世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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03


 岬の宝物の真相を探るべく、ラトリック草原を進むレスト。岬への道は粗雑ながらも古ぼけた小豆色の煉瓦で整備されていて、今のところ困難な道なりではない。しかし煉瓦道から外れようと思うと、レストの腰辺りまである背の高い草むらが行く手を阻む。風が吹くと草は一斉に揺れ、緑の波が起きる。どこまでも続きそうな草原は方向感覚が失われてしまいそうだ。
「こんな草っ原の中突っ切ったら、俺じゃなくたって迷子になるっつーのな」
道が敷かれていて本当に良かったと心の底から思う。
「……ん?」
登りになり始めた道を歩いていると、緩やかにカーブを描く煉瓦道の先に影が見えた。
「また魔物……じゃねェな」
大したことのない魔物がちらほらいる程度の平原だが、油断は大敵だ。コートの中の短剣に手を掛けて身構えたが、シルエットから魔物ではなく人だと読み取る。向こうから歩いて来ている人影との距離が縮まり、その姿がはっきりと見えるようになった。
「……女?」
水色の髪の小柄な少女だった。こんなところに少女が一人でいる事に驚く。 グレーのジャケットに体を包んでいる。長いジャケットの裾から覗くピンクのフリルスカートは短く、足元は黄色のショートブーツ。 レストに比べると軽装で、いかにも旅慣れていそうにない。少女―スィは正面から歩いて来るレストに気が付くと、ハッと息を飲んで立ち止まった。
「?」
棒立ちになった少女を不思議に思いながら、道行く彼女とすれ違う為に少し道端に寄る。
「あ……あのっ」
小柄な少女は背の高いレストを見上げて声を掛ける。緊張でもしているのか、少女の高い声は若干震えていた。
「へ?」
声を掛けられるとは思っていなかったレストは、思わず立ち止まって少女をまじまじと見つめる。 前髪を右に流していて左目しか見えない。その蒼い瞳もレストを見ているようだが、どこか宙を彷徨っている。
「どうかしたのか?具合でも悪いのか?あー、道に迷ったとか? このまま真っ直ぐ煉瓦を辿っていけばアークトゥルスに着くぜ 」
不安げな挙動の少女に、適当に思い付いた事を言う。そう言えば心なしか顔が赤い気もする。
「えっ?あ、いえ……違う、んです。……」
少女は道を指し示すレストに首を振ると俯く。そして俯いたまま黙り込んでしまう。
「?そっか……じゃ、オレは先を急いでるから」
「あ、あの……待って下さい!」
「おわッ」
歯切れの悪さに首を傾げつつ、宝を目指して彼女の横を通り過ぎる。聞こえた足音に少女は顔を上げると慌てて後を追い、咄嗟に風にたなびくレストの赤いマフラーの端を掴む。
「ちょ、苦し……」
弱い力に引っ張られ首が締まる。そんな事を微塵も気にせず、立ち止まったレストに続けざまに言う。
「貴方に聞きたい事があるんです!」
「オレに?」
後ろでマフラーを掴んだままの少女に顔だけで振り向く。
「えーっと……天使の涙、って言う宝珠を知ってますか……?」
少女は言葉を探しながら問い掛ける。
「!……悪ィ、マフラー掴むのはやめてくれ」
「あっ……すみません!」
天使の涙。レストは先日手に入れた宝の名前に反応する。マフラーの掴まれている箇所から少女の手を軽く払うと、今度は体ごと振り返り少女に射抜くような眼差しを向ける。同時に少女への警戒を強める。彼女が天使の涙の情報を知っていても噂として流れているのだから不思議ではない。だが、それを自分に聞いた事がどうも腑に落ちなかった。
「……知ってるけど」
「……やっぱり、貴方が」
レストの答えを聞いた少女は視線を落とすときゅっと唇を噛む。
「まるでオレが持ってる事を知ってるみてェだ、な……?」
得体のしれない少女を問い詰めようとしたが、レストは少女の後方に見えた白い何かに気を取られ言葉の勢いが失速する。
「……白い、羽根…………?」
「……え」
少女の背中からは白い翼が生えていた。目を何度も擦ってみるが見間違いではない。目を丸くしたままスィを凝視する。
「……ええっ!?」
レストの呟きを拾った少女は一瞬ぽかんとしたが、一際高い声を上げた後、直ぐに慌てて自分の背中に目をやったり手で触れてみたりしている。
「う、嘘でしょ……!私、ちゃんと翼消してるのに!」
少女はパニックに陥り停止してしまいそうな頭を必死に働かせる。目を丸くしたままじっと見つめてたレストと目が合う。
「お前……」
「あ、あの〜……もしかして、これ……見えてます?」
自分の背中の翼を指し示しておずおずと尋ねる。
「あ、あぁ……それって羽根だよな?……ってことは……」
「うう……」
少女は耳を塞ぐように両手で頭を抱える。彼が次に言う事が容易く想像出来てしまったからだ。レストは人差し指を立てて口を開く。
「コスプレか!」
「はい、そうです…………って、……はい?」
耳を塞いだ指の隙間から聴こえてきたレストの声に用意していた返事をそのまま口に出したが、違和感を覚えて両手を下ろして聞き返す。
「だからその羽根、コスプレなんだろ?天使の」
ズバリ言い当てただろう、と言うように得意気な表情のレスト。
「いやー……その、あははは……」
その問いに否定も肯定もせず少女は曖昧に笑う。
「隠さなくてもいいぜ?たまに街中でもコスプレしてるヤツ見かけるからな」
「えっ、それって……」
「よく分かンねェけど流行ってンのか?」
緩んだ表情を引き締めつつレストは両手を頭の後ろで組む。何気なく放った言葉に少女の顔色が変わる。

 相手の心中を探る様に無言で見つめ合う。時間にしてほんの数秒。二人の間を一際強い風が吹き抜ける。
「……実は」
先に口火を切ったのは少女だった。ぴくりとレストが反応を示す。組んでいた両手を下ろす。
「コスプレじゃないんです」
「あン?コスプレじゃねェって……どういう意味だ?」
眉を顰めて問う。少女は表情を変えずに言葉を続ける。
「そのままの意味です。この翼は本物で、私は天使なんです」
「はぁ?本物って……」
少女はそう言うと、手も触れず背中の白い翼を羽ばたかせ、数十センチほど宙に浮いて滞空してみせる。辺りに羽根がふわりと舞う。その様子を凝視していたレストの瞳が大きく見開かれていく。
「……お前、本当に天使……なのか?!」
地面に落ちた羽根を1枚拾う。純白の羽根は雛鳥の様に柔らかく、触れただけでそれが造りものではないと判る。レストは漸く言葉の意味を理解する。先程まで見下ろしていた少女は数十センチ浮いたお陰で正面から真っ直ぐ視線が合う。そのままゆっくりと地面に降り立つ動作をまじまじと見つめる。
「私の正体がバレてしまったのなら話が早いです。貴方は先日、天使の涙を手に入れましたよね?」
「……あぁ」
レストは瞬間的に躊躇ったが、先程の会話もあって素直に頷く。
「実はそれは私が管理している大切な宝物なんです。返してくれませんか?」
「…………」
何も答えないレストに少女はさらに言い寄る。
「お願いします!それが無いと私……困るんです!」
その声と表情は切羽詰まった様な、鬼気迫るものを感じた。嘘を吐いているとは思えない。
――しかし。





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