世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
[ check! ]


06


 山道は険しくなったが、魔物に遭遇することもなくラトリック岬の最先端にたどり着く。ラトリック岬と書かれた石碑に転落防止の柵、広い海を照らすための白く巨大な灯台。自然を壊さない程度に整備されている。
 気持ちのいい潮風が吹き抜ける。よく晴れた空はだいぶ赤く染まっているがまだ日は沈んでいない。それでも、もうすぐ日が沈むだろう。
「わぁ…綺麗……!」
柵まで近づき、少女は潮風で軽く暴れる水色の髪を耳の横で押さえつつ歓声をあげた。雲の上から眺める景色とはまた違う美しさがある。
 遥か遠くの水平線には対岸の島が幽かに見える。広く青い海は陽光で赤や白や黄色、そしてまた青と波間に様々な色を浮かべながらキラキラと輝いている。その波を受け、小さな岩達がひょこひょこと顔を出したり沈めたりを不規則に繰り返している。
「レストさん、あそこの岩、夕日の光でシルエットがハートみたいですよ!」
「そーかぁ?」
レストは強風に軽くマフラーに顔を埋めながら、興奮する少女を横目に怪しいものがないか辺りを見渡しつつその隣に立つ。
「…別段怪しいところは見当たらねェな」
「そういえば、ここに何かあるんですか?」
勢いでついてきたものの、少女はレストの目的を知らなかった。
「あぁ、『落日の刻、幸せが訪れる』って噂の『岬の宝物』がある…らしい」
「へぇ〜…噂、とからしい、とかはっきりしないことばかりなんですね」
「お宝の情報なんてそんなモンさ。だが、噂が流れている以上は必ず何かあるはずだ。よく言うだろ、火のないところに煙は立たないって」
トレジャーハンターのことを全く理解していない少女に、先刻のマスターの受け売りの台詞で説明する。
「それはそうかもしれないですけど…よく存在がはっきりしていないものを探そうと思えますね」
「分かってねェなぁ。その存在がはっきりしてないとこに夢とロマンが詰まってンだよ!」
レストが目を輝かせながら楽しそうに笑った。
「うーん…」
男の人ってこういうことたまにいうよね。そう思いながら、少女はレストと顔を合わせてから初めて笑った顔を見た気がする。笑うと少し幼く見える。そしてその表情はすぐに引き締まり真顔に戻った。
「ひとまず、日が沈むのを待ってみるか」
「待つって…このまま?」
問いかけたがレストはじっと動かない。
「景色はきれいだけど……」
特にすることもなく手持ち無沙汰になった少女は、遠くの景色から近間の景色に視線を移す。よく見れば岬の先端は下方へ枝分かれしており、少し下った先にもう2箇所ほど先端がある。
「あっ、私あっち側も見てきますね!」
くるりと体の向きを変え、来た道を少し戻り枝分かれした下方の先端へ歩いていく。
「おい、ウロチョロして岬から落っこちたりすンなよ」
「だーいじょうぶですよ!私、天使ですから♪」
下方のうちの一箇所の先端は、一番高い先端と向かい合う方向に先端が向いている。もう一箇所は更に下った先で、一番低い崖から向かい合う2つの先端を真ん中から眺めることができ、崖と崖の間にぽっかりと切り取られた夕焼けを見ることができた。
「わぁ……ハートの夕焼け…!」
少女はひときわ瞳を輝かせた。崖に切り取られた空間は夕焼けで赤く、真っ赤なハートのようだった。自然が生み出した絶景に目を奪われる。
「レストさーん!こっち来てみてください!」
一番高い岬の先端に立ち、赤いマフラーをたなびかせている金髪の青年の名を手招きしながら呼ぶ。それに気付いた青年は少し早足で少女の元にやってくる。
「レストさん、あれ」
「何か見つけたのか?!」
やや食い気味に少女に問いかける。その蒼い瞳は期待に満ちている。
「あ、あそこの崖のところ、ハート型に見えるんです」
その勢いにやや圧倒されつつ、指を指し先程の発見を伝える。
「…崖?…ハート?」
その指し示された方に視線をやる。確かに崖の形で切り取られた空間はハート型のように見える。そのハートはだんだんと赤から紫へ色彩を移ろわせようとしている。
「時間で色の変わるハートなんて素敵ですね♪好きな人と一緒に眺めたらご利益ありそう〜♪」
少女の表情はその景色にうっとりとしていて、まさに幸せそうだ。
「まさか、『岬の宝物』ってこの景色のことか?」
レストが聞いたのは幸せになれる、という情報だけでその宝が何かしらの物体であるとは聞いていない。
「他にそれらしいものは見当たらねェしな…」
なるほど、と頷きながら青年は絶景を眺めている。こちらに向かってきたときよりも落ち着いているように見えた。
「…財宝のようなものではなかったから、がっかりしてるんですか?」
「ん?いや?そんな訳ねェよ」
少女の言葉をきっぱりと否定する。
「まぁ確かに少し虚を突かれた感覚はあるけど、人の手の加えられていない天然のお宝ってのもなかなか見られるモンじゃねェんだぞ」
それに、と言葉を区切りつつもレストは続けて饒舌に語る。
「こういうのは何十年、何百年も荒波に削られてできあがったモンだし、もしかしたら何年後かにはもっとこの崖が削られてハートの形は崩れちまうかもしれない。この『岬の宝物』は今しか見られないお宝、と思えばトレハンに興味ないお前にだってこのお宝の価値が分かるだろ?」
「そ、そうですね」
少女は青年の圧におされている。
「フォーマルハウトって街知ってるか?」
「えっと、人間界の海の底の都市ですか?」
絶景と言えば水中都市・フォーマルハウトの景観も当てはまるだろう。
「あぁ、あの都市も綺麗な景色だとは思う」
レグルス海の海底に巨大なドームがあり、その中にフォーマルハウトは建設されている。そのあたりの海はとても澄んでいて、色とりどりの魚達や様々な種類の珊瑚礁、そして水圧に耐えられるようドーム全体に施された鮮やかな魔法障壁、都市内の灯りがキラキラと揺らめいて、他にはない幻想的な風景を造り出している。
「だがそれはあくまで人工的なものだ。周囲のものも含めて綿密に設計された凄ェ技術なんだろうけど、自然だけの美しさとはまた別物だ」
「あ、何となく言いたいことはわかる気がします」
少女はレストに同意する。彼女が天界から見下ろしていた人間界の風景は、森の緑や海の青の自然のコントラストが美しく、その中に過去から遺された建造物と切り拓かれた大地や都市が入り混じり、人の手だけでは造れない共存の景色だ。少女には見慣れた退屈な風景だったが、彼がその風景を見たら嬉々として食い入り、自分とは違う視点で新たな発見をするのだろうか。

 どちらともなく言葉を噤んだ。少女は近くの手頃な岩に腰掛ける。青年はその場に立ったままだ。そうして二人は少しの間、並んで『岬の宝物』を眺め続けた。





.