世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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08


 レイツェルが本を開くと折りたたまれた紙が挟まっていた。表は簡略化された世界地図で、裏は白紙だが中央に古代語のメモが走り書きされている。
 レイツェルは座っている椅子の近くのサイドテーブルに青い本を置き、その引き出しから老眼鏡を取り出す。それをかけると、地図を見えるようにして机の上に広げた。俺達は覗き込む。地図には青い丸印が1つ、赤い丸印が2つ付けられている。
「まず、天界への扉があった森はこの【アルゴール大森林】だ」
青く丸印のつけられたところをとん、と指差しながら言った。アルゴール大森林は人間界最大の森林だ。別名迷いの森とも言われるほど広大なため、森の中のマッピングは未だに完全とは言い切れないらしい。
「その扉に古代語が書かれていて、それを読み解くとその扉を開くためには2つの宝珠が必要だということが分かった」
裏のメモ書きはその古代語の写しなのだと続けた。

宝珠が扉を開く鍵なのか。

「ひとつめは【アズールオーブ】と呼ばれる青い宝珠。海底遺跡に眠る。ふたつめは【ルージュオーブ】と呼ばれる赤い宝珠。秘境の遺跡に眠る、とのことだ」
赤と青の宝珠…何だかトレハンに行くみたいだ。
って、違う!
僅かに浮き足立ちかけた自分を律する。

「調べていくうちにそれらしい伝承をいくつか確認できた。おおよその検討はついたのだが、実際には足を運べておらんので、どちらの遺跡もはっきりした位置は分からなかった」
俺達のいるベテルギルウスに指を置き、つい、と紙上の指が地図で言う南東に滑る。ベテルギルウスがある大陸から離れ、向かい合うもう一つの大陸に近い海上に赤い丸がついている。
「まず海底遺跡はフォーマルハウトの近辺だと思われる。都市の住人に話を聞けばその正確な位置も分かるかもしれん」
フォーマルハウトは海底に作られたドームの中の大きな都市だ。
「次に秘境の遺跡だが…」
フォーマルハウトから北の方へ指が滑る。その先の大陸のアルゴール大森林を抜け、さらに北上すると人間界で1番の標高を誇るシャウラ山があり、その麓の森に赤い印がついていた。ちなみにシャウラ山を挟んだ反対側を少し進むと宇宙都市のアークトゥルスがある。
「秘境というだけあって情報が少なかったが、この森の奥にカルアという小さな村があり、その近くに遺跡があるということが分かった」
静かに話を聞いていたキリスが村の名前を聞いて一瞬ぴくりと肩が動いた。
「キリス?」
それに気づいたユウナが声をかけた。
「あっ……いや、何でも…」
そう言って首を振ったが、キリスの表情が固いままだった。
それもそのはずだ。カルアという村はキリスの生まれ故郷で、忌み子だと恐れられ迫害を受けていた村だ。セシルを救うためには、そこへ再度足を踏み入れる必要があるんだ。
「キリス…」
心配になってキリスを見ると、不安そうな表情は消えていないが、力強く見つめ返してくる。
「大丈夫だって。俺のことより、セシルを救うことが最優先だろ」
「そっか…」
「忌まわしき伝承か…」
やり取りを見ていたレイツェルは顎髭を軽くさすりながらつぶやいた。
「色々と事情が有りそうだね。あまり溜め込みすぎないように…人の心はとても脆い」
「…はい」
キリスはその言葉を噛み締めるように頷いた。優しい表情でレイツェルが頷き返す。
「この地図を持っていくといい。大まかにはなってしまうが、宝珠の眠る遺跡の印をつけておいた。赤印は宝珠を、青印は扉を示しておる」
「大切なものなのに…良いんですか?」
ユウナがレイツェルに聞き返す。地図はくしゃくしゃで古びていて、何年も大事にしていた証だろう。レイツェルは大きく頷いた。
「もちろんだとも。遺跡の正確な位置が分かっていれば、もっと旅の助けになったと思うのだが…申し訳ない」
申し訳なさそうにレイツェルの眉尻が少し下がる。
「いえ、これだけの情報をもらえたら十分です」
数時間前の俺達はどこに行けばいいのか、どうしたらセシルを救えるのか、何一つわからなくて絶望に打ちひしがれるばかりだった。
 けど今は違う。本当にセシルを救えるかはまだわからないが、今やるべきことははっきりした。
「そうだ、これでセシルを助けに行ける…!」
キリスもぎゅっと拳を作った。俺は椅子から立ち上がりかけたが、レイツェルが肩を掴んでそれを制止する。
「焦ってはいけないよ。もう外は暗い。皆の傷も完全には癒えていない」
キリスの体の包帯が巻かれた箇所は多い。ユウナの顔色は良いとはいえない。そして俺も、重力の感覚が狂っていて気分が良くないのは明らかだった。
「まずは体を休めて、今日は家でゆっくりしていきなさい」
「…分かりました。ありがとうございます」
俺はぺこりと頭を下げた。ユウナとキリスも続いてそれぞれ頭を下げた。





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