世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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03


 屋根の上や大木の天辺、至るところをぴょんぴょんと飛び移りつつ天使兵の後を追うハピィ。目的地はそこまで離れておらず、大した疲労もなく森の中に佇む廃聖堂に辿り着く。
 白を基調としていた建物はひどくくすみあちこちが崩れている。いくつも備え付けられた窓のステンドグラスも壊れ、残ったガラスもかつての美しさは色褪せ、外観から放置されて長い時が経っていることが見受けられる。
 この廃聖堂は、オルリナがまだ3つの世界に別れていなかった頃に建立されたもので、その頃までは天使も悪魔も関係なく祈りを捧げる場所であった。その後世界が別れてからは新たな天使だけの聖堂が建てられたため、この聖堂は使われなくなり、現在では魔物も棲みつき荒廃してしまった。しかしこの建物の歴史的な価値は見出されており、イリアの意向により調査が行われている。その調査の最中に問題が起こったのだ。
「リラ様の緊急信号はどの辺りから送られてきたものか分かりますか?」
天使兵の一人、淡いクリーム色の短髪の青年がハピィの問いに答える。
「調査ではこの建物は地上2階、地下2階と割と広めの建物ですが、リラ様の緊急信号は1階から送られてきています。おおよその位置になりますが、入り口からそう遠くはないです。油断せずに参りましょう」
「そうですね…行きましょう」
ぐっと握った拳に力を入れる。先程のエルとの会話のこともある。天使兵たちと頷き合って廃聖堂へ足を踏み入れる。

 聖堂内も外観同様に荒れ果て、大理石でできていたであろう床の美しい紋様も、高価なものだったと思われる真紅の絨毯も、礼拝者が座るための何脚もの木製で革張りの長椅子、そして祭壇の奥に立つ白磁の女神像も、時の流れや魔物の徘徊により破れたり風化し、土埃を被り見る影もない。
 1歩歩みを進める度にざり、ぱり、と埃やステンドグラスの破片などを踏み締めている感触がブーツの底に伝わってくる。遠くから魔物の気配を感じる。侵入者の様子を窺っているのだろうか。周りを警戒しているハピィに対し、何度も調査に同行している様子の短い銀髪を一つにまとめた女性の天使兵が声をかける。
「縄張りを荒らさなければ魔物たちはこちらを襲ってくることはないと思います。無闇に刺激せずに、静かに迅速にリラ様を発見致しましょう」
「そうですか…分かりました」
かすかな物音に反応し、ぴくりと猫耳が動く。
「しっ」
口元で人差し指を立て集中する。
「…向こうの通路から複数人の声がします。リラ様かまでは分かりません」
中央の礼拝堂から左の通路を指差しハピィが言う。
「行きましょう!」
三人は左の通路へ足早に進んだ。

 ミルクティ色のロングヘアを白いリボンでハーフアップにしている女性天使の後姿が見える。長髪から覗く長い耳にはイヤリングをつけている。柔らかそうな生地の黄色のワンピースを着ていて、足元は低いヒールの黒いエナメルパンプスで、こんな寂れた場所には明らかに似つかわしくない服装をしている。
 その奥の壁に追い詰められるように、一般の天使兵のものより少し装飾が施された白と青でまとめられた上級天使兵の制服を身に纏う、薄色の長い髪を三つ編みにして一つにまとめた女性―リラの姿があった。その服も少しボロボロになり両手で杖を握り、呼吸が乱れ肩で息をしていることから争いの形跡を見てとれた。
「リラ様!」
ハピィの声にリラと女性天使が反応する。
「ハピィ!?…クレム!シルビア!」
「…邪魔者が来たわね」
振り向いた女性天使は無表情のまま呟いた。リラとは対象的に服装に乱れもなく、余裕綽々のようだ。そして3人を品定めするようにじっと見る。
「男1人と女2人…魔力は…ふぅん、そんなに高くないのね」
そしてすぐに興味を失くし、正面にいるリラへ向き直る。
「やっぱり、美しく魔力の高いあなたが1番ね。私と一緒に行くと言えば、これ以上痛い思いせずに済むわ」
そう言いながら女性天使は無表情のまま唇の端を持ち上げ微かに微笑んだ。
「誰が貴様なんかと…!名前も名乗らない、目的も明かさない、ただただ暴力で強制的に従わせようとする者の言うことなど聞かぬ!」
リラは毅然とした態度で女性天使の要求を払いのける。鬱陶しそうに女性天使は溜め息を吐いた。
「…はぁ、では名乗りましょう。私はドルチェ。上の命により、あなたの魔力が必要なのでついてきてもらうわ」
「私の……魔力だと?」
私よりも魔力の高い者などたくさんいるのに何故私なのか。
「その目的はなんだ」
「さぁ?」
リラの問いにドルチェは一瞬目を伏せ肩をすくめた。
「…は?」
「目的なんて知らないわ。私は下された命に従うだけ」
サードニクスの様な瞳は一切揺れることはなく、そこから彼女の意思や行動の目的を推し量る事は出来ない。
「やはり同行は出来ないな」
杖を握る両手に力がこもる。魔力に反応して長い三つ編みがふわりと宙を舞う。
「それだけ消耗していてまだ魔力が残っているなんて…素敵ね」
戦う姿勢を見せるリラにドルチェは満足そうに頷く。そして自身も魔力を高める。ワンピースと絹のような髪が魔力の波に揺れる。
「やっぱり力ずくでも、連れて行かなければ――」
言い終わる前に、俊敏な動きでハピィがドルチェとの距離を詰める。懐に潜り込んで握った拳をそこに叩き込もうとするが、薄い魔力壁を張った片手に止められる。
「あなた、せっかちは嫌われるわよ」
そのままその手を掴まれする、と指を絡ませてくる。
「―ッほっといて!」
その手を振りほどくと同時に体勢を下げ後ろ回し蹴りを繰り出す。ドルチェは数歩バックステップをし、それを避ける。
「炎よ、弾け飛べ!フレアボール!」
避けたところにクレムが放った火球が飛んでいく。
「詠唱なんてしてたらいつ何が向かってくるかバレバレよ、坊や」
ドルチェの片耳のイヤリングが青色に淡く光る。その直後、火球を飲み込む小さな水流が発生し、そのまま青年に向かっていく。
「(―詠唱破棄!)」
「クレム!」
魔法を放ったあとの僅かな硬直状態だったクレムは身動きが取れない。杖を構えたシルビアがその前に立ちはだかる。
「風よ、守れ!フロウシェル!」
水流は風の盾に解され2人の前で霧となって消える。
「悪い、シルビア」
「気にしないで。それより今はあの人よ」
クレムが軽く謝り、シルビアは頷く。
「仲がいいのね」
その様子を見ていたイヤリングを光らせたままのドルチェが呟いた。
「貴様の狙いは私だろう、彼らに手を出すな!」
「出す気はないわ。でも、あの子達が先に仕掛けてきたのだから仕方がないわよね」
声を張るリラに溜め息混じりにドルチェは言う。
「ふざけるな…!」
4対1だという状況なのに、彼女のこの余裕は何なのだろうか。得体も底も知れない女性天使にリラは恐怖を覚えた。





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