世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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07


「学校でのあの子はどうだい?」
ジェミニの姿が見えなくなると、レイツェルは問いかけてきた。
「元気にやっていますよ〜」
紅茶に口をつけていたユウナがニコッとそれに応える。
「あの子に記憶がないのは…」
「本人から聞いています」
俺はレイツェルの目を見て頷いた。
「そのことを感じさせないくらい、元気には見えるなぁ」
キリスが苦笑を漏らす。
「ジェミニが記憶を無くしてしまったのはどうしてなんですか?」
記憶を無くすとなると、事故に遭ったとかそういったトラブルに見舞われたのだろうか。
少し気になって俺が訊くとレイツェルは目を伏せ、一拍おいてそっと目を開けた。
「…あの子もね、あの少女と同じ様に森の奥で倒れていたんだよ」
「えっ?」
俺達三人は顔を見合わせ、レイツェルの言葉の続きを待った。
「その時は天界の扉を調査している最中だった。特に外傷はないが森の中で倒れているあの子を見つけて、目を覚ました時には何も覚えていなかった」
ジェミニの身に何があったのかはこの人も知らないのか。
「放っては置けなくて私は家に連れて帰った。…そう、私はあの子の本当の祖父ではないんだよ」
そう言って穏やかに微笑んだレイツェルの瞳には少しだけ寂しそうな色が浮かんでいた。
「そう、だったんですか…」
ジェミニの慕いようは本当の祖父に向けられるものと変わらなく、言われなかったら気付かなかっただろう。
「覚えていたのは一般的な生命活動に必要な所作や運動能力、言語。そして無意識的に発動する魔法と絵を描くことだった」
自分に関することは何一つ覚えていなかったようだ。
「『ジェミニ』という名前も、あの子の2つの性格があることから私がそう名付けた」
レイツェルの言うとおり、ジェミニはいつもののんびりした性格から攻撃的な性格に変わることが時折ある。二重人格とでもいえばいいのか。趣味嗜好は変わらず、互いの人格を認識し合っている。
「魔力の才能も眠っているようだったから、何かのきっかけになればと魔法学校に通わせてみることにしたものの、一向に記憶が戻ることはない」
ジェミニは毒の魔法が得意だが、そもそも『毒』という魔法属性は無いため、正確には無属性に近い。魔力が不安定なのか、たまに暴発していることがある。
「本人はあまり気にしていないようだが…やはりなくしたものがあるのなら、取り戻してやりたい」
「そうですね。私達も心配してはいるんですけどね」
レイツェルの言葉にユウナが同意した。もちろん俺とキリスも同じ気持ちだ。
「君達はこれからお友達を助ける為に旅立つだろう?」
俺達3人は静かに、強く頷いた。
そう。セシルを助けるんだ。

「となるとおそらくあの森にも向かうことになるはずだ。あそこにはジェミニの記憶の手がかりがあるかもしれない」
天界への道がレイツェルの言う森の中にあるのであれば、そこを通るのは必然だろう。
「私はあの子の側に居るようになってからは、なかなか実際に冒険に出れてはいなくてね」
机上では調査を進めてはいるものの、実際にその場所へ赴けた回数は少ないのだと複雑そうに言った。
 本来の彼は根っからの冒険者なのだろう。それでもジェミニと出会ってからは、その側に寄り添って過ごしていることに、ジェミニへの深い愛情を感じる。
「本来ならば私が連れて行ってやるべきなのだが…どうか、あの子も連れて行ってくれないか?」
訴えかけるようにレイツェルに言われ、俺は再度頷いた。
「分かりました。…って言っても、多分ジェミニは言われなくても行く気だったと思うけど」
先ほど俺と二人でした会話を思い返すと、ジェミニはセシルを助ける気満々だった。
「あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
レイツェルは立ち上がると俺達に頭を深々と下げた。血は繋がっていなくても、彼にとっては大事な孫の様な存在であることは変わらないのだろう。
「…はい!」
大きく返事をしたキリス。
「それと、ジェミニは記憶がなくてもおじーちゃんがいてくれるから寂しくないって言っていましたよ♪」
その後にユウナがふふ、と笑みを浮かべて言った。
「…そうですか」
ユウナの言葉を聞いて、レイツェルの表情から寂しそうな色が消え、嬉しそうに微笑んだ。

そこに分厚い本を抱えたジェミニが戻ってきた。
「おじーちゃん、あったよ〜」
はい、と言って祖父に本を手渡す。
「ありがとう、ジェミニ」
祖父は本を受け取りつつ、ぽんぽんと軽くジェミニの頭を撫でた。ジェミニはくすぐったそうに笑って、もとの席に座った。





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