世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


 内ポケットの上から固い箱に触れ、手に入れる為に費やした時間と経緯を思う。不安げながらも真っ直ぐな彼女の視線がレストに突き刺さり、その視線から逃れるようにすっと目を逸らす。
「……断る」
「……えっ?」
低い声に少女は間を置いて青ざめる。レストは少女に強い眼差しを向けて口を開いた。
「これはオレが苦労して手に入れた大事なお宝だ。返す訳にはいかねェ」
きっぱりと言い放ったレストに少女は困り顔で慌てふためく。
「ええっ!?いやでも、返してもらわないと本当に困るんです!お願いします!」
懸命に頭を下げて懇願する少女の姿に、チクリと心が痛んだ気がした。だがこちらも自らの命を懸けて手に入れたお宝だ。譲るわけにはいかない。
「お前の事情なんて興味ねェな」
更に冷たく突き放す。彼女にはどれだけ傍若無人に見えていることか。少女の表情は徐々に困惑よりも苛立ちが露わになる。
「なっ……!わ、私だって貴方の事情になんて興味ありません!早く天使の涙を返して下さい!この……泥棒!」
「おま、失礼なこと言うな!オレは泥棒じゃねェ!トレジャーハンターだ!」
保っていた冷静さが少女の一言で崩れる。
「人の物を勝手に盗って返さないんだから泥棒じゃないですか!」
「全ッ然違ェ!泥棒みてェな悪党と一緒にすンな!」
「私から見ればどっちだって一緒です!」
「だー、もう!聞き分けの悪ィガキだな!」
少女の声は高く大きくなり、それにつられてレストも売り言葉に買い言葉を返す。
「が、ガキって…!」
少女は口をパクパクさせて二の句が告げない。初対面の人間にここまで言われるなんて。そう言いたいのだろう。
「とにかく!これはもうオレのもの!お前に返す気はねェ」
「そんな……!」
少女の表情が泣きそうに歪む。
「大体、そんな大事なモンならちゃんと管理しておけばよかっただろ!」
「だから!あの遺跡に管理してあったんじゃないですか!それを貴方が……!」
追い討ちをかけるレストを、少女は歯を食いしばり睨み付ける。
「あんな簡単な罠じゃトレジャーハンターなら誰だって突破出来るっての」
あの遺跡は旅慣れたトレジャーハンターでなければ命を落とす可能性は十分にあったが、少しばかり誇張する。それが効果的だったようで、少女は僅かに怯んだ。
「う……あっ、ほら、天使言語だって使ってたじゃないですか!人間には読めないはずです!」
「天使言語?……あぁ、古代語か。長年トレハンやってたら自然に覚えちまったな」
聞き慣れた言葉に置き換えて理解した後、一言添える。
「そんな……」
少女はがっくりと肩を落として項垂れた後、ハッとして再度視線を上げる。
「守護獣は?!守護獣が天使の涙を護っていたでしょう?」
「……守護獣?」
どこかで聞いたワードだった。そう、遺跡の暗号だ。
「……まさか、それも倒したっていうんですか……?」
レストの反応が鈍かったからか、絶望的な表情に変わった少女が弱々しく尋ねる。
「倒したってか……居なかったけど」
「は……?」
「だから、守護獣。お宝を守ってなかったぜ。暗号解いたらそのままゲット出来た」
レストは自分の見た光景をそのまま彼女に教える。
「そ、そんな……!ノイズったら、そんな大事な時に悪い癖……!」
「悪い癖、ねェ……」
天使の涙が彼女の物である以上、遺跡自体や守護獣も彼女の管理下なのだろう。彼女の口振りでは“ノイズ”と名付けられた守護獣はよく居なくなるようだ。
「何にせよ、そっちのミスはオレには関係ねェ」
「うー……それはそうなんですけど……」
少女は口の中で言葉をもごもごさせつつ、じっとレストを見やる。
「用件はそれだけか?だったらオレはもう行くぜ」
その視線を振り解いて、立ち塞がる少女を軽く押し退け再び岬を目指す。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
「ぐえっ」
早足で歩き出したレストを、少女は慌てて後を追い、レストの歩みと風に合わせて目の前を揺れていたマフラーを掴んだ。焦りから勢いよく掴んだ為、レストの首が先刻よりも強く締まる。
「お前……ッ、マフラーを掴むなって言った、だろ……!」
「ああッ、ごめんなさい!」
息を詰まらせて苦しそうに喋るレストの声を聞いて、慌ててマフラーを手放した。
「ほんっとにしつけェなー、お宝を手放す気は無いって言ってるじゃねェか」
締まったマフラーを右手で緩めつつ少女を振り返る。その表情は苛立ちを通り越して呆れ顔になりつつある。それとは対照的に少女の勢いは変わらない。
「天使の涙を返してもらえないと私だって帰れないんです!」
「だーかーら、お前の事情なんてオレには関係ねェっての」
「むむ………………」
依然として意見が変わる様子のないレストの反応を受け、じっと地面を見つめて黙り込む。
「……分かりました」
ややあってから少女は小さく頷く。
「やれやれ、やっと納得したか」
遠くに視線を流して溜め息を吐いたレストと、再び視線を合わせるように少女は彼の真正面にふわりと浮かぶ。今まで以上に厳しい顔つきになった少女が口を開く。
「だったら天使の涙を返してくれるまで、貴方についていきますから!」
「はぁ!?」
思いもよらなかった少女の発言に、今日一番の素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、ちょっと待て!オレについてくるってのか!?そんなの許す訳ねェだろ!」
自由気ままなトレジャーハントの旅が好きなのに、それが何かに縛られるなんて考えられない。全力で拒絶の態度をとるが、少女の視線と意見はブレない。
「お構いなく!私が勝手についていくだけですから。天使の涙を返してくれるまで貴方に付き纏います!」
「嫌だっつってンだろ!オレが言うのもおかしいけど、そんな回りくどい事しないで力尽くで奪えばいいだろ!」
天使の魔力がどれ程かは分からないが、人間相手なら余裕そうなものだ。
「まぁ相手が天使だろうと、簡単に負けるつもりはねェがな」
「…………」
レストの言葉に一瞬間が空いた。視線を合わせるように浮いていた少女が強い眼差しのまま地面に降りる。再びレストを見上げる形になる。互いに目を逸らす事はない。
「私が隠していた翼や、人間界に潜んでる天使の翼まで見えるくらいだから貴方の魔力は相当高いものだと判断しました」
「あー、言っとくけどオレは魔法学校で勉強してねェし、本で読んで試したりして覚えた、言わば自己流だから大したモンじゃねェぞ」
少女の細い眉がぴくりと動く。
「……それなら尚更です。自己流が通じるなんて、潜在魔力が高くなければ有り得ません」
「もし仮にそうだとしてもオレは魔法を使う気はねェよ」
本気で危ないと思った時しか使わないと決めている、と言った。
「それでも未知数である貴方から、天使の涙を力尽くで奪うのは私にとって得策じゃないのは間違いありません。無用な争いはしたくないんです!」
少女はあくまでレストから自発的に天使の涙を返してもらうことを望んでいるようだ。

 互いに一歩も譲らない会話が続く。その間に先程まで頂点にあった陽が随分と傾いていた。

――ガサッ

 この辺りには珍しい背の高い木から、大きな鳥―魔物ではなさそうだった―が飛び立つ。木々の枝が揺れ葉が触れ合う音、鳥が羽撃く音が静かな平原に響いた。
「……鷹かな。……っと」
その音に空を見上げたレストが、随分と立ち止まっていた事に気付く。が、痛い程鋭い視線が正面から突き刺さっている。少女も諦める気はなさそうだ。

 深い溜め息を一つ吐く。それから金色の髪の毛に左手を突っ込んでガリガリと頭を掻く。
「あー……分かったよ。もういい、勝手にしな。そろそろ陽も落ちてくるし、お前の事よりまずはお宝が先だ」
レストが先に折れた事に少女の表情が少し明るくなる。
「……はい!勝手にします!」
まだラトリック平原の中腹を越えた辺りで、お宝の噂が『落日の刻』となるとおそらく夕方のことを指しているように思えるため、日が沈む前には岬に着いておきたい。それに加えて夕暮れにもなると活動する魔物も様変わりする。基本的に夜行性の魔物は凶暴性が強く、夜間のトレハンはやむを得ない場合以外は控えるようにしている。
「その代わり、足手纏いはゴメンだぜ。魔物に襲われたって助けねェからな」
「ご心配なく!自分の身は自分で守れますから!」
冷たいレストの言葉にムッとする。
「あぁ、是非そうしてくれ」
「……貴方って本当に嫌な人ですね」
「お互い様だろ。……さて、とっとと岬を目指すか」
イケメンなのに、と勿体無さげに言う少女の呟きは柔らかな風に拐われレストには届かなかった。歩を進め始めたレストを追って少女も駆け出す。
「あ、待って下さ……ッひゃっ」
煉瓦の段差に足を取られて躓く。その声にレストがちらりと振り返り、小さく溜め息を吐く。
「……先が思いやられンな」
「た、たまたまですから!」
「はいはい。せいぜい気ィ付けろ」
「うー……」
顔を真っ赤にさせて反論する、説得力のない少女を軽く流し、再び岬を目指す。





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