世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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01


 魔界の街リウスの中心に建つ黒を基調とした大きな城。ここには小悪魔(リトルデビル)の王族が住んでいて、俺―ダンテはそこの一人息子。

 その中庭の黒に近い深緑の整えられた芝生に仰向けに寝転んでいる。両腕の後ろから装着している真紅のマントのお陰で、背中のチクチクとした芝の感覚は軽減されて気持ちがいい。ちなみに、よくあるマントの様に肩から付けていないのは、肩甲骨から生えている翼の邪魔にならない様にする為だ。
 ゆるい風が俺の黒髪を撫でる。視界の端で側に控えている護衛の兵士・リヴェランスのグレーの髪の毛も揺れた。前髪を全部カッチリと後ろへ流してる。いわゆるオールバックってヤツだな。俺は寝転んだ姿勢のまま顔だけを兵士へ向ける。
「……なぁ、側に控えてるだけって暇じゃね?」
「王のご命令ですから」
糸目の兵士はにこりと笑って言った。俺に答える為に視線を下方に落としてくれる。両耳朶に付けた金のリングのピアスがゆらりと揺れる。
「さすがに城の中は護衛なんて必要ないんじゃねぇ?つか、別に普段から護衛とか要らないんだって!」
「私に言われましても……王のご命令には逆らえませんよ」
物腰柔らかな兵士にやんわりと俺の主張は下げられる。
「ぶー、……俺の自由が無い」
どこへ行くにもずーっと見張られて。どこの王子もこんな感じなんだろうか?
「そう言いつつも私達の護衛を振り切ってしまうではありませんか」
膨れながら吐いた言葉にリヴェランスは苦笑しながら切り返してきた。
「それくらいたまにはいいだろ?」
俺だって護衛とか抜きで自由に歩きたいんだよ。
「私達も王から大目玉を食らってしまいますので、ご勘弁頂きたいです」
「あー……そっか、ごめん」
父さんに叱責を受けている姿を想像して、さすがに少し申し訳なくなって謝る。父さんは怒るとかなり怖いからな。
「とは言えダンテ様に振り切られるのは、こちらの落ち度ですけれどね」

 ……うーん、いつも思うけどこの人大人だよなぁ。服装だって落ち着いてるし。黒いシャツの上に、前側は肩から胸の下、後背部は体全体を覆う長さの象牙色のローブを羽織り、薄いストライプのスラックスを履いている。腰のベルトにはサスペンダーが取り付けられている。やっぱ渋くて格好いいよな!父さんからの信頼も厚いみたいだし。
 俺とは大違い、なんて考えて思わず愚痴をこぼしてしまう。
「……俺って父さんにはそんな弱く見えてるのかな?」
「おや、何故そう思われるのですか?」
目を僅かに見開いて兵士は不思議そうな声を出した。一瞬、彼の焦げ茶の瞳が見えた。
「だってさ、いつまでも護衛が付いたまんまなんて、俺が弱くて頼りなくて一人にしとけないからじゃねぇの?」
兵士は困った様に眉を八の字に下げた。
「ダンテ様の身を案じているのだと思いますよ」
「だからぁ、それは俺が弱いから心配なんだろ?はぁ……」
ごろりと転がりうつ伏せになる。自然と大きな溜め息が出てしまう。首から下げているネックレスが服の中から躍り出る。それを指で弄る。3つの大きさと色の違うリングと中心に小さな黒いクロスが紐に通されていて、触るたびにリング同士がぶつかり合って軽やかな音を鳴らす。
「先日の迅速な魔物討伐、見事だったとダンテ様のご活躍を喜んでいらっしゃいましたよ」
「ふーん……」
リヴェランスの激励の言葉を興味の無い感じで聞き流し、再び寝返りを打って空を見上げる。

 魔界の空はいつも暗い。別に天気が悪くて曇っている訳じゃなく、魔界ではこれが普通だ。寧ろ今日は晴れている方で、薄暗くも優しい光が差し込んでいる。この空は好きだが、長年住み続けているとさすがに見飽きてもくる。
「面白い事、何かねぇかなー。あ、久し振りに人間界でも遊びに行くかな」
人間界は魔界と全然違う。空は澄んでいて青いし、自然ものびのび育ち青々としている。面白い場所がいっぱいあるし、見た事もない食べ物もある。しかもどれも美味くって、思い出すと涎が口の中に広がってしまう。あちこちふらふらするだけで時間があっという間に過ぎている。
「ダンテ様、一人での人間界漫遊は禁止ですからね。仕事もして下さい」
「はいはい」
リヴェランスのいつもの小言を軽くスルー。毎回その制止を振り切って人間界へ遊びに行っている。王族の仕事って書類整理とか多くて面倒なんだよな。隣で兵士が溜め息を吐いた気がするけど、聞こえなかった事にしよう。
「今は魔界から出ては駄目だと、王が仰っていたじゃないですか」
「あぁ、魔物が街を襲う事態が増えてるって話か」
これまでも魔物が街を襲う事は少なくなかったが、ここ数日はほぼ毎日の頻度で報告を受け、その都度兵師団が討伐に向かっていて、俺もその兵師団の先頭に立ち魔物を討伐している。むくりと上体を起こし、体ごとリヴェランスに向き直る。
「確かにこう毎日の様に街が狙われてちゃ、碌に出歩けねぇな」
さすがにこんな状況の魔界を放ったらかしにしてまで、人間界に行こうとは思わないしな。
「そう言う事です」
彼も頷いた。
「うーん、それにしても先手が取れないのは厄介だよな」
俺は腕を組んで考える。

 各街に駐屯兵を置いてはいるけど、多くの兵を割く事が出来ないから対応し切れないことが多い。しかも魔物が暴れる場所は不特定多数で、なかなか予想が付けられずこっちは後手後手に回されている。
 かと言って全ての魔物が暴れている訳じゃないから、闇雲に魔物を殺す事は赦されない。いくら他の世界よりも魔物が多く生息していて、血気盛んな悪魔達が棲んでいる魔界でも、ある程度の規制は布かれている。当然破れば罰せられる。
「後手に回れば、その遅れた分被害が増えてしまいますからね……」
近隣の街の被害状況を思い浮かべてか、リヴェランスは渋い顔をしている。
 何棟も破壊された建物、魔物に傷を負わされ震える住民。魔物の被害によって親をなくした子供もいた。到着の遅れは悔やんでも悔やみ切れない。
「どっかに暴れてる魔物だけが屯ってる巣でもあれば、一掃出来るんだけどなー」
「そんな場所があれば一足飛びで向かいますよ」
細められた瞳が鋭く光り、柔らかな笑顔の奥に勇猛な戦士としての顔を垣間見せる。

 それもそのはず、リヴェランスの戦闘の腕は「魔物狩りの王」と呼ばれている父さんに勝るとも劣らない。この人に俺は戦い方の基礎学んだ。今でこそ俺も結構強くなったと思うけど、未だに勝てないんだよな。





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