世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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06


「レナス」
「ッ!!」
レナスはウィスタリアに肩を叩かれて、びくりと肩を大きく揺らした。
「レナス……?ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?」
予想外に驚かれてウィスタリアは自分の行動を思い返す。
「あ、ねうえ……、いえ、何でも、ありません……」
レナスは激しくなった動悸を抑えながら返事をする。
「何かありましたか?」
「ええ、フィール王子の処遇についてなのですが」
処遇と聞いてフィールは顔を下げる。
「……やはりプロキオンに?」
「いえ、我が国の団兵を相手に暴れたフィール王子をこのままプロキオンにお返しするのは、プロキオンにとってあまり良くないと思うのです」
「国の王子が同盟国の者を相手に暴れたとなれば、国に帰ったところで彼も無事では済まないでしょうね」
レナスは難しい顔で呟く。
「え?……そうね、それもそうですね」
自分が思っていた事とは違う事を心配している弟に、少し首を傾げながらも同意する。
「なので、一先ずベテルギルウスへ捕虜として連れて行き、その後の処遇はお父様に指示を仰ぎましょう」
「そうですね。父上に指示を仰ぐのが一番正しいですね」
頷いてからちらりとフィールに視線を向ける。彼の体勢は変わっていない。
「……父上は彼を打ち首にはしませんよね?」
「まさか!」
レナスの呟きにウィスタリアはとうとう驚いてしまう。その声にフィールは顔を上げたが、ややあってからまた頭が下がった。
「お父様は悪事をはたらく者には厳しいですが寛大な方ですよ。それでなくても同盟国の王子を殺すなんて事、絶対に有り得ませんよ」
レナスに言い聞かせるように左腕に優しく触れる。
「……いえ、分かっています。すみません、変な事を言って」
「構わないけれど……フィール王子のこと、随分と気に掛けていますね?」
あんなに嫌っていたはずなのに。ウィスタリアは不思議そうに問い掛ける。
「そんな事はありませんよ。彼の事は今でも許せません。……ただ」
レナスは振り返り、頭を下げたままのフィールを見つめる。
「少し、似ていると思ったんです」
「似ている?」
「…………」
その問いには答えず、レナスはフィールを押さえ付けている団員達に告げる。
「ベテルギルウスへ連行しなさい。彼には聞きたいことがありますから、牢獄に入れておいて下さい」
「はっ!」
「ほら、立て!」
数名の団員に連れられて、フィールはリゲリスの街を出ていった。側で気を失っているクルルと呼ばれた水色の生物も団員が抱えていった。

 フィールが居なくなり、団員達は持ち場へ戻っていく。それを見送ってから、ウィスタリアがレナスに向き直る。
「レナス、フィール王子に聞きたいことって?」
「……彼はもっと大事な事を隠している気がしてならないのです」
考え込みながら答える。ウィスタリアもつい先程のフィールの言葉を思い出す。
「あ……そう言えば、戻らなきゃいけないところがあると言っていましたね」
その言葉にレナスは首を縦に振る。
「はい。自分の家以外の戻らなくてはいけない場所……他の街なら別に隠す必要は無いと思いませんか?」
「家出をしている以上、自分の居場所を知られたくなかったのはないですか?」
「ええ、そう考えるのが妥当なのですが……少し引っ掛かる事があります」
顎に手を添えながら続ける。
「数年前フィール王子と対面したあの辺境の街……シーズと言いましたか、姉上はあんな所に街がある事をご存知でしたか?」
ウィスタリアに問う。
「いいえ、初めて知りました」
「そう、僕や姉上をはじめ父上ですら、あの時に街の存在を知ったんです」
それどころか、調べてみると地図にもシーズと言う街は載っておらず、かろうじて古い文献にその名が「最古の街」と載っているだけだった。
 その後もう一度調査に向かったが、僅かな魔力を感じただけでシーズの街は発見出来なかった。
「街が消えるなんて……有り得るのでしょうか?」
「分かりません。どちらにしても僕達があの街を見つけられたのは運が良かったのでしょう。……ですが」
フィールが連れられていった方向に視線を向ける。
「彼があの街にいた事は偶然でしょうか」
彼は何故あの街にいたのか、あの街で何をしていたのか。
「ううん……確かに少し妙ですね」
分からない事が多過ぎる。
「その辺りも含めて、彼を尋問してみようと思ったんです」
「なるほど。それはいいと思いますよ」
レナスの考えにウィスタリアは頷いた。

リンゴーン、リンゴーン……

 広場の鐘が鳴る。時計を見れば夕刻が近づいていた。調査団が来ている影響か、広場は閑散としている。
「あぁ、随分と時間をロスしてしまいましたね。そろそろこちらの調査も切り上げて、私達もベテルギルウスへ帰らなければいけませんね」
レナスが空に手を広げると、そこから魔法でしまっていた調査資料が出現する。横から調査資料を覗き込んだウィスタリアが唸る。
「凶暴化した魔物、大規模な地震……地中プレートに異常はなし。リゲリスも他の街とほぼ同じですね」
「これではやはり原因不明のままですね……更に行方不明者が一人いらっしゃる事が気になりますね」
資料には行方不明者の顔写真が貼ってある。
「ええ。ミューデ・アイリスさん、17歳……彼女もアルフィラツ魔法学校に通っているのね。レナスの一学年下ですね」
赤茶の髪の毛とつり目が彼女を活発な女性に見せている。
「事件に巻き込まれていては大変な事になります。早くこの資料を持ち帰って父上に報告しましょう」
「あっ、レナス」
そう言って歩き出そうとしたレナスを呼び止める。その場で後ろを振り返る。
「どうしました?」
「急ぐのも大事ですが、ベテルギルウスに帰る前に宿屋で私の焼いたメロンパンも召し上がって下さいね」
にっこり微笑んでそう言った。レナスはきょとんとしながら数回瞬きをする。殺伐とした空気の所為で好物の存在を忘れかけていた。眼鏡を直し、微笑み返した。
「それはもちろん。では皆にも早く来ないと美味しいメロンパンが無くなると伝えましょう」
「まぁ、独り占めはいけませんよ?」
「ふふ、冗談です」
先刻までメロンパンが好物だと言う事を隠していたとは思えない弟の発言に、驚きながらも嬉しさが湧き上がる。
「……家の中でもあなたの本当の笑顔が、見られたらいいのですけれどね」
先を歩いて行くレナスの背中に小さく呟いた。こうやって些細な事でも、レナスが良い方向に変わっていくことが喜ばしい。けれどきっとまた彼は父親の前に出れば萎縮し、強張った表情を見せるのだろう。
「姉上、早く行きましょう」
レナスは柔らかな笑顔でウィスタリアを手招きする。

 せめて本来の自分を出せる場所やそんな人がいればと、姉は願わずにはいられない。それを知ってか知らずか、彼はいつものように笑うのだった。

Section 04. End.





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