世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


 数年前の情景が重なる。
「……あの力を使われたら厄介ですね」
あの時、追い詰めたところで彼は時の魔法を使った。だがレナスの知る限りでは時魔法を使える人間は聞いたことがない。それに加えて彼自身からは大きな魔力を感じない。それなのに若い青年が時魔法を自由に使えるなんて……何か裏があるとしか思えない。
「何にしても、あの力が魔法であるのなら……」
彼はまだ力を使う素振りを見せない。先手を打とうとレナスはその場にしゃがみ、地面に手をつく。そこを中心に地面に大きな魔法陣が展開される。人だかりを包み込む程大きなものだ。
「――ッ、させない!」
異変に気付いたフィールが集中するレナスに近付きレイピアを突き出す。しかしレイピアの切っ先は団員の槍に弾かれ、数歩後退る。
「ち、邪魔しないでくれ!」
一人の槍を弾き返し、その槍が遠くへ飛んでいく。丸腰になった団員の腹に当て身をし、団員はその場に崩れ落ちる。再びレナスを狙おうとすると、別の団員がフィールへ剣を振り下ろす。レイピアを横に構えて剣を受け流し、力で押し退けると細身のレイピアは小さく悲鳴をあげる。無防備になった団員を回し蹴りで吹っ飛ばす。何度追い払っても別の団員に行く手を阻まれる。そうしている間にもレナスの詠唱は進んでいく。
「――彼の地に宿る数多の力を拒み給え」
魔法陣が淡い紫色に輝き始める。あと数秒で魔法陣への魔力供給が完了する合図だ。レナスが何をしようとしているのかフィールには分からないが、自分にとって状況が悪くなるのは目に見えていた。また一人団員を蹴散らし、ついに詠唱で隙だらけのレナスの前に躍り出る。
「もらった!」
このままレナスを倒して、街の出口に向かって全速力で走ろう。瞬時に次の行動を考えると、レイピアを突き出すため地面を強く蹴った。

「光よ、辺りを照らし給え」
レナスを狙うフィールの耳に小さな詠唱が聞こえる。
「――シャイン」
声に視線を上げると、レナスの後ろにいつの間にかピンククリスタルが先に付いた杖を握ったウィスタリアの姿が見えた。そしてその姿はすぐに光に飲み込まれた。大量の光が眩しくて目が開けていられず、足を止める。
「く……!」
「レナス、いけますか?」
「はい、姉上。援護感謝致します」
目を閉じていても真っ白い世界の中、姉弟の声だけが聞こえた。
「――レジストマジック!」
レナスの声が辺りに響くと同時に、真っ白な世界から徐々に視界を取り戻す。
「……?」
光に眩んだ目を何度か瞬かせて周りを確認するが何が起きたか分からなかった。魔法陣は輝きを失っているし、フィール自身には何も起こっていない。目の前に立つレナスを睨み付ける。
「今の魔法は……何だ?」
「あなたの魔法は厄介なので、封じさせて頂きました」
先程とは一転して笑顔でレナスはフィールに言う。
「……は、意味が」
分からない、そう言う前に肩からずるりと水色の生物が滑り落ちる。
「!? クルル!」
フィールは地面に力無く倒れる尾がやたらと長い小さな生物の体を抱き上げる。
「クルル!しっかりしろ!」
「ふむ、あなたにとってそれが魔力の源、といったところなのでしょうね」
それならば彼自身から魔力を感じなかった事にも説明がつく。
「時の魔法さえ使われなければ怖いものはありません」
そう言ってレナスが一歩前に出る。
「ちッ……、近付くな!」
クルルを庇うように抱えたままレイピアを持っていない左手を前方に突き出し、魔力をこめようとした。
「……力が使えない!?」
封じさせてもらった、というのはこの事だったのか。
「無駄ですよ。この魔法陣の中ではもう魔法は使えません。今です!皆、彼を捕らえなさい」
レナスが指示すると、団員達が一斉にフィールに飛び掛かる。彼がどんなに強くても、魔法が使えない中、しかも多勢で動かれては分が悪かった。
「動くな!」
「やめろ、離せ!」
「抵抗しても無駄だ!」
フィールは尚もじたばた暴れていたが、レイピアを取り上げられ両手を縛られてしまえば何も出来なくなった。フィールに倒された団員達は宿屋へ運ばれていった。

「くそ……っ」
「いい眺めですね」
体を地面に押さえ付けられながら悪態をつく。そんなフィールを見下す様にレナスが嘲笑する。
「俺をどうする気だ?」
「そうですね……」
レナスは少し考える。
「このままあなたのご実家に送り返す、と言うのはどうですか?さぞかしご心配しているでしょうからね」
「……それだけは、やめてくれ……」
ぐったりと頭を下げ、弱々しい声で呟いた。
「そんなに自分の家に帰るのが嫌なのですか?」
レナスは呆れ半分に尋ねる。
「……嫌だ。どうせ俺は次男だから……居ても意味が無い」
そう言ってフィールはそのまま目を伏せた。居ても意味がない、それはどういう意味だろうか。レナスはフィールの言葉の意味を理解する事が出来なかった。
「何故、意味がないと?」
「上と比べられるんだ。上が出来た人間なら尚更だ。使えない下なんて要らない」
「……!」
深い溜め息を吐く。面白がっていたレナスの表情は完全に消える。フィールは再び目を開け、レナスの目を見る。
「あんたにも姉が居るなら分かるんじゃないのか?上と比べられた時の惨めな思いが」
「……僕は」
図星を突かれたレナスは、射抜くようなフィールの視線から目を逸らす事が出来ない。鼓動がやけに煩く聞こえる。





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