世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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01


 柔らかな日差しの中、涼やかな風が木々を揺らす。瓦造りの屋根の低い建物が多く立ち並び、道端は土手になっていて小川がさらさらと煌きながら流れている。遠くには田園が広がっている。
 ここはオリレノン。人間界の中でも穏やかな気候の地域で、吸血鬼であるヨシュアの体にはかなり過ごしやすい場所で、人間界に遊びに行く際はよく訪れる。周りを海に囲まれた小さな島にある街で、別の大陸とは違った生活様式や独特な文化が育まれている。別名『日ノ国』とも呼ばれている。
「いー天気だなー」
ヨシュアは手作りの串団子を売っている建物の近くで、木陰に設置された真紅の敷物が敷いてあるベンチに腰掛けている。傍らには彼が注文した串団子三本を乗せた皿と湯気の立つ湯呑みが置いてある。
 彼は腰にベルトを付けた黒やグレーのタータンチェックのロングコートを着ていて、首元には黒いファーが付いている。袖周りも肩だけを出す黒いアームカバーで覆われていて、その袖口にも黒いファーが付いている。ボトムも黒に近いグレーで、その下から見える爪先の尖ったブーツも黒で、全身ほぼ黒尽くめだ。
 皿の上の串を一本摘み上げ、三つ連なった団子の一つを口に運んで咀嚼する。柔らかな食感と、団子に塗られた甘じょっぱい醤油のタレの味が口の中に広がる。
「うーん、美味い!」
自然と笑みが溢れるその美味しさに、お世辞抜きの賞賛を送った。
「これだから人間界漫遊はやめられないぜ」
串に残った残りの二つを一気に食べた後、店の自慢だと言うお茶を啜る。口内に残る甘味に少し渋いお茶の味が相まって丁度いい。体中に沁み渡るお茶の温かさにほぅ、っと息をつく。

 湯呑みをソーサーに置き、両手を後ろ手について体重をかけて寛ぐ。風が吹いて自慢のアイスブルーの長髪が靡く。その風に乗って甘ったるい香りが漂ってくる。
「……ん?」
鼻をひくつかせてその香りを探る。団子のタレの甘さとは違う柑橘類の香りに似た、それでいてそれとも違うような甘ったるい匂い。
「何か、い〜い匂いがするなぁ」
「この香りは金木犀ですよ」
この街の日差しの様な、柔らかい声が答えた。気が付けば目の前に長いストレートの切り揃えられた黒髪が美しい、春色の着物を着た女性がこちらに微笑んで立っていた。
「キンモク……?」
「金木犀、だよ。お兄さん」
突然声を掛けられたことに警戒しつつ、聞き慣れない言葉に首を傾げていると、着物の女性の後ろからひょっこりとあどけなさの残る少女が顔を出して言った。 よく見れば二人は顔立ちがそっくりで、母娘なのだろうと予想される。 彼女の肩までの黒髪は毛先に向かって茶色に変わっていて、桃色の着物を崩したワンピースのような不思議な服を着ている。腰には白い前掛けを巻いていて、その姿はウェイトレスのようにも見える。
「金木犀……」
「ほら、この木です」
女性は店の脇に植えられている木を指し示す。木には木の葉の緑の間に小さなオレンジ色の可愛らしい花が幾つも咲いていた。女性が動くと甘ったるい匂いもより強く鼻孔をくすぐり、香りまで一緒に動いた気がする。
「あんたから匂ってくるかと思った」
「まぁ、お上手な人」
口元を両手で覆って可笑しそうに笑った。一挙一動が見惚れてしまいそうなくらい美しい女性だ。
「そのお団子美味しい?」
少女はヨシュアの食べかけの団子を見て尋ねる。
「あぁ。美味いぜ」
ヨシュアは先程の味を思い出して涎が溢れそうになる。
「それにこのお茶も団子に引け劣らないくらい美味いな。近くで評判って聞いたから寄ってみたんだけど、アタリだったな」
「わぁ嬉しい!」
「ご贔屓にどうもありがとうございます」
ヨシュアが感想を言うと少女は小さく万歳を、女性は礼を言ってお辞儀をする。察するに二人はこの店の人間なのだろう。





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