世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


 野次馬を掻き分けつつヨシュアが辿り着いた場所は繁華街の一角で、普段なら人々で賑わう場所だ。今は二匹の狼のような魔物がいるせいで、魔物と距離をとって震えている者、武器に見立てた鍬や木の棒を持っている者など様々で、物々しい雰囲気になっている。
 狼の様な魔物は大型犬よりも一回り大きな体躯で、それぞれ銀と金色の艷やかな毛並みをしていて、首には赤と青の紐をそれぞれ付けている。
「街の中に魔物!?見張りがいるんじゃなかったのか?」
魔物は街中で暴れる訳でもなく、大人しくしている。良く見ればその側に一人の白髪の青年が立っていて、その後ろ姿には白い翼が生えている。
「な、何で天使がこんなところに?」
銀色の毛並みの狼が青年に向かって口をカパッと開く。
「!?」
食われる、ヨシュアは瞬間的にそう思ったが狼達は青年を噛む事はなく、戯れるように青年の足に体を擦り付けている。青年もまた、魔物の喉を擽っている。
「あの天使が魔物を従えてるのか……」
連れている魔物達と共にあの天使がこの街に直接転移してきたのなら、見張りが街への侵入に気付かなかった事にも合点がいく。

 もう少し距離を詰めようとヨシュアが静かに移動をすると、魔物の死角になっていた青年の視線の先に真央と葵の姿が見えた。悲鳴を上げていた真央に怪我をしている様子はない。真央を後ろに庇うように葵が青年の前に立っている。
「真央をどうするつもりですか!」
怒りを抑えた葵の声が辺りに響く。恐らくあの青年が天使である事は気付いているだろう。
「その子の魔力が必要なんだよね」
笑顔の青年の穏やかな声が答える。
「必要?何の為にですか!?」
「それをあんたに言う必要は無いね」
葵の問いをバッサリと切り捨てた。
「素直にその子をこっちに引き渡してくれれば、街には何にもしない。……でも」
魔物の頭を撫でながら続ける。その笑顔は黒く冷ややかな物に移り変わる。
「抵抗するなら力ずくで連れてくし、あんた達も怖い思いをするかもしれないよ?」
「……!」
細めた目は母娘とその後ろに控える街の住人達も捉えている。
「お母さん……」
「……真央、大丈夫よ」
真央が不安げに母親に声を掛ける。葵は少し間を置いたあと、美しい笑顔を浮かべて見せる。そして表情を引き締めて青年に向き直る。
「分かりました。ではこの子ではなく、私を連れて行きなさい」
「へえ?」
青年はぴくりと反応を見せる。
「お母さん!何言ってるの!?」
真央は思ってもみなかった母の発言に、驚きと動揺を隠せない。葵は娘の叫びを無視して青年に提案を続ける。
「この子の魔力はまだ未熟です。魔力が必要なら私の方が格段に上ですよ」
「ふぅん。あんたの誘拐は予定に入ってないんだけど……」
髪の毛に手を突っ込んでガリガリと頭を掻く。腕に付けているブレスレットも揺れる。
「……まぁ魔力がより高いんなら、文句ないでしょ」
ぶつぶつと何事か呟いたあと、葵を鋭い視線で射抜く。
「じゃあ、あんたを連れてこうかな」
「その代わり娘と街の皆には手を出さないで下さい」
「はいはい」
真剣な葵の言葉に生返事をする。
「いやっ!お母さんが私の身代わりになるくらいなら、私が行く!」
真央が目に涙を溜めて叫んだ。そんな娘を母親が諌める。
「はぁ?」
青年が面倒臭そうな声を上げる。
「真央、私なら大丈夫だから」
「いや……ッ!」
「真央」
なおもぐずる真央の名前をあやす様に呼ぶ。
「あー、もうどっちでもいいよ。なんなのこの安い三文芝居」
青年はうんざりした様子で二人に不躾な視線を送る。
「二人まとめて連れてくか……面倒臭いなぁ」
小さくため息を吐いて、2匹の狼の背中をポン、と叩く。低い姿勢で待機していた魔物はゆっくりと体を起こして動き出す。
「止めて!この子には手を出さないで下さい!」
「ダメッ!お母さんを連れて行かないで!」
気丈に振る舞う母と頬を涙で濡らす娘。母娘は庇い合うように叫ぶ。
「嫌だね。大体、その問答が鬱陶しい。決めるのは俺だよ」
青年は一ミリも心を揺さぶられた様子もなく、嘲笑を浮かべる。
「あんた達のその綺麗な顔が痛みに歪むとこも見てみたいな」
青年の冷えた声に反応し狼達は牙を剥いて低く唸り、それを見て母娘は息を飲んだ。





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