世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


 勾配がキツくなっていくに連れ、石畳はなくなり幾多の人が歩いた地面が抉れて道となって続いている。長かった草むらはそこかしこに点々と生える程度に減り、代わりに珍しい花や低木、そして岩が目立つ様になる。
「はぁ……はぁ……」
 険しくなってきた道を、変わらないペースで難なく歩くレストをよそに、少女の足取りは重い。レストの後ろのすぐ側を歩いていた筈が、いつの間にか差が開いている。
「あのーっ、少し休憩しませんか?」
遠い背中に声を投げ掛ける。その声に立ち止まり振り返る。
「ダーメーだ。日が暮れちまうだろ」
レストが歩みを止めたことでやっと差を詰められた。少女は膝に手をついて肩で息をする。
「…ッもう、30分以上歩き詰め…と言うか、登り詰め?…じゃない、ですか…」
息を切らせている少女を見て、レストは辺りの手頃な岩に軽く腰掛ける。
「お前、旅慣れしてなさ過ぎじゃね?1時間以上歩くことなんてよくあることだぞ」
「…はぁ。貴方が慣れ過ぎなんです…!こっちはか弱い女の子なんですよ?」
呆れ顔のレストの冷たい言葉に、少女は息を整え額に浮かぶ汗を拭いつつ反論した。
「そっちが勝手に付いてきてンだろ?嫌なら天使の涙は諦めるンだな」
が、レストはそれもぴしゃりとはねつける。
「う〜…、それはもっと嫌です」
「大体、お前天使なンだったら翔べばいいンじゃねェの?その翼は飾りかよ」
「さっきからお前お前って…失礼です!“お前”じゃなくて私にはスィってれっきとした名前があるんです!それに」
レストの言葉にムッとして訂正を入れ、一度言葉を区切りその後を続ける。
「天使は人間界での飛行は禁じられているんです」
「ふーん…」
人間にも箒に跨ったりとか飛行魔法術だとかで飛んでる奴は結構いるが、確かにコスプレの奴が翼で飛んでるなんてのは見たことない、とレストは今までの旅路を振り返り思う。
「ちょっとくらいこっそり飛んでもバレなさそうだけどなー」
「そうですね。それを破ったところで反省文と報告書を書かされるだけなので、実際は守らない人のほうが多いですよ」
唇に指を添えながら少女が軽く頷く。
「お前は律儀に守ってンのな」
「……まぁ、翼で飛んでるのを見られて天使だってバレたらそっちの方が問題ですから」
「はっ、お前は飛んでなくてもオレにバレたじゃねェか」
呆れた様子のレスト。
「こんなことは今までなかったんですー!」
その言葉に少女は真っ赤になって騒ぐ。
「貴方の方が稀なんですよ!…あっ」
少女が突然ぽん、と手を叩く。
「そうだ、貴方の名前を聞いてませんでした」
「は?…名乗る必要あンのか?つかお前、嫌な奴の名前知りてェの?」
思いもよらぬ少女の発言に面食らいつつ眉をひそめる。
「貴方のご両親がつけた名前でしょう?あの、とか貴方とか、自分の大事な名前で呼ばれないっていうのは嫌じゃありませんか?」
大事な名前ならなおさら妙なやつには教えたくない、と思ったが少女のその考え方は嫌いじゃない。
「……シューレスト・ハゥだ。長いから周りからはレストって呼ばれてる」
少し間を置いて名乗る。
「じゃあレストさんですね♪」
名前を教えてもらえたからか、少女は瞳を輝かせながら嬉しそうに彼の愛称を口にした。
「…と言う訳で!私にも大事な名前があるので、ちゃんと“スィ”って呼んでくださいね!」
少女は得意げな顔をしている。少女の先程の言葉を思い出し、そういう魂胆かと小さくため息をつくレスト。
「あくまでお前呼ばわりは嫌だってことか」
「よく分かりましたね〜」
「気が向いたらな。…さて」
岩から腰を上げ、腰かけていた部分についた埃を払う。
「あっ、ちょっと!」
「ちょっとは休憩になっただろ?先急ぐぞ」
そう言ってレストは再び登りの道を歩き始めた。その背中を見て少女はハッとする。
「(そういえば、急いでいるって言ってた割に随分とゆっくりしてくれていたような……)」
気付けば切れていた息も落ち着いている。
「(もしかして、私のため……?)」
この人は本当はそんなに嫌な人ではないのかもしれない。
「(……いやいや!)」
緩みそうになる頭をプルプルと振る。
「(天使の涙は返してもらわなくちゃ困るんだから!こんなことでほだされちゃ駄目よスィ!)」
心の中で自分自身を律し、また差がついてしまいそうな背中を追って駆け出した。
「どんなに離れたってレストさんが天使の涙を持ってる限り、私はどこまでも付いてきますから!」
「はいはい頑張れ」
レストは後ろから聞こえる声にひらひらと手を振った。





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