世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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02


「ところであなた、旅の途中って言ってたわよね?アークトゥルスに来たのはやっぱりこの宇宙ステーションの観光かしら?」
水割りを半分ほど飲んだところで、ソディーがレストに興味津々と言った様子で問い掛ける。
「ここは有名ですからねぇ。世界的にも注目の集まる場所ですし」
マスターの水割りはまだ3分の1も減っていない。この後の営業に支障をきたさない様に少しずつ飲んでいるのだろう。
「宇宙ステーションって……?……ああ!いや、違ェよ」
自分の居場所すら忘れていたレストは何の事だか分からず、聞き返しかける。途中でそれを思い出し否定する。
「オレ、トレジャーハンターなんだ。世界中を旅して回ってンだ」
「トレジャーハンター?」
「過去の遺産やそういった宝物を集めてる人の事ですね。私の師匠もそうですよ」
首を傾げたソディーに分かるようにマスターが補足説明を加える。
「へぇ、そうなのか!それじゃあんたもトレジャーハンターなのか?」
旅先で同業者と出会えた事が嬉しくて瞳を輝かせる。
「いえ、私は運動音痴ですので……。酒の道の師匠なんです」
輝く瞳に申し訳なさそうに僅かに首を横に振って訂正した。
「あぁ、なるほどな。でもこんな美味い酒が作れるンだから、いい師匠なんだろうな!」
レストは水割りをまた一口飲んだ。
「滅相もない、私はまだまだです」
「あらマスター、嬉しそうね」
グラスに口を付け、濡れた唇を指で軽く拭ったソディーが面白そうに茶々を入れる。
「いえいえそんな」
そう言いつつも顔が綻んでいる。
「そう、宝探しの旅……素敵ね」
うっとりとした表情で呟いた。
「じゃあ綺麗なものには目がないのかしら?」
「それなりにな。でもお宝だったら別に綺麗じゃなくても関係ねェよ」
他人にとってはガラクタに見えても、その宝の価値を決めるのは自分自身だ。
「本当に宝探しがお好きなのですね」
「ああ!」
赤いマフラーを巻いた青年の生き生きとした表情を見て、マスターは宝物や宝探しを語る師の姿と重ねて思い浮かべた。
「ここに来たのは、この辺りにお宝の情報はないかと思って聞きに来たンだ。なぁ、何かお宝の噂とか聞いた事ないか?」
本来この酒場に来た目的を果たすべく、二人に尋ねる。
「宝の情報ですか……私は久しく師匠に会っておりませんので、分かりませんね……。お客様からもそういったお話は聞きませんし……」
口髭をさすり、首を捻りながら考え込んだ。
「そう言えば『岬の宝物』って名前を聞いたわ」
レストの隣で考えていたソディーが顔を上げる。
「……岬の宝物?それってどんなモンなんだ?」
「ごめんなさいね、お酒の席で聞いた事だし、しっかり聞いた訳じゃないから詳しくは分からないわ。でも『落日の刻、幸せが訪れる』って噂よ」
「幸せが訪れる……?」
彼女が持っていた情報に訝しげに眉を顰めて呟く。
「岬といえば、この先のラトリック平原を更に北上していくとラトリック岬がありますね。そこの事でしょうか?」
マスターはこの都市の近くの岬の名前を上げる。
「この街の中で聞いたからそうかもしれないけれど、確証はないわ。あくまで噂だもの」
「前に手に入れたお宝といい、相変わらず噂自体はふわっとしてンなぁ……ま、いいか」
噂なんてそんなものだろう。問題はそこにお宝があるかどうか。

 グラスに残っていた水割りを一気に飲み干し、席を立つ。予定よりも強い酒を飲んだものの足取りに問題はない。
「……もしかして行くの?」
椅子から立ち上がったレストをソディーは見上げるかたちになる。上目遣いのまま聞いた。
「あぁ。お宝の噂がある以上、行く価値はありそうだしな」
天使の涙だってあんな曖昧な噂だったが、実際に存在していた。そっとコートの内ポケットに手を入れると小さな箱に指が触れる。あれから家には帰っていない為、今もポケットの中に箱ごと天使の涙を入れてある。
 噂だからそんなものは実在しないと決め付けてしまうのは勿体無い。天使の涙の時みたいに地図の様な物はないが、ラトリック岬なら過去に何度か行ったこともあるし、知らない道ではない。…まぁ、行ったことがあったところでも迷う事はよくあるが。
「火のないところに煙は立ちませんからね。健闘を祈ります」
マスターはにこりと笑って若いトレジャーハンターを送り出す。
「二人共、酒サンキューな、美味かった!」
片手を上げて礼を言う。
「どういたしまして。私、いつもここにいるから良かったらまた来てね♪」
「私もまたのご来店をお待ちしております」
ソディーは礼を受け止めるように小さく片手を上げてひらひらと振り、マスターは深々と頭を下げた。
「ああ、じゃあまたな!」
二人に見送られ、レストは酒場を足早に出て行った。





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