世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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02


 一拍おいてエルは話し出す。

「最近、トレア内がちょっと不穏なんだよね」
「トレアが…不穏?」
思いもしなかった言葉に、ハピィは言葉のまま聞き返してしまった。
「うん。所在不明者が増えてるんだ。気付いてた?」
「いえ…あ、でもそういえばセイカが所在不明の天使がいるとかどうとか…」
スィが出掛けてすぐだったか、セイカがパピィのもとに天使の外出記録を確認しに来ていた。
「へぇ…セイカが、ね」
エルは少し目を丸くした。あの変わり者が他人を気にした行動を取るのは意外だったからだ。
「スィに厄介事を押し付けられたってぼやいてました」
「…なるほどね」
スィが絡んだのなら納得もいく。もともとの性格もあるだろうが、腰翼天使という種族柄、周りから奇異の目を向けられることが多く、自分の世界に閉じこもりがちなセイカは誰に対してもぶっきらぼうながらも、スィのことは慕っているようだった。エルはちらりと手元の書類を見て、すっと目を細めた。
「それで、所在不明者があまりにも多過ぎる気がしたから情報屋に調査してもらったんだ」
「情報屋に…」
ハピィにも聞き覚えがあった。情報屋の本部の所在を知るものはいないが、天界の至るところで隠密活動しており、天界の事だけではなく人間界や魔界、オルリナ全土の情報がそこに集められているという。
「そう。情報屋がトレア内を調査した結果、ここひと月で5人の所在が分からなくなってる」
「ひと月で5人も?一体何が…」
パピィの表情が強張る。エルは静かに首を横に振る。
「情報屋は居なくなっていると言うことしか教えてくれなかったから、原因までは分からない。…本当にケチだよ、あの人達」
聞けば何でも簡単に教えてくれると言う訳でもないらしい。小さくぼやくエルは苦虫を噛み潰したような表情だ。
「まぁ僕にも原因を探る義務があるし、とりあえず外出記録を調べてみたんだけど、特に違和感はなかった」
持っていた書類をパラパラと何枚かめくりつつ言葉を続ける。
「そもそもトレアを外出するのは僕の許可が必要なのに、その僕が把握出来てないってなると扉を通ってない事になる」
「トレア内のどこかに隠れているとも考えにくいですね」
ハピィは顎に手を添え首を傾げた。
「うん。それなら僕が魔力をサーチしたらすぐに分かるしね」
「…となると、転移魔法の類を使用したのでしょうか?」
「恐らくね。それも何者かの意思によって」
「何者かの…?誘拐や拉致、と言うことですか?」
エルは重々しく頷く。
「僕はそれが一番可能性が高いと睨んでる」
一般的な天使が自らの魔力だけで、トレアの扉を越えるほどの転移魔法を使用するのは難しい。誰かの助力、介入がなければ大天使であるエルに知られずトレアを出られないだろう。
「何にしても、これ以上の被害を防ぐ為に一度外部との接触を遮断したいんだ」
「それで扉の強固な施錠を命令されたのですね」
先程の急な指示にも納得がいく。二人は目を合わせたまま頷き合う。
「そういうこと。勝手に出入りされてる可能性がある以上、今さら扉の施錠は意味がないかもしれないけど、これには別の狙いもある」
「別の?」
エルの言葉にハピィはまばたきを2つした。
「万が一、この状態でさらに所在不明の天使が増えるようなら、外部から干渉するには並大抵の者ではできない。そうでなければ――」
「このトレアの中に内通者がいる…?」
エルの言葉の続きをハピィが読み取って呟く。
「さすがハピィ、話が分かるね」
話の先を読んだパピィに満足そうな表情で、エルはそう言って手元の書類をペしりと指の背で軽く叩いた。
「まずは扉を閉じに行こう。状況は変えなくちゃ」
そしてベンチから立ち上がった。ハピィもそれに伴って立ち上がったとき、遠くから天使兵の制服を着た3人がこちらへ飛んできているのが見えた。
「…一足遅かったかな」
危惧していたことが起き始めている予感に、エルは眉をひそめた。

「エル様!!」

「どうしたの?」
その様子は微塵も見せずに天使兵に先を促す。
「取り急ぎエル様に報告です!西の廃聖堂を探索任務中のリラから、緊急信号が送られてきました。その後連絡は途絶えてしまった為、何があったかは不明です」
リラは観察眼に優れているため、探索任務に長けたベテランの女性天使だ。大抵の事態は自身で判断し、対処して事後報告してくることが多くその判断も的確なので、リラには絶大な信頼をおいて任務を任せている。そのリラが緊急信号を送らざるを得ない状況となれば、余程のことなのだろう。
「ふむ……分かった、すぐに向かうよ」
普段ならこんな緊急時は、側近であるフィールか魔力の高いスィかその兄、リクに探らせるところだが今はどちらも居ない。自ら動かなければ。
「お待ちください、エル様」
態勢を変えようとしたエルをハピィが遮る。
「何が起きてるかわからない以上、大天使であるエル様をそのような危険な場所へ向かわせるわけにはいきません。ここは私が行きますから、エル様は安全な場所に居てください」
「……そっか…」
歯がゆさに思わず唇を軽く噛んだ。
「…分かったよ」
天使兵も付いているが状況が把握し切れていないため、ハピィだけに任せるには負担が大きいように思えた。ハピィの他に動けるものがいないかと素早く思案した。
「……そうだ、代わりと言ってはなんだけど、後からセイカも向かわせる」
今日は休暇のはずだ。連絡さえ付けばエルからの命であれば渋々でも動くだろう。セイカは性格には一癖あるが、実力はスィに負けず劣らずのものだ。十分な戦力になるだろう。
「セイカを?…いえ、分かりました」
意外な人物に一瞬目を丸くした。

 ハピィはセイカとはそこまで頻繁に絡みがあるわけでもなく、彼女からすると『スィに付きまとっている後輩』というイメージが強い。が、スィはよく彼のことを褒めていた事も記憶に新しい。
「それと扉の方は僕の方で閉じておくから、そっちの対応に集中して」
ハピィにリラの対応を任せる分、扉の封印は自ら行う方向へシフトした。
「はい、よろしくお願いします」
「うん、こっちこそお願いね。くれぐれも気をつけて」
「はい!」
ハピィはエルの心配を拭うように力強く返事をした。そして天使兵に向き直り、一人の女性の天使兵の肩を叩く。
「あなたはエル様に付いていて下さい」
「分かりました!」
「あとの方は案内願います」
ハピィは天使ではない為、空は飛べないが多少の障害物は自身の自慢の身体能力で飛び越えていける。
「はい!こちらです」
二人の天使兵に促され、ハピィは駆け出した。その姿を見送ってエルは扉の封鎖作業に取り掛かった。





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