世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


「ハピィ先輩、避けてくださいね」
不意に、低くもまだどこか幼さの残る声が廃聖堂内に響いた。
「!」
その声にハピィはドルチェから距離を取る。その数瞬後、ドルチェの足元に魔法陣が現れすぐに光り、素肌にピリッとした痛みが走る。
「――これは」
ハピィ達がやってきた通路から足音がする。
「神経毒です。今すぐに死ぬことはありませんが徐々に体が麻痺し動けなくなります。そしてさっさと治療しないと後遺症が残り、放っておけばやがて死ぬでしょうね」
淡々とした口調のまま説明し、足音の主は派手な赤い髪をかきあげ眼鏡を持ち上げる。片手には先端にランプのようなものがついた杖を持っている。
「セイカ!」
ハピィはエルの指示通り現れた後輩の姿に少し安堵する。
「あなた……」
反対にドルチェは悔しそうな顔をする。初めて彼女の表情が崩れた。
「ここは引いてはどうです?この状況ではあなたも余裕はないでしょう」
冷静なセイカの言葉にドルチェは自分の体を確かめる。
「………、は…」
体に力が入りにくくなってきている。足や指先に痺れも出てきている。呼吸がしづらく動悸が乱れつつある。まだ動くことはできそうだが、長く持たないだろう。
「それとも、その状態で僕達5人を相手にしますか?」
セイカの鋭く冷めた瞳、そしてそれぞれ戦闘態勢を取っている天使達の姿を見て、ドルチェは崩れた表情を戻す。
「…ふ、仕方がないわ、ね。今回は諦めましょう」
イヤリングの輝きが増す。動きにくい体に鞭を打ち、胸に手を当てる。
「悠久の光よ、我を彼の地へ誘(いざな)い給え。トランス」
セイカの魔法陣に上書きするように、ドルチェ一人を囲む魔法陣が展開され白い光に包まれていく。
「待ちなさい、ッ?!」
消えようとするドルチェを追おうとハピィは1歩踏み出したが、セイカにそれを静止される。

「また機会があればお会いしましょう、リラ様」

恐ろしく無機質な声を残し、そのままドルチェの姿は溶けるように消えた。緊張の糸が切れたのか、リラはその場にへたり込んだ。
「リラ様!」
「リラ様、ご無事ですか?!」
クレムとシルビアがそこに駆け寄り声をかける。
「あぁ…二人とも、迷惑をかけてすまない」
二人は心配そうな表情のまま、何でもないと言うように首を横に振った。
「ひどい怪我だ…」
「急いで街へ戻りましょう」
「そうだな…エル様にも報告をしなければ」
クレムが肩を貸し、シルビアもその体を支えて何とか立ち上がる。
「それは私の方から致しますので、リラ様はご自愛ください」
「ハピィ…分かった。本当にありがとう」
ハピィの言葉にリラは痛みに顔を歪めながらも、優しく微笑んだ。
「セイカ、君も。手助けに来てくれてありがとう」
1番後ろで佇む青年にも声をかける。彼が不意をつかなければ、まだ苦戦を強いられていたかもしれない。
「…いえ」
リラの真っ直ぐな瞳に、目を逸らし素っ気なく返事をした。腰から伸びる翼が何度かはためかせた。眼鏡を持ち上げると背中を向け、言葉を続ける。
「早く戻って報告を済ませましょう。僕は休暇だったんですから」
「ふふっ」
素直じゃない性格のことはエルからよく聞いていた。あの仕草は彼なりの照れ隠しなのだとか。先に来た道を戻っていくセイカを追って、一行もゆっくりと廃聖堂を後にする。





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