世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


 両足でしっかり大地を踏み締めて、右手に短剣を、左手には鈴を握って女性を睨み付ける。

右側から矢が飛んでいく。視界の端でユウナが新たな矢を引き絞っていた。だが女性を狙って放たれた矢はいとも容易く杖で弾かれていく。
「このっ!」

ダダンッ
悪態吐きながらキリスが両手の拳銃の引き金を引いた。銃声に気付いた女性が瞬時に顔はこちらに向けたまま、音のした方へ右腕を上げ掌を広げる。そこから魔法障壁が発生し、銃弾は弾かれ地面に落下する。
「…ッ!」
キリスが目を丸くしながら息を飲む。
ユウナの矢が狙いに狂いなく女性に飛んでいくが、結果は変わらない。
「(遠距離が駄目なら…)」
すかさず走りだし女性との距離を詰め、短剣で攻撃を試みる。
「ダメ。遅いわ」
が、次の行動をお見通しだったかの様に、女性との距離があと少しと言うところで女性は軽々と飛び上がり、俺の頭上を越える。
「しまっ…!」
慌てて空を仰ぐがそこに何も捉えられず、既に背後には人の気配。
「シュウッ!!」
「…!」
まずい、やられる…!

悲鳴染みたユウナの叫び声が聞こえた。
「この程度の動きにも付いてこられないのに、あの子を助ける気だったの?」
訪れる痛みを覚悟していたが急に話しかけられる。振り向かなくても、女性があの無表情な笑顔を浮かべているのが予想できた。

…正直、勝ち目があるとは思えない。
でも、気持ちまで負けるわけにはいかない。
「……助ける…!」
「…虚勢ね」
女性がくすりと笑う。すべて見透かされている様で気持ちが悪い。
「シュウから離れろ!」

ダダダンッ

キリスの怒りを孕んだ声と、続けざまの銃声。横目に女性の方腕が上がったのが見えた。

カランッ
銃弾が足元に転がる。また魔法障壁か。
「チッ…何だってんだよ!」
またもや銃弾を弾かれ、キリスの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。
「感情のままの単純な攻撃、お友達もまだまだ未熟」
静かな口調の女性からは余裕すら感じられる。
「…でも、諦めない…!」
「虚勢だけは一人前ね。この状況でどうするのかしら、ね」
「ぐっ…!」
言い終わると同時に、背中に激痛が走る。女性が持っていた杖を振り下ろしたのだ。背中を抑えながら倒れ込む。そのまま倒れている俺に向け、小さく呟く。
「風よ、吹き飛ばして。フロウアウェイ」
強風が俺の体を数メートル吹き飛ばす。風自体に殺傷力は無かったが、近くの木に叩き付けられた。
「ぐあッ!ゲホッゲホ…ッ!」
強い衝撃にせき込み、口から少量の血を吐く。嫌な鉄錆の味が口内に広がった。
「シュウ!」
飛ばされた俺の元へ、キリスが慌てて駆け寄ろうとする。女性は木の側で蹲っている俺から、走り出したキリスに視線を移す。
「お友達の心配もいいけれど、自分の心配もした方がいいわ」
両手に握った杖はキリスに向けられている。
「キリス…ッ!」
咳き込んで掠れた声を振り絞って彼の名前を叫ぶ。
「!」
俺の声が届いたかは定かではないが、女性の動きを察知したキリスは急ブレーキを掛けて止まりながら片方の拳銃をしまい、カードを取り出す。
「ッとと!何するか知らねぇけど、とにかく防げばいいんだろ!水よ、俺を守れ!ルクアシェル!」
魔力を込めたカードから彼の前方に水流の盾が発生する。
「そんな弱い盾じゃ何も守れないわ。風よ、切り刻んで。フロウル」
女性が唱えると、具現化してうっすら緑色に見える幾つもの風の刃が、水流の盾に向かって飛んでいく。
最初の2、3個は水流に飲み込まれたが、風の刃がぶつかる度に盾の強度が弱まる。そして魔力を込め続けるキリスを嘲笑うかのように、風の刃が水流の盾を貫いた。
「く…!」
貫いた衝撃で盾は文字通り水泡と帰する。魔法が解けた直後で無防備なキリスを風の刃が襲う。
「うわ!!」
とっさに腕で顔を守る。制服の至るところが切れ、体にも複数の切傷ができる。深い傷は無いものの、大量の切傷に片膝を地面に着く。
「ちくしょ…手加減されてるってのかよ…!」
女性の魔力を考えると、致命傷を負ってもおかしくはない。キリスは痛みに顔を歪めながら、悔しそうに女性を睨み付ける。頬が切れ、制服を少しずつ赤く染めていく。蹲るキリスを視線から外し、弓を構えているユウナを見て冷笑してみせる。
「あとは、あなただけね」
「……」
ユウナは黙ってしまうが、瞳の闘志は消えていない。女性もそれに気付き、やはり困惑した様に眉を顰め、窘める様に言う。
「まだ戦う気があるようだけど、もうあきらめたらどうかしら?」
「…諦めないよ!セシルとちゃんと話をしなきゃ!」
女性の後方に見えるセシルを気にしつつ、しっかりと女性を見つめ返す。
「…そう。でもこの状況でどうするのかしら?あなたの矢は私には届かない」
確かにユウナの放つ矢は、何度も女性に弾かれている。その証拠に、女性の近くには銃弾と折れた矢が幾つも落ちている。
「あなた一人で何ができるの?」
両手に杖を握り首を傾げてみせる。ユウナが魔力を込めながら矢を引き絞る。
「…まだ一人じゃないよ!」
そう言って矢を放つ。しかし矢は女性の少し左を通り過ぎる。
「どこを狙って…?」
女性が矢のとんだ方向を目で追う。追った先の俺と視線が合う。
その矢が俺の足元の地面に突き刺さった。そこから一人の体を包む程の小さな魔方陣が展開される。
「大地の雫よ、彼の傷を癒して!ヒールアロー!」
ユウナが詠唱すると魔方陣が柔らかく光り、俺の体を包む。体の痛みが引きその場に立ち上がる。程なくして魔方陣は消える。

…そうだ、負けられない!

「サンキュ!ユウナ!」
「うん!」
ユウナに目配せしながら礼を言う。更にキリスの方にも矢が飛んでいき、地面に刺さった矢から同じ様に魔方陣が展開し、蹲っているキリスを包む。光が消えてキリスも緩慢な動作ながらも立ち上がった。

「…振り出しに戻る、といった感じかしら」
再び立ち上がった俺達に、やれやれと言いたげな様子の女性。
「あまり弱い者いじめは趣味ではないのだけれど、致し方ないわ」
女性が杖に魔力を込めると、辺りに地鳴りが響きはじめる。圧倒的な魔力に全身から汗が吹き出る。指一本も動かせないような威圧感と緊張感。二人も同様のようで、その場で身動きが取れずにいる。
「聞き分けの悪い子達にはお仕置きよ」
杖を両手で持ち魔力をさらに込めながら高く掲げると、自然と女性を取り囲むような配置にいた俺達を包むよう、女性を中心に足元に大きな魔法陣が展開される。
「地に屈せよ、グラビティ」
女性が詠唱を終えた瞬間、体全体に物凄い圧力がかかり立っていられない。這いつくばるような格好のまま、地面に押しつぶされてしまいそうだ。
「ぐ…ッ ぅ…」
あまりの力に口から漏れるのは呻き声のみだ。倒れた先にキリスが見えるが、動けそうな様子はない。ここからは見えないが多分ユウナもそうなのだろう。
 絶え間なくのしかかる重力に、顔すら動かせない。かろうじて視線だけを女性の方に向けると、詠唱者の彼女は重力の影響を受けておらず、両手に杖を握ったまま見下しているような憐れんでいるような目で俺達を見ている。その奥に障壁に守られたまま眠るセシルの姿がある。
「…セ、シ…ル……!」
手を伸ばそうとしても手は動かない。

届かない。声も出ない。
もうセシルは戻って来ない、そう突きつけられている気がする。

そんなはずない。諦めるもんか。
届け、届け。

力を振り絞って右手を伸ばす。
僅かに指先だけが動いた。

「光よ、彼の地へ誘い給え―トランス」

意識を手放しかけたとき、女性が転移魔法を詠唱しているのが聞こえた。セシルを連れてどこかへ消えるつもりか。
「……ま…、て……!」
止めようと足掻いたが、手も足も声すらも出ない。力の差がありすぎる。
「さようなら、坊や達」
そのまま成す術もなく、女性の姿はセシルと共に光に包まれて消えていった。程なくして、辺りに展開されていた魔法陣も消え、強烈な圧力からも解放された。

 当然のことなのに、今は場違いなほど静かで穏やかな空気が流れる。上体を起こそうとすると、負荷は消えたのにまだ体が重いような感覚が続く。
「…何も出来なかった…!」
地面に伏せたままのキリスが悔しそうに拳を握り地面を殴った。
「セシル……ッ」
ユウナは顔を両手で覆って泣いている。
「セシルを、助けに行かないと…」
ふらふらする体をなんとか支えて立ち上がった。俺の低い声にユウナが顔を上げた。
「助けにって…シュウ、どこ行くの…?」
「知らねぇ…」
どこに行けばいいのか。どうしたらいいのか。
何一つわからないまま気持ちだけが逸り、一歩足を踏み出した。

――が。

体がぐらりと揺れた。圧力に抵抗し続けた影響か。
「シュウ!」
キリスがその場にくずおれた俺を呼んだ。
「シュウ、大丈夫!?」
キリスとユウナが体を引きずりながら側に寄ってくる。

「…あれっ、みんなどうしたの〜?」
2人の声の他に、間延びしぼんやりとした声が聞こえたときには、俺は意識を手放していた。





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