世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


「させるか!」
一歩前へ足を踏み出した狼の足元に、闇を集めた小さな魔力の塊が飛んでいく。狼は瞬時にそれを飛び避け、もう一匹は真央に頭突きをして葵から引き剥がした。
「きゃっ!」
「真央!」
少女の名前を呼んだのは様子を窺っていたヨシュア。魔力の塊も彼が放ったものだったのだ。地面に塊が落下してそこから土煙が巻き起こる。土煙の中で倒れる真央を助け起こして、魔物達と離れたところへ避難させる。
「お、お兄さん、お母さんが……!」
狼の頭突きは威力は無かったようだが、倒れた衝撃で肘と膝を擦りむいている。ヨシュアの姿を見ると、自分の体よりも魔物の近くに取り残された母親を気に掛ける。
「わかってる、お前はここにいろ。あんた、この子を頼む」
「真央ちゃん、大丈夫か!?」
ヨシュアは泣き止まない真央を安心させる様に両腕を軽く叩く。そして近くにいた住人に真央の身を預ける。
「嫌、いや……!」
真央はうわ言のように喚いた後、痛む膝を堪えてヨシュアがやって来た道を駆け戻っていく。
「真央ちゃん、どこに行くんだ!?」
「お父さん……お父さん!」
住人の声にも応えず、真央は尊敬する人物を呼び続けた。父親に助けを求めに行ったのだろう。その声にヨシュアは眉を顰める。
「あーあ、行っちゃった。まぁあんたが居ればいいか」
青年は真央に逃げられた事を全く気にしていない。むしろ厄介事がひとつ消えてせいせいしているようだ。
 ヨシュアが青年の前に立つ。青年は白いシャツに細身の黒ネクタイをしている。両腕には幾つもブレスレットを、尖った両耳にもピアスが数個付けていて、どことなく派手な印象を受ける。
「お前、こんな街中で何してんだ!」
「何?……あんた、誰。魔族の気配がする」
突然現れたヨシュアに青年は目を向ける。ヨシュアも初めてしっかりと青年の姿を捉え、二人の視線が交わる。

 白髪の横髪の左右それぞれに赤と青のメッシュ。徐々に見開かれていく自分と同じ薄い紫の瞳。日に焼けていない白い肌。
「……!?」
何も香っていないはずなのに、懐かしい匂いを感じた。青年の姿が誰かの面影と重なる。

 縋る様にヨシュアの手に小さな手が絡められる。そのぬくもりは思い出せない。弱々しい泣き声混じりの誰かの声が、自分の名前を呼ぶ。振り返ると涙目の白髪の少年と小さな犬が二匹がいる。そして少年に笑い掛けるかつての自分。

――まってよ、ヨシュア兄ちゃん。
――早く来いって、………ル!

ざあっと景色が現実に引き戻される。目の前に立つこの青年はまさか。

「お前……ミシェルか……?」
恐る恐る自分の弟の名前で呼ぶ。名前を呼ばれて青年がハッと息を飲む。見開かれていた瞳が一瞬揺れた。青年はこの街に来て初めて動揺の色を見せた。
「……やっぱり、あんた…………ヨシュア……兄、貴……なのか?」
青年も同じ様にヨシュアを見ていたようだ。
「そんな、弟さん……ですって?」
近くにいた葵も目を丸くしている。





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