世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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03


 凄まじい風が辺りに吹き荒れている。その中心にセシルが居る。暴風に乱れる金色の髪と赤いリボン。前髪で見え隠れする碧眼に光は見えない。意識はないように見える。

…何が起こった?
混乱している頭をフル回転させる。

 先に学校を出たセシルを追って、学校の玄関で合流したキリスとユウナと並んで校門に向かった。少し時間が遅かったこともあり、周りには俺達3人以外に誰もいない。少し歩いた先の校門前にセシルが立っていた。隣には見知らぬ女性がいて。
「セシルだ」
「あれ?横にいる人、誰だ?」
「セシルー!」
ユウナが手を振りながら呼びかける。セシルの肩がびくりと跳ねたが、こちらに振り向かない。
 見知らぬ女性も俺たちに気付き、視線が絡んだ。女性がすぅと目を細め、唇が小さく動き何かを呟いたようだった。そして一瞬の間ののち、セシルは暴風の中心になった。

これは魔力の暴走か?魔力を持て余している者なら、有り得ないことじゃない。

…でも。

暴風で地面より巻き起こる砂埃から腕で目を守り、彼女に視線を向ける。魔法学校の制服に身を纏う見知った姿の彼女に、見慣れないものがある。
彼女の背中に桃色の翼が生えている。俗に言う天使の象徴とも言えそうな大きな翼。
「セシルッ!」
「――――――」
声を掛けても反応はない。代わりに隣にいた女性が近寄ってくる。殺気こそ放っていないが、女性のただならぬ雰囲気に油断なく身構える。
「彼女のお友達?」
笑顔のまま女性が言う。

何を笑っているんだ。その張り付いた笑顔が腹立たしい。
「アンタ…セシルに何したんだ」
自分で思っているよりも低い声が出たが、そんなことは気にしていられない。女性の笑顔は変わらず、ゆっくりと唇を動かす。
「彼女の中に秘められていた魔力を解放してあげただけ。…これほどとは思わなかったけれどね」
それから暴風の中心のセシルを見つめた。
「何で…こんなこと…」
暴風にかき消されてしまいそうな、小さく震えた声。目に涙を溜めた、今にも泣き出しそうに顔を歪めるユウナだった。
「彼女は、選ばれたわ」
「……選ばれた?」
女性の言葉を、訝しげな表情で聞き返すキリス。
「我々の王は魔力の高い女を器として集めている。彼女はそれに該当した」
言葉を区切り、俺達3人を見る。
「彼女は人間と天使のハーフだものね」

4人の間に、ゴオォォという暴風の音だけが響く。
「…は?」
女性の言葉がすぐに理解出来なかった。

セシルが…天使?

「うそ……嘘…」
聞こえたのはユウナの声。溜り続けた涙は、既に頬を伝っている。
「セシルからそんなこと聞いたことないぞ…」
幼馴染のキリスが信じられないと顔を横に振る。
「あら、知らなかったのかしら?」
俺達3人は立ち竦んで沈黙してしまう。女性は笑顔を絶やさない。

…いや、笑顔とは名ばかりで無表情だ。
「でも、あれが真実なのよ」
吹き荒れる風の中に冷めた眼差しを向ける。

凄まじい魔力を放つ、背中に桃色の翼が生えた天使の血を引く少女。
それがセシルの真実だって?

「残念ね。お友達が化け物だったなんて」
「お前ッ…!」
女性の非道な言葉にキリスが反応して声を荒げる。
「違うのかしら?」
「当たり前だ!セシルが…天使だからって、化け物な訳…!」
言葉を途切れ途切れに繋いで女性に反論する。女性はその様子を見て、嘲るように笑う。
「じゃあその体の震えは何?」
「ッ!!」
気付かれない様にしていたのだろう。体の震えを指摘され、キリスは言葉に詰まった。
「彼女が怖いんでしょう?自分達とは違う生き物だって知って」
「ち、違…」
反論しようとするも口ごもる。
無理もない。いつも一緒だった彼女が、ただの人間じゃなかった。それもあれほどまでの魔力を秘めていた天使だったのだから。

正直、俺だって震えが止まらない。
隣にいるユウナは泣きながら暴風の中のセシルを心配そうに見つめているが、その体は小刻みに震えている。
「あなたたちと彼女は、住む世界が違う」
女性は荒れ狂う風をすり抜け、セシルに近寄る。女性の周りには障壁でもあるのか、髪の毛一本すら乱れない。虚ろな目をしたまま意識のない彼女に手を伸ばし、その頬に触れる。
「この子はここにいるべきじゃないわ」
「…セシルに触んな」
軽々しくセシルに触れた女性を睨み付ける。やはり女性の笑顔は崩れない。
「大丈夫。彼女は我々の王に選ばれた大事な器よ。乱暴にはしないわ。大人しくしていれば、ね?」
反応のないセシルに話しかける。女性がセシルに手を翳すと、暴走し続けていた彼女の魔力が抑えられる。
 暴風が止み、強大な魔力に呼応するかのように大きく広がっていた桃色の翼も、背中から少し覗くほどの大きさに落ち着いた。
そのままセシルの体は、女性によって作られた障壁に包まれ宙に浮いている。虚ろだった瞳は閉じられているが、意識が戻っている様子はない。

 暴風が収まり辺りは急に静まり返る。言葉を探しているのか考えを纏めているのか、俯いたまま口を開かないキリスとユウナ。
 女性もしばらく黙っていたが、小さな溜め息をひとつ落とした。
「さ、あなたのお友達とお別れよ。二度と会えないけれど、気にしなくていいわ。もう関係ないものね」
再びセシルに声を掛けて、意識のない彼女を促すように俺達に背を向ける。
「もう…会えない…?」
消え入りそうに呟いたユウナの声を拾い、女性は足を止めて振り返り、その言葉に応える。
「…あら、当然でしょう?我々の王の器に選ばれたら、彼女は自分の意志で動くことは出来ないもの。まぁ仮に魔力だけを抜き取って彼女が自由に動けたとしても、あなた達の元へは帰りたがらないかもしれないわね」
確かにずっと隠してきた事実を俺たちに知られて、セシルは俺達の傍にいることを望まないかもしれない。俺達とは違う天使の血が流れているのかもしれない。

でも。だからと言って。

「…セシルを離せ」
一緒に笑いあっていたセシルは嘘じゃない。
そのセシルが連れ去られそうなのに、このまま黙って見過ごすことなんで出来ない。

 低い声で呟いた俺に視線が集まる。泣き腫らした瞳でこちらを見るユウナと、硬い表情のままのキリス。そして冷めた視線を送る女性が首を傾げる。
「…まさか、止める気なのかしら?」
「当たり前だ!」
有り得ない、とでも言いたげな女性に対してきっぱりと言う。横でキリスが小さく頷く気配がした。
「何故?彼女は天使の血を引いているのよ?」
「そんなことは関係ねぇ…!」
女性の問いかけるような声音に、それまで黙っていたキリスが一歩前に出る。
「天使だとかどうでもいい、セシルは俺の幼馴染なんだ!行かせない!」
強く声を張り上げて2丁の拳銃をヒップホルスターから取り出して構える。もうその声と体に震えはない。
 キリスの言葉に涙を拭うユウナ。それでも絶えず溢れる涙をそのままに、キッと女性を見据えて弓を構えた。
「…セシルの居場所は、セシルが決めるの。勝手にどこかに連れて行くなんて、させない…!」
戦闘態勢をとるオレ達3人に順番に視線を移し、一瞬困惑したような表情が浮かぶ。
「やっぱり面倒なことになったわ…こんなに抵抗されるなんて」
それから大袈裟にも見える溜め息を吐く。
「…私とあなた達との力の差がわからない?」
張り付いていた笑顔が消え、今まで感じなかった強い魔力が女性からぶわっと発せられ、思わず目を閉じた。
「く…っ」

目を閉じたほんの数秒の間に、女性の背中に白い大きな翼が生えていた。
「……!!」
「この人も…天使?!」
目の前の光景に驚いて目を見開く俺達。只者ではないと思っていたけれど、この女性も天使だったのだ。
「今更驚くこと?邪魔をするからには、覚悟はできているのよね?」
ふっと何もなかった空間から先端に赤い石の着いた杖が出現し、両手でそれを握る。鋭い視線からは殺気が感じられる。
「まぁ命までは取らないわ。安心して頂戴?」
今まで以上に柔らかく微笑みながら、女性は言った。

背筋に悪寒が走る。冷や汗が吹き出る。足が竦みそうだ。再び体が震えるが、そんなこと気にしてられない。

セシルを助けるんだ。





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