世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
[ check! ]


01


 小さな大天使のお使いを終えて、猫又のパピィは報告の為にエルの屋敷を訪れた。しかしエルは屋敷を不在にしていた。屋敷にはエルの護衛のために何人かの天使兵が常駐している。その天使兵に話を聞くと、トレア内には居るから、と言って屋敷を出ていってしまったらしい。ハピィは屋敷を後にしてトレアの街中を探すことにした。
 エルの屋敷のすぐ近くには庭園がある。低木の緑と色とりどりの花が植えられた花壇、こじんまりとした遊具と木陰にベンチが設置されていて、庭園の中央には大理石でできた噴水がある。一番上は同じく大理石の大きな青い球体が乗っていて、その天辺から球体に沿って水が流れその水を受けるように二段目は一段目より、三段目は二段目より円形に直径が広がっている。三段目は10数センチの深さがあり、底から内部で水を循環させ天辺から絶え間なく水を流し続けている。庭園の規模は大きくないものの、人々を癒やす空間としては申し分ない。

 そこに小さな背中に大きな翼を持つ少年の姿を見つける。ベンチに座り噴水から流れる水をじっと見上げている。常に首から下げている銀色の十字架はなく、白いローブを簡素なものに見せている。膝の上には書類の束が乗っている。噴水を見つめるその横顔は寂しそうに見えた。トレアの市長であり彼の母であるイリアは多忙だと噂で聞く。そして側近のフィールをはじめ、エルに近しい人ほど彼の側から離れてしまっているので無理はない。そのうちの一人である親友のスィも、何やらただならぬ雰囲気を纏いながら人間界へ降りていった。
「エル様」
ハピィはエルを驚かせないようにそっと声をかけた。エルは声の方にゆっくりと振り向いた。髪の毛に結んだ白く細長いリボンが動作に合わせてふわりと舞う。ハピィの姿を見るとエルはいつもの笑顔を見せる。
「あぁハピィ、戻ったんだね。お帰り〜」
「はい、ただいま戻りました」
ハピィは少しほっとして返事をする。
「戻ってきたばかりのところ悪いんだけど、天界の扉さ、ちょっとキツめに閉じてもらっていいかな?僕も協力するから」
「えっ」
ハピィは門番を任されて長いが、今までそんなことを言われたことはなかった。が、扉の権限自体はエルにあるので、そのエルに閉じろと言われれば閉じられる。
「エル様のご命令であれば構いませんけど、そうするとその間は誰も通れなくなってしまいませんか?」
トレアに入ることはおろか、トレアから出ることも難しくなるだろう。
「うん、それでいいんだ」
笑顔は消え、真面目な表情とキッパリした態度で言った。いつもの天真爛漫な少年の姿はそこにない。ハピィはその態度から何かを敏感に察知する。
「…先程のお使いと関係してますか?」
少し考えてから頷き、静かに呟いた。
「…そうだね。パピィにはここの門番も任せてるし、君には話しておこうかな」
「……はい」
「僕の隣においで」
エルはベンチの端に少し寄ってその空いた隣を示す。パピィはただならぬ空気を感じつつ、示された場所へ居直す。





.