世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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09


「あっ、そうなったら寮に連絡しないとだめだよね…お電話借りられますか?」
「うむ、いいとも」
ユウナがハッとしてレイツェルに訊ねると、快く承諾した。

 セシルを含めた俺達4人は、魔法学校に併設されている学生寮で生活している。外泊となると報告が必要だ。
「セシルのことも…言わないとな」
数日ならまだしも、こんなことになってしまったらいつ学校や寮に戻ってこられるのか分からない。

…でも、なんて言えば?
誘拐されたと正直に伝えていいのか?
セシルが自分の正体を知られることにひどく怯えていたのなら、おおごとにしてはいけない気がする。
多分ユウナ達も同じことを思っているのだろう、電話に手が伸びない。

「…なぁ、ひとまず今日はセシルも一緒に外泊してるってことにしてさ、明日とかサギリ先生に相談してみないか?」
同じように考え込んでいたキリスが提案する。

 そういえばサギリ先生は、行方不明の女子生徒のことを気にしていた。セシルが何日も学校に来なければ、遅かれ早かれ不審に思うだろう。
「頼りになってくれそうだよね」
ユウナの言うとおり、サギリ先生はぶっきらぼうで鬼教師だが、生徒思いで生徒ひとりひとりをしっかり見てくれていると思う。
「…でも、サギリ先生を巻き込んでいいのか?あの人のことだからこのことを知ったら、俺の大事な生徒返せって天界に乗り込みかねないぞ?」
以前、実技の授業中に凶暴なガーゴイルが現れてピンチになっていたとき、サギリ先生は颯爽と駆け付け追い払ってくれた。おそらく教師の立場として、生徒に危険が及ぶことを嫌っているのだとは思うのだけど。
「信頼の置ける大人に頼ることも時には必要だよ」
俺達が悩んでいると、レイツェルが相変わらず穏やかな声音で言った。
「君達は未成年の学生だ。学生だけで出来ることはかなり限られる。大陸を渡る術である船に乗るにも大人の許可が必要だ」
私もそうだった、と過去の旅路を振り返っている。
「私の場合はどこへでも行きたかったから寄り道という概念はなかった。その旅先で出会った人と仲良くなったりして、やっと大陸を渡ったりと、とにかく時間をかけても何の問題もなかった」
未成年で冒険に出たレイツェルの言葉は重い。
「でも君達は違う。一刻も早く目的地にたどり着く必要がある。その為にはそんなことで躓いてはいられない。そうだろう?」
「……そう、ですね…」
少し考える。
「おじーちゃんも一緒に来たらいいのに〜」
皆の話を静かに聞いていたのか、ジェミニが笑っていった。そんなジェミニに祖父は困った様に微笑む。
「私は歳だからね、たしかに知識はあるが…魔法もあまり使えないし、付いていっても足手まといになるだけだよ」
「そっか〜、残念だなぁ」
ジェミニは祖父に断られて目に分かるようにしょんぼりした。
「私にできることはちょっとした手助けだとか、こうして君たちに助言することだよ」
そう言ってレイツェルは老眼鏡を外してサイドテーブルに置くと、椅子から立ち上がった。
「客間に君たちが休めるスペースを整えてくるよ。休みながら話し合ってゆっくり考えるといい。どうするのかは君たち次第だからね」
「はい、ありがとうございます」
俺達は口々にお礼の言葉を口にした。
「おじーちゃん、僕もハゥ君たちと一緒に寝た〜い」
ジェミニは片手を上げて主張した。
「はいはい、分かったよ」
孫の可愛らしい主張にふっと笑って、レイツェルは部屋を出ていった。

広い居間は俺達4人になった。

「シュウ、どうする?」
「サギリ先生のこと?」
キリスの問いを察してユウナが聞くと、キリスは頷いた。その問いに俺は考えながら答える。
「…一緒に来てくれるかまでは分かんねぇけど、相談するのは有りだと思う。セシルが行方不明なことは隠しててもいずれ分かっちまうと思うし……それに」
セシルが連れ去られた時のことを思うとくやしさが滲んでしまう。
「正直、今の俺達じゃあの女性天使に勝てない。例えばだけど、道中で特訓してもらうとか何か対策をしないと、もし天界にたどり着けてもセシルを救うことは難しいだろ。そういった部分も含めて相談したい」
サギリ先生はあぁ見えてめちゃくちゃ魔力が高い。それが天使に及ぶかと言われれば分からないけど、俺達ただの中級生徒よりは格段に上だ。
「じゃあ……今日はとりあえず、セシルも含めて4人でジェミニのお家にお泊りって連絡するね?」
嘘を吐くのは忍びないが、状況が状況だ。
「あぁ、頼むユウナ」
小さく頷くとユウナは受話器を取り、番号を押すと廊下に出ていった。
「今日はみんなでゆっくり休も〜。休めるときに休まないと、セシルちゃんも悲しむもんね」
「そうだな。体もしっかり治さねぇと、助けにも行けねぇからな。ジェミニ、ほんとにありがとな」
キリスが改めてジェミニにも礼を言う。
「いいんだよ〜、みんなで頑張ろぉ」
拳を高く掲げた。その拳を見て俺も決意を固める。

そう、全てはこれからだ。
待っててくれ、セシル。
どんな困難が待ってたとしても、絶対に助けに行く。

それがセシルを傷付けることになっても。

夢の中のセシルの表情が、頭から離れることはなかった。

Section 09. End.


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