世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


 人々の憩いの場として設けられた広場には人だかりが出来ていた。何かを取り囲む様に団員が輪になっている。
「何があったんですか?」
ウィスタリアは手近に立っていた団員に声を掛ける。振り向いた団員は険しい表情をしていた。
「あぁ!ウィスタリア王女!レナス王子も!今お二人を呼びに行こうと思っていました!奴です、奴が現れました!」
「落ち着いて下さい……奴って?」
ウィスタリアは団員を宥める様に優しく問い掛ける。
「失礼、通りますね」
団員から答えを聞く前に人だかりを掻き分けて『奴』の姿を確認する為に前へ進む。その後ろをウィスタリアも付いていく。輪の中央では複数の団員と、剣を握る人物が対峙していた。
「あれは……!」
その姿を見たウィスタリアが口元を抑える。
 金髪に空色の瞳の青年が細身の剣――レイピアを握って油断なくこちらの様子を伺っている。黒のタートルネックを着ていて、ノースリーブから覗かせている腕は美しい筋肉がついている。左肩には水色の小動物のような可愛らしい生物を乗せている。
「フィール王子?!」
プロキオンの第二王子であり、数年前に自分達を危機に陥れた張本人がそこに居た。名前を呼ばれたフィールはレナスとウィスタリアに視線を向け、僅かに目を見開く。
「あんた達……そうかその紋章、マーシェル家のものだったな」
団員達の腕章に付いている紋章と二人の見知った顔が結び付く。
「ここで何をしているのです?」
レナスが厳しい表情と声でフィールを問い詰める。
「あんたには関係ない。それより俺は戻らなきゃいけないところがある、ここを通してくれ」
レイピアの切っ先をレナスに向ける。後ろに居たウィスタリアは微かに体を震わせた。周りの団員達がざわつき、手に持ってる武器をそれぞれ構える。レナスはそれを腕で制す。
「戻る?あなたが戻るのはプロキオンの宮殿でしょう」
「……あそこに戻るつもりは無い」
プロキオンの話が出てフィールの声は少しばかり弱くなった。
「ではあなたのご実家以外にどこに戻る場所があるのですか?」
「…………あんたに言う必要はない」
一瞬地面に視線を落としてから、再びレナス達を睨み付ける。
「退けないのなら力尽くでも通させてもらう」
「こんなところで争っている場合ではありません!」
それまで黙っていたウィスタリアがレナスの隣に立ち声を張り上げる。聞き慣れないウィスタリアの怒声に、団員達の緊張感が高まる。
「あなただってこの世界の現状を知らない訳ではないでしょう?!」
「……現状?」
「魔物が凶暴化し多くの民が犠牲になっています。それに加えて度重なる自然災害で国々は疲弊しています。今は一刻も早くその原因を突き止め、問題を解決することが先ではありませんか?」
意味が理解しきれていないフィールに、レナスが補足するようにウィスタリアの後に続けた。 二人の言葉を聞いてフィールはその場で考え込む。
「…………」
「ここは剣を収めませんか?」
ウィスタリアが落ち着きを取り戻し、フィールを窘める様に言った。
「あなたはプロキオンに帰り、私達と共にこの世界を危機から救いましょう。多くの国が協力し合えば、必ず世界の非常事態を乗り越えられます」
そしてスッとフィールへ向けて手を差し伸べる。反応は無い。
「…………」
ウィスタリアが一歩前に出る。団員達が慌てて止めに入る。
「ウィスタリア王女!」
「王女危険です、お下がり下さい!」
「大丈夫です。きっとフィール王子も分かってくれます」
フィールは俯いたまま口を開かない。まだ何かを考え込んでいるように見える。
「さぁ、戻りましょう」
ウィスタリアはもう一歩前へ足を踏み出す。ローヒールのパンプスが石畳に音を立てる。
「……俺は」
その足音にフィールが顔を上げる。そして右手に握るレイピアを横に薙ぎ払った。

ひゅんっ

ウィスタリアへかまいたちの様な風の塊が飛んでいく。
「ッ!」
「姉上!」
「ウィスタリア王女ッ!」
突然の攻撃にウィスタリアはその場に座り込んだ。レナスと団員達が駆け寄る。足元の石畳が崩れているだけでウィスタリアに怪我はなかった。
「っ、大丈夫です。……今のは威嚇の様ですね」
何事も無かった様にフィールはこちらを見据えている。
「あの国に戻ったところでもう俺の居場所は無い」
団員達はフィールとの距離を油断無く詰めていく。気にせずフィールは低い声のまま続ける。
「次は当てる。また痛い目に遭いたくなければ退けてくれ。これ以上無駄な争いはしたくない」
レイピアを構えたまま周りを窺う。






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