悪癖があった。
 物心ついた頃にはもうそういう性格だったので、本人が意識して自重しないことには治る見込みもない。
 幼等部、初等部を経て、中等部に進学し、実家を離れて寮生活することが決まったときには、彼の両親が「どうか出来るだけ注意してやって下さい」と頭を下げに来たほどだ。
 そのため、当時は生徒たちよりも医務職員の間での方が有名だった。

「ただでさえ食わねぇくせに、真っ先に食事を疎かにするなんて、こいつの生存本能はどうなってんだか」

 溜息混じりに保健医が零す。

「寮では消灯があるから、さすがに徹夜を繰り返すなんてことはないらしいが」と続いた言葉が呆れ果てているのは、徹夜はせずとも寝不足に陥るほどには睡眠を削る常習犯であることが発覚したからだろう。
 そこまで聞いて、臣は閃いた。

「だったら、僕が生徒会長の栄養管理をします!」
「……は?」
「僕、料理が趣味で、調理部に入ってるんです。寮生だから休日も問題ないですし」

 この際、高也の偏食を治すことも課題にすれば、自分の料理の腕も上がること間違いなしで、一石二鳥だ! と、自分の発想を自画自賛する。
 すっかり張り切っている臣を見て、保健医は敢えて何も言わなかった。
 栄養剤一本を打ち込むよりも、それは確かに妙案で、臣のためにも、何より高也のためにも悪い話ではない。

 そこから、高也が中等部を卒業するまで二人の付き合いは続いた。

 それから一年。
 高等部に進学した臣は、相変わらず料理が趣味で、仮入部期間の内から調理部に在籍していた。
 一年間顔を合わすことのなかった高也が生徒会長になると知ったときには、寂しい気持ちと懐かしい気持ちが湧き上がってきたが、自分がいなくても一年間なんとかなっていたことの安心と、誇らしさの方が気持ちは上回っていた。
 まさか、僅か数日で間違いに気付くことになるとは思いもせず。

 ある日のことである。
 調理部の部室へ向かう途中で、臣はいつかとまったく同じ光景を目の当たりにすることになる。





 思えば、再会がきっかけだった。
 と、高也は独り言つ。

「え? なんか言った?」

 会議が一段落したところで、室内は解放感に満ちている。
 十月からの行事事案を確認する会議を、時間いっぱい使って終えたばかりだ。ようやく訪れた自由に、みな羽を伸ばしているところだった。
 なので、誰にも拾われないと思っていた独白が、近くにいた副会長の耳に入っていたことに高也は驚く。

「……いや、別に」
「嘘つけー。う〜ん? その顔、調理部の彼のこと考えてたな?」

 その顔、と言われても、どの顔か、自分の表情を見ることなどできないので高也には繕うこともできないが、その顔、で完全に見抜かれていることに動揺した。そんなにわかりやすい顔をしていただろうか、と首を傾げる。

「早見とは生徒会での付き合いしかないけど、なんとなくわかるって」
「え……」
「それに聞いた話だと、中等部の頃は仲の良い先輩後輩で有名だったんだろ?」

 外部入学で高等部から森ノ中生の副会長は、そう言ってちらりと書記に目を向けた。
 我関せずと帰り支度をしていた碓井が視線に気付き、面倒くさそうに「そうですね」と答える。

「会長について回るアイツは何者だ、と一部で高藤をやっかむ声が聞こえるくらいには有名です」

 話し振りから、おそらく現在進行形らしい。
 副会長は、碓井と高藤が中等部では同級だったことを知っていて彼に話を振ったのだが、返答はまるで他人事だった。それほど親しくはなかったか、と人選ミスに苦笑する。
 しかし、視線を戻した先で高也が眉間にシワを寄せていたので、どうやら大きく的を外したわけでもないようだ。

「早見?」
「会長?」

 考え込む高也に、二人が怪訝な顔をする。

「……やっぱり、臣には一度言って聞かせないと」

 何を? などと惚けたことを聞かずとも、高也が連日の差し入れを咎める気でいることは二人にもわかった。
 しかし、彼の入室も差し入れも、承認しているのは高也ではなく役員たちの方である。もっとも、差し入れとは名ばかりで、誰が、何のために、甲斐甲斐しく手間暇をかけているのか、言うまでもないことを心得て勝手に気を利かせているだけだ。
 だから、敢えて「何を?」と二人は声を揃えて意地悪く訊いた。

「何を、って……」

 訊くまでもないだろう、と高也は呆れたような顔をする。
 にやにやと人の悪い笑みを浮かべる副会長と、興味はないが話には乗る体の書記。今度は高也が怪訝な顔して、しかし、バカ正直に答えようとしたところで顧問の声が割って入った。

「そこの御三方、何をまだ話し合っているのですか。続きは寮でしてはどうです? ほらほら下校時刻が迫っていますよ」

 まったく空気を読まない穏やかな声に、三人は肩を竦めて「はい、すぐに」と答える。
 大した話はしていない。延長申請をしてもいないのに、生徒の規範となる生徒会役員が下校時刻とはいえ規律違反をするわけにもいかない。三人にこれ以上話を続ける理由など、なかった。


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