それでは、戸締りをよろしくお願いします。と高也が顧問に頭を下げたとき、バタバタと廊下を駆ける慌ただしい足音が聞こえた。
 差し迫った下校時刻によほど慌てているのだろうか、そう思いながらも、廊下を走るのはいただけない。一言注意が必要だ、と役員全員が足音の方を向く。

「こらー、廊下を走らなーい!」

 相手の余裕のなさに反して、緩い口調で窘めるのは庶務だ。
 そんな注意の仕方があるかよ、と隣で会計が苦笑いする。
 足音の主は生徒会室前に役員が勢揃いしていることに、一瞬、目を剥いた。が「よかった、まだいた!」と息も切れ切れに駆け寄ってきた。

「君、僕の注意聞いてた?」
「す、すみませ……でも、かいちょ、早く会長、呼びに行かなきゃと」

 ぜえ、はあ、と肩で息をしながら、生徒が言う。

「どうした? 何があった?」

 彼の慌てぶりに、相当急を要することなのだろう。すぐに真剣な顔で高也は向き合った。
 生徒は大きく息を吐き切って、呼吸を整えると、高也の腕を掴んで走り出す。
「え?」「あ!」と言葉にならない声が誰彼から発され、呆然と拉致される高也を見送ってしまう。高也も高也で「は?」と、事態の把握が遅れたことに唖然としたまま、掴まれた腕を振り払うことなく、引きずられるようにして生徒についていくしかなかった。

「ちょっと! 君! せめて説明の一つもしていったらどうなんだ!」
「言ってないで、追いかけた方が早い」

 努めて冷静に答え、碓井は庶務の背を押し、二人で彼らの後を追い始める。

「ええ? ちょっと、もう。さっき廊下を走るなって注意したばっかじゃんよ」

 言いながら、会計も早歩きで追いかけた。実際声を上げたのは庶務だが、注意しようとしていた手前、走り出すのは憚られるらしい。

「すみません、顧問。戸締りよろしくお願いします」
「教師の立ち会いは必要ありませんか?」
「生徒間のことですので、こちらで処理します。ですが……今回は大目に見ていただけると助かります」

 副会長はそう言って顧問に一礼すると、一足遅れて他役員たちの後に続く。
 些細なこととはいえ、下校時刻も廊下を走らないことも、規則は規則だ。生徒会役員として、守るべきことは守るのが矜持である。けれど、今は緊急事態だった。
 残された顧問はにこにこと微笑ましげに生徒たちを見送って、呟いた。

「青春ですねぇ。青い、青い」





 連れられるままに辿り着いたのは、調理部の部室でもある調理室だった。
 生徒会室と同じ特別棟の三階、中ほどにあるため、全力疾走すれば確かに息切れ必至で説明どころではないだろう。百聞は一見に如かず、とも言うし、これが彼なりの最善だったのだ。
 ──と、高也は思い込むことにして、「で?」と不機嫌をあらわに冷たい声を出した。
 いくら自分を納得させても、それはそれ、これはこれ、なのだ。

「質問にも答えず、本人の了承も得ず、強引に現場に連れてくるとは随分、礼に欠ける行いだな」

 森ノ中学園では、どの教育課程にあっても礼儀作法からまず学ぶ。カリキュラムにも必ず一単位分組み込まれているくらい、礼儀作法を重要視する学園なのだ。
 だから、形だけでも高也は彼を叱責しなければならなかった。仮に高也が生徒会長ではなかったとしても、その権利はある。
 高也を連れてきた生徒は「申し訳ありません」と深々頭を下げて謝罪した。

「大変なご無礼をお許しください。とにかく、早急に会長をお連れしないと収拾がつかないと思いまして……」

 お願いします、と再度頭を下げた彼は、またも高也の返答を聞かずに先を行く。
 調理室のドアを開け、中の様子を指し示して現状を窺わせた。
 室内では、小柄な生徒が今まさに臣に殴りかかろうとしている。

「何をしている!」

 その光景を目の当たりにした高也は、咄嗟に叫んでいた。

「! 高也さんっ」
「っかい、ちょう……!」
「なに、どうしたの、結局何が起こってんですかぁ?」

 高也の一喝に、時を止めたように静止する調理室内。彼を連れてきた張本人は、その迫力に「ひっ」と身を竦ませている。状況を把握しようと一層スピードを上げて駆け寄ってくる庶務と書記。その後ろには会計と副会長の姿も見えた。

「……調理部部長、佐倉一登(さくらいちと)。その手を下ろせ」

 誰が見ても、明らかに殴るために振り上げられた拳。制止しようと、佐倉の背後に張り付いていた長身の生徒が、力の抜けたその腕をゆっくりと下ろしていく。
 底冷えのするような高也の声色に、誰も何も言えず、凍り付いているかのようだ。

「……っ」
「言い訳は無用だ。校則第三条第四章その三、『いかなる理由に於いても校内での暴力行為は三日以上二週間以内の謹慎または停学処分とする』。これにより、未遂の現行犯として佐倉には謹慎処分を言い渡す」
「そんな!」

 無表情で冷たい声音のまま、淡々と告げる高也の前で、佐倉が膝を折った。
 今にも泣きそうな顔をしている佐倉に向かって、なおも追い打ちをかけるように高也は言う。

「……そんな? では、正当な処分撤回理由があるんだな?」


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