世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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06


 ヨシュアは急展開に焦りつつも、現状を思い出して弟に問いただす。
「お、お前、何でこの人を誘拐しようとしてんだよ!どこに連れて行く気だ?」
過去の懐かしさも、大きく成長した弟の姿も、再会出来た喜びも、この状況では全てが狂ってしまう。
「……兄貴には関係ない」
ふいと目を逸らして言う。動揺からか、その焦点は上手く定まらない。逸らした視線の先にいた銀狼に声を掛ける。
「スプレイ、その人を連れてって。煩い奴がいるから傷付けないようにね」
狼はミシェルの指示を聞くと、氷の息を吐いて人一人入る程の鳥籠の様な氷の檻を作り出す。
「あんたはそれに入って。抵抗はしないでよね」
「………………」
葵は動くのを躊躇っている。
「安心しなよ。あんたさえ素直に従ってくれたら、この街には何もしないから」
調子を取り戻してきたミシェルが笑う。
「ふざけんな!行かせる訳ないだろ!」
「……兄貴は黙っててよ」
冷たいトーンのまま、ヨシュアを睨み付ける。
「……ヨシュアさん」
ミシェルの後ろから葵が声をかける。彼女は檻に向かって歩き出す。
「……は、葵!ちょっと待て!」
ヨシュアの焦り声に葵は背中を向けたまま立ち止まる。
「娘の事、宜しくお願いしますね」
一言告げると、葵は自ら檻の中に入っていった。ミシェルが目で合図を送ると、狼は檻の一部を咥えた。
「これ、借りるぞ!行かせねぇ!」
「あっ!?」
近くで武器を構えていた住人からそれを剥ぎ取る。長い棒の先に小さめの刃が付いている薙刀という武器だ。氷の檻を咥える銀狼に向けて突き出す。が、それを金狼の吐いた炎に払われる。迫る炎をバク転で下がって避ける。
「邪魔をするな!」
「マリー」
すかさず一歩踏み出して薙刀を横に薙ぐが、ミシェルが金狼の名を呼ぶとそれを紙一重で避けた。金狼は主人を守る様にミシェルの前に立ちはだかり、その更に後ろに檻を咥える銀狼がいる。
「いい子だね。そのまま援護して」
金狼は小さく尾を振り返事をした。魔力を高め始めたミシェルに、ヨシュアが苛立った様子で声を荒らげる。
「ミシェル、お前自分が何やってるか分かってんのか!?」
「さあね。でもまぁ、兄貴よりは分かってるつもりだよ」
魔力を高めながらもミシェルは取り付く島もない。金狼が前足の爪を剥き出しにして、ヨシュアに向かっていく。ミシェルに気を取られて数瞬反応が遅れ、横に避けようとしたが爪が左腕を掠め、バランスを崩して尻もちをついてしまう。その拍子に薙刀を取り落としてしまう。
「ち……、ッ!」
アームカバーが破れ、少しずつ鮮血が滲む腕をおさえる。 金狼は畳み掛けるようにヨシュアに飛び掛かり、前足を彼の肩にかけて地面に押さえ付ける。
「こンの……!」
狼の下で藻掻くが大型犬以上の体躯を持つ獣の体重は予想以上に重く、それにプラスして腕の傷が思ったよりも深く、押し退けることが出来ない。薙刀が近くに落ちているが、手を伸ばしても後数センチ届かない。
 金狼が大きく口を開いて、その牙で喉元に狙いを定める。ヨシュアが息を飲む。
「……!」
「マリー、止まれ」
ミシェルの声にぴたりとその場で動きを止める。荒い息遣いが生暖かい微風となってヨシュアに降りかかる。
「兄貴、絶対絶命だね。引きつった顔も似合ってるよ」
ミシェルは恍惚にも似たサディスティックな笑みを浮かべて言った。
「調子に……乗んな!」
ヨシュアが魔力を放出すると、彼が地面に触れている場所から黒い影が広がる。影はうねりながら金狼に迫っていき、その体を浮かせて跳ね飛ばす。金狼は吹っ飛ばされた場所で上手く着地し、体勢をすぐに整えてミシェルの側に戻る。ヨシュアは薙刀を拾って立ち上がり、その柄を傷を負っていない右腕で持ってくるりと回してミシェル達を睨み付ける。

「あーあ、つまんな。兄貴と遊ぶのも飽きたな」
「ミシェル、ふざけんのも大概にしろ!」
興が醒めたのか、突然ミシェルは面白く無さそうに呟いた。対してヨシュアは怒鳴る。
「お兄ーさーん!」
遠くから真央の高い声が聞こえてくる。声の方を見ると、男性用の紺色の着物を着た身長の高い男と、その後ろについて真央が走って来る姿が小さく確認出来た。短めの茶髪の男性は、先ほどの様子からして真央の父親だろう。その腰には長く細身の刀を携えている。
「うっわ、何だか強そうな人が来てる……面倒臭くなる前に帰ろうかな」
真央の声につられてそちらに視線をやったミシェルは、げんなりとしながら溜め息を吐いた。
「マリー、スプレイ、おいで」
二匹の狼を近くに呼ぶと、高めていた魔力を使って詠唱を始める。
「悠久の光よ、我らを彼の地へ誘(いざな)い給え。トランス」
詠唱を終えるとミシェルを中心に真っ白な魔法陣が展開され、ミシェルと二匹の狼、そして葵が捕らえられている氷の檻が光に包まれる。
「これは……転移の魔法!?待て!!」
ヨシュアは急いで駆け寄ってミシェルの腕を掴もうとした。が、既に彼らはその場から消え始めており、その手は空を切った。
「……じゃーね、兄貴」
「ミシェル!!」
消える前にミシェルが浮かべた笑みと聞こえてきた声は、かつての泣き虫な少年を強く思い出させた。





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