世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
[ check! ]


01


 アルゴール大森林から北上した先の広大で平坦な土地に、世界三大都市のひとつに数えられるアークトゥルスがある。宇宙への関心が高く、別名『宇宙に続く玄関』と呼ばれている。 風も少なく穏やかな気候は宇宙探査シャトルなどを打ち上げるには絶好の場所だ。 宇宙に行った者は数少ないが、近い未来誰でも宇宙に行ける日が来るのではないかと世界の注目を集めている。

 そんな世間の事など全く気に掛けず、我が道をいくレスト。新たな宝を求めて宇宙ステーション内のホテルから出る。都市の半分以上を占める宇宙ステーションには、宇宙の研究やシャトルの開発などを行う研究所の他に、ショッピングモールやホテルなどが併設されていて活気で溢れている。ステーションの天井の一部はガラス張りになっていて、そこから暖かな光が差し込んでいる。
「今日もいい天気だなぁ。さて、取り敢えず情報収集っと」
レストは同ステーションの酒場に向かう。まだ日の高いうちから飲酒という訳ではなく、宝物の情報は多くの人が立ち寄る場所で得る事が多く、未だ見ぬ宝物の情報を集める時はまず初めに酒場に行くようにしている。とくにこれだけ大規模なステーション内の酒場となれば期待もできる。
 酒場の木枠のドアを押し開けると、ドアの上部に取り付けられたベルが揺れ、ちりんちりんと主人に来客を告げるように鳴る。
「いらっしゃいませ」
店内に足を踏み入れると、カウンターの奥に立つバーテンダーが他の客の歓談の邪魔にならないような控えめな声量で来客を招く。ダークレッドの髪色で前髪を七三に分け横に流している。まだお昼時と言う事も有り、店内にはカウンター席に女性が一人座っているだけだった。膨らんでいた期待は少ししぼんだが、レストはその女性の隣の席に腰掛ける。
「何になさいますか?」
髪と同じ色の口髭をたくわえた中年のバーテンダーが、にこりと微笑みながら穏やかな低い声でレストに尋ねる。白のシャツに黒いベストというよくあるバーテンダーの制服を着用している。襟元の赤い蝶ネクタイがモノクロの制服の中に差し色となって映えている。
「……うーん…………」
宝の情報を聞くだけ聞いて何も頼まないで帰るというのも味気がない気がするが、この後も宝探しをしなくてはいけない事を考えるとなるべくなら飲酒は避けたい。考え込んで唸り続けるレストを、バーテンダーは急かす事なくグラスを拭きながら待っている。
「ねぇ貴方、見ない顔ね。旅の人かしら?」
「え?あ……ああ、そうだぜ」
突然隣に座っていた女性に声を掛けられて、レストは驚きつつも頷く。店内の薄暗い照明の所為か、青にも紫にも見える不思議な髪色の長髪が美しい。ボディラインを隠すようにダボッとした、黒のボートネックのセーターから滑らかな肩が露出している。インナーの白いリボンが首周りを飾っている。デニムのショートパンツから黒いレギンスを纏ったすらりと長い足がのびていて、足元は赤いアンクルリボンパンプスのリボンが細い足首をさらに華奢に見せている。
「そうなの。ね、良かったら一杯付き合ってくれない?」
そう言って艷やかに微笑むと持っていたグラスを傾ける。琥珀色の液体が波打ち店内の照明をうけて輝く。中の氷がグラスに触れてカラン、と涼やかな音を立てた。
「え?あー、えーと……うーん……」
「お酒に強くないんだったら弱いのでも構わないわよ?」
飲むか飲まないかで悩んでいたのだが、どうやら女性は酒に弱いから飲めないのだと勘違いしたようだ。
「あ、いや……大丈夫だ。じゃああんたと同じのもらおうかな」
酒は一杯だけにしておけばいい。そう決めて女性の誘いを受ける。
「あら、このお酒強いわよ?坊やにはちょっと早いかも」
「ガキだと思って甘く見ンなよな」
意地悪く含みのある笑みを浮かべた女性は大人の魅力を溢れさせている。言葉を返しつつ、ティレアよりももう少し歳上かな、と心の中で自分がよく知る女性と比べる。
「マスター、彼にも私と同じものを作ってくれるかしら?」
女性がバーテンダー、もといマスターに声を掛ける。少し離れたシンクで洗い物をしていたマスターは水を止め、棚から取り出した新たなタオルで手を拭きながら二人の席に近づいて来る。
「ソディーさん、また飲み過ぎて潰れないで下さいね?家までお送りするのも大変なんですから……」
「やぁね、大丈夫よ」
マスターは困った様に笑い掛けると、ソディーと名を呼ばれた女性は慣れたように笑ってあしらう。雰囲気からして彼女はこの店の常連なのだろう。
「だと良いのですけれどね」
ソディーと会話しながらもマスターは手を動かす。大きな氷を三、四個入れたグラスを置き、英字のラベルの瓶の栓を開ける。琥珀色の液体がグラスに注がれ、その3分の1を埋めた。そこに水差しの水を入れ、ガラスのマドラーでくるりと左回りにゆっくりとかき混ぜる。グラスの水滴を拭き取るとレストの前に布のコースターを敷き、グラスを静かに置いて一言添えた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
酒を受け取ったレストは礼を言う。
「ねぇ、マスターも一緒にどう?」
レストがマスターの滑らかな所作に感心していると、再び洗い物に戻りかけた彼をソディーがここぞとばかりに甘えた声音で呼び止める。
「この様子じゃお暇でしょ?」
相変わらず二人以外の客は無い。真っ昼間から酒を飲む物好きはなかなかいないらしい。
「ソディーさんのお誘いをお断りするわけにはいきませんね」
そう言って肩を竦めるマスター。眉尻を下げ困った様に笑うのは彼の癖のようだ。
「分かってるじゃない」
満足気に笑うソディーを横目に、手早く自分の水割りをレストに作ったものよりも薄めに作る。彼の水割りが完成したのを見計らってソディーはグラスを持ち上げ、レストとマスターを順に見る。
「ふふ、コレは私の奢りよ」
「いいのか?」
レストもグラスを持ち上げつつ聞き返すと、彼女は目を細めて笑う。
「ええ。付き合って貰ってるんだもの。これくらい構わないわ。マスターの分も今日は奢ってあげる」
顔なじみのマスターにはウインクをひとつ。
「今日は、ですか……はい。有り難く頂きます」
苦笑混じりに頭を下げ、ゆっくりとグラスを持ち上げる。
「じゃあ、乾杯♪」
ソディーの一言に三人は自然にグラスを寄せ合い、グラスが軽く触れ合って音を立てる。レストは一口飲むと、予想以上に強いアルコールが喉を通った後鼻を抜け一瞬クラリとする。
「どう?」
その様子を見抜いてか、楽しそうにレストの肩をつつく。
「思ってたより強かっただけ。飲めない事はねェよ」
レストは正直に言って苦笑する。彼女のこの調子が続くのならマスターの様に困り顔も癖になりそうだ。
「それに、酒自体が美味いから全然気にならねェや」
先ほどの所作といい、マスターの腕前を伺い知る。
「ありがとうございます」
レストの言葉にマスターは胸に右手を当てて恭しく一礼する。





.