世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


セシルが俺の前で俯いている。

――シュウ、ごめんね。
ぽつりと溢した。
何でセシルが謝るんだよ。

――ずっと騙してて、ごめんね。
そんなこと俺は気にしてない。
セシルの話を聞かせてくれ。

――私もう行かなくちゃ。
そう言ってセシルは俺に背を向け、暗闇に消えて行こうとする。

待てよ、どこに行くんだ。
消えていく彼女へ手を伸ばした。

「セシル…!」

バッと起き上がると、先程まで居た校門の前ではなく、見知らぬ部屋のベッドの上で上体を起こしている状態だった。
そうか、あのまま倒れたのか。

「…どこだ、ここ」
部屋の壁には大きな世界地図と、たくさんの写真や絵画が飾られている。美しい風景や街並み、人々の笑顔を写したものまである。世界各地で撮った写真や描いた絵だろうか?部屋の一角を占めている本棚には分厚い本がぎっしり詰め込まれている。
 壁のハンガーに魔法学校の制服が綺麗に洗濯されて掛けられている。自分の姿を見ると着ていた制服ではなく、白いシャツに七部丈のズボンと簡易な着衣に変わっている。辺りを見回していると、部屋のドアが開きジェミニが入ってくる。
「あっ、ハゥくん!気が付いたんだねー」
起き上がっている俺を見て少し安堵したよう顔表情になった。
「…そうか、あのとき聞こえた声はジェミニだったのか」
気を失う少し前に聞こえた声を思い出す。
「うん。帰ろうとしたらみんながボロボロで倒れてるからびっくりしたよ」
「キリスとユウナは?」
一緒に居た二人の姿がなく、ジェミニに問いかける。
「二人も無事だよー、あっちの部屋でおじーちゃんが手当してくれてるよ」
ちなみにここは僕の部屋だよ、と付け足した。ここはジェミニの家か。
傷付いて倒れてた俺達をどうにか連れ帰ってくれたようだ。
「そっか…ジェミニ、ありがとな」
「えへへ、どういたしましてー」
俺に礼を言われてジェミニは嬉しそうに笑ったが、すぐに表情が曇った。
「二人から聞いたけど…セシルちゃん、どこかに連れてかれちゃったんだよね?」
「あぁ…」
「ねぇハゥくん。セシルちゃん、天使だったの?」
それも二人から聞いたのか。
目の前で見せつけられた光景が目に焼き付いている。
「……そうらしい。ピンク色の羽根が背中から生えてたから間違いなさそうだ」
「そっかぁー」
ジェミニはうんうん頷く。
「セシルちゃん可愛いから、天使の羽根似合いそうだねー♪」
「…そういう問題か?」
座っているが俺はずっこけそうになった。
「うん!羽根があってもなくても、セシルちゃんは変わらないでしょ?」
「!」
ジェミニは記憶を無くしている所為か、考え方が人と少しずれていると思うことがよくあるが、時々ハッとさせられる。
「だったら可愛い天使の羽根がついたって、セシルちゃんが可愛くなるだけだよー」
余計な情報が少ないから、物事の本質のようなものを捉えやすいんだろうか。
「…そうかもな」
セシルが天使と知っても変わらない。むしろ嬉々としてその事実を受け入れている。
「僕、セシルちゃんを助けたら、天使の羽根見せてもらおうー」
触らせてくれるかなー、と瞳を輝かせる。
セシルの救出が可能だと、当然のように信じて疑っていない。

どこに行ったのかも分からないのに。
俺達との力量は雲泥の差なのに。

――でも。
折れかけていた心に火が灯る。

そうだ。絶対にセシルを助ける。
どんなに困難だとしても構わない。

ぎゅっと拳を強く握った。
「サンキュな、ジェミニ」
「あれー?僕お礼言われることしたかな?」
「いや。ジェミニはそのままでいてくれ」
張り詰めていた糸が少しだけ緩まった。
「???」
訳が分からない、と言うふうにジェミニは自分の頬を軽く掻いた。

「あっ、そうだハゥくん」
少ししてジェミニが突然ぽんと手を叩いた。
「体調が大丈夫だったらおじーちゃんがみんなに話したいことがあるんだって」
「そうなのか。分かった」
ベッドから降り立った瞬間、あの凄まじい重力を感じた気がして一瞬ふらついた。
「ハゥくん、大丈夫?」
ジェミニが俺の側に寄って体を支えてくれる。

違う。錯覚だ。
今あの重力はない。振り払え。
両足でしっかり地面を踏んで歩く。
「…大丈夫だ、行こう」
ジェミニの後をついて部屋を出た。





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