世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


 トレアの街中に戻って来たハピィは、リラを病院へ連れて行くことをクレムとシルビアに任せ、セイカと共にエルの屋敷を訪れていた。廃聖堂内での出来事をエルに報告する。

「――なるほどね、魔力の高い者を集めて何かをしようとしているんだね」
「はい」
相変わらずエルの執務室の机の上は書類の山だ。椅子に座る彼の手にもやはり書類が握られている。ハピィより数歩離れたところで待機しているセイカは、机の上の書類の中にリーフェの顔写真が貼られた物があるのに気付く。
「(あれは…)」
「ひとまずリラが無事でよかったよ。危ないところだったみたいだけど、セイカも間に合ったんだね」
エルはハピィの後ろに視線を向ける。話が自分に向いたと感じたセイカは、書類から目を離し返事をした。
「…はい」
セイカにハピィの後を追うように指示した時にだいぶ渋っていたが、さすがに大天使の命令に逆らうほど屈折していなかったようだ。
 そのセイカへ向き直り、ハピィは尋ねる。
「ねぇセイカ、あの時どうして女性天使を見逃したの?あの状態だったら捕らえることも可能だったんじゃない?」
ハピィはドルチェが転移しようとした時、逃がさないよう近づこうとしてセイカに静止されたことに納得していなかった。
「…リラ様の保護が優先だと思いましたので。そしてあれ以上の深追いは危険だと判断したまでです」
淡々としたセイカの返答をエルは静かに聞き、頷く。
「…そうだね、セイカの判断は正しい」
「そう、ですか…」
「もちろん女性天使を捕えて情報を聞き出すというのも必要なことだから間違ってはいないよ」
少し肩を落としたハピィにエルは笑顔を向ける。そこには両者の意思を無下にしない大天使の心遣いがあった。
「…はい」
その意を汲み取ったハピィは、この件はもう気にしないことにした。それよりも気がかりなことがあった。
「…それにしても、もしかしたらこれまでの所在不明者の中にも、奴らに狙われて拐われた人がいるかもしれないですね」
「その可能性は高いだろうね」
ハピィの言葉にエルは頷きながらも、厳しい表情のままだ。
「…でもそれならいくつか疑問が発生するね」
「何故リラ様が狙われたのか、ですか?」
「それもあるけど違うよ。何故僕が狙われないのか、だよ」
単純に魔力が高い者を捕らえるのが目的なら、真っ先に大天使である自分が対象になるだろう。もしくはこの街の市長であり母親であるイリアか。
「確かに……エル様の魔力は私達とは桁が違います」
それを物語るエルの体と同じくらいの大きな翼。天使の翼は魔力の象徴だ。人によって大きさも形状も違う。ただ、大きければ大きい程その潜在魔力も比例して大きくなる。
「ところが僕には何かをしてくる気配はない」
所在不明者が確認され始めたのはここ最近だが、その期間内で一度もエル自身の周りでは異変が起きていない。
「僕が捕まればさすがに街中が大騒ぎになるだろう」
捕まってあげるつもりはないけどね、と不敵に笑ったがすぐに表情が引き締められる。
「あまり派手な動きはしたくないのかな」
「でも私達に姿を見られても平気でいたところを見ると、自分達の存在を隠す気はないようですね」
「…ある程度対象者が決まっている、とか」
二人が考え込んでいると、黙って聞いていたセイカがぽつりと呟いた。
「…どういうこと?」
視線がセイカに集まる。突然の注目に少し狼狽えてしまい、眼鏡を持ち上げた。
「あ、いえ…。今回のリラ様の件を含めて、誘拐の可能性のある行方不明者に何か法則性のようなものがあるのではないかと思っただけです」
「なるほど……」
セイカの言葉を受け、エルは手元や机の上の書類をガサガサと探り始める。
「これ…… いや、でも…」
そしてそれらをじっと見つめたり何枚か捲ったりしては、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。

「エル様、何かわかりましたか?」
「…そうだね」
エルは顔を上げると書類を全て手から離し机に軽く放る。そのまま席を立ち、ハピィとセイカの側まで歩み寄った。
「行方不明者の全員が誘拐されたと仮定した場合、全員に共通点があった」
「まさか本当に…」
嘘から出た実とはこのことか。セイカは少し面食らってしまった。
「これは今回狙われたリラも該当してる」
「それは一体…」
ハピィが先を促しつつエルの言葉を待つ。
「うん、みんな女性なんだ。偶然で片付けるにはちょっと出来過ぎているね」
「…そうか、それならエル様が狙われない理由にも説明がつきますね」
「そうだね。断定はできないから、結局は全員を護らなければいけないけどね」
「そう、ですね…」
今までに何度かしか見たことがないほどの真剣な表情のエルに、ハピィも事の大きさを実感していく。
「それから転移魔法でこのトレアに自由に出入りされているのも気になる。そのリラを狙った女性天使がどこの所属かは不明だけど、強力な魔力の持ち主が背後についているのは間違いない」
エルとの先程の会話に繋がる。
「その辺りも含めてもっと探りを入れないといけないね。二人とも、報告ありがとう。下がっていいよ」
「分かりました」
ハピィが返事をすると、後ろでセイカも小さく頭を下げて部屋を出ようとする。
「あ、セイカ」
呼び止められたセイカの肩がぴくりとはねた。一瞬ののち、セイカは振り返った。
「…なんでしょう?」
「分かってると思うけどこの事は内密にね。警戒は必要だけど、騒ぎにはしたくないからね」
「はい、そのつもりでした」
「そっか、ならいいんだ。…あ!」
セイカの返答に満足気に頷いていたエルは急にぽんと手を叩いた。
「ハピィごめん。先のお使いの報告を聞いてなかった。もう少しいいかな?」
「あ…はい!勿論です」
エルの言葉にハピィも頷く。そういえばバタバタしていてお使いの報告がまだ済んでいなかったことを思い出す。その会話のやりとりを見ていたセイカは自分がもうこの場に必要がないことを悟った。
「では僕はこれで…失礼します」
「うん、セイカありがとう。君も十分気をつけて」
「はい。…エル様も」
再度ぺこりと頭を下げ、セイカは部屋を出ていった。





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