世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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02


「レナス、少しいいですか?」
ウィスタリアは団員の後ろ姿を見送っていたレナスの肩を軽く叩いた。元々用があってやって来たところで、あの会話を聞いたのだろう。
「何でしょう?姉上」
隣にいる姉を見ると、微笑んでいるが先程より眉を吊り上げてこちらを見ていた。
「ちゃんと休憩してますか?」
「……まぁ、一応は」
本当はリゲリスに着いてから休み無く動いているのだが、それを姉に言うのは憚れたのでお茶を濁す。
「間がありましたよ?もうっ……また休憩を取っていないのですね?」
「ちゃんと彼らには休息を与えていますよ」
齷齪走り回る団員達には、まだ疲労の色は滲んでいない。
「彼ら『には』でしょう?私は団員達だけではなく、あなたの事も心配しているのですよ」
そんな弟の態度に、困惑と心配が綯い交ぜになった溜め息を吐いた。彼は以前にも休憩を取らずに働きづめで疲労困憊になっていたことがある。
「もしかして、お父様に認められたくて無理をしているのではありませんか?」
「!……違いますよ」
父親、と言う言葉にレナスがぴくりと僅かに反応を示すが、直ぐに姉の問いを否定する。
「……それに、父上がこれくらいで魔力の劣る僕を認めてくれるはずがありません」
悲しそうに微笑んで付け足した。
 マーシェル家は先祖代々非常に優秀な魔力を持っていて、その魔力を活かして辺りの街を統制し、他国との連携を広めていったと言われている。絶対的な魔力を持ちながらも国民を重んじるマラカイトは、他人にも自分にも厳しく、王として絶大な人望を集めている。王妃・アデュレリアも優秀な魔力を持つ貴族の娘であり、優秀な魔力の血筋は自らの子にも受け継がれた。ウィスタリアの魔力は、いずれ父親を超えるとまで噂されている。
 一方、弟のレナスは国の上級魔法使いを遙かに凌ぐ魔力を持っているのだが、マーシェル家の生まれとして比較されるとやや劣り、それは自身のコンプレックスでもある。そのことを父親は「マーシェル家の恥」としており、レナスに対してやや見下した態度をとる。レナスにとっても性格も魔力も強く絶対的な父親が苦手で、父親の前になると萎縮してしまう。母親と姉は二人の関係に気を揉んでいるものの、当人達の問題なのであまり口を出せずにいる。
 レナスは家族より劣る魔力を少しでも補う為に、アルフィラツ魔法学校に通っている。学校に通いながらも、こうした国や世界に問題が起きれば王族としての責務を果たすべくそちらを優先している。
 弟の無理に微笑む姿が姉のウィスタリアには痛々しく見える。いつの間にか、弟はこうして感情を偽る様になっていた。家族である姉達にも本心を見せる事はなくなってしまった。
「魔力の成長には個人差があります。私はあなたの魔力は未完成なだけなのだと思っていますよ」
本心を見せたくないと理解している以上、ウィスタリアはこうして慰めにもならないであろう言葉を掛けるしかない。
「……仮にそうだとしても、父上は認めたりしませんよ」
先程と同じ悲しそうな微笑み。レナスは目を伏せて続ける。
「あの事件があったのですから」
「レナス!あれはあなたの所為じゃありません」
レナスの続けた言葉に、ウィスタリアは語気を強める。

 レナスの言うあの事件と言うのは、数年前に捜索中だった同盟国・プロキオンの第二王子を辺境の街にて発見した時の事だ。彼は国に戻る事を拒み、未知の力を使い周りにいた数名の兵士とウィスタリアを瀕死の状態に陥れた。周りの者が動けなくなる中、彼だけが自由に動いていた。あの時感じた力は魔力に違いない。つまり彼が使ったのは『時』を操る魔法だろう。
 レナスも果敢に挑んだが、軽くあしらわれ王子はその場から消えてしまった。残されたレナスも大怪我を負いなからも救援を呼び、ウィスタリアと兵士達は命を落とすことはなかった。その後ベテルギルウスに戻り、父親は全員の命が無事だった事を喜び、レナスに向かって諦めた声音で言った。
「ウィスタリアが敵わなかったのなら、恥晒しのお前が付いていても無駄か」
レナスは過去をなぞる様に、父親の言葉を口に出した。
「……僕にお似合いの言葉ですね」
微笑みは辛そうに歪む。
「私が未熟だったのです」
「けれど、僕が姉上も兵士達も守れなかったのは事実です」
それ以来父親の自分に対する信頼感は、ごく僅かなものになってしまったのだと思う。多分全く無い訳では無い。でなければこうして調査団を率いて各地へ赴く事すら、許されていないだろう。
「だからこそ……名誉挽回する為に多少の無理をしてでも、何かしらの結果を見い出そうとしているのでしょう?」
「…………」
ウィスタリアの言葉に少しの間を置いて、レナスは肩を竦めた。
「さぁ、どうでしょう?」
戯けるように笑い、ゆっくりと前に歩き出す。
「……レナス」
背を向けてしまった弟の表情は分からなくなったが、きっと辛そうに歪んでいるに違いない。彼の金髪を結うシンプルな赤いリボンが寂しく揺れる。その背中を追って歩き出したウィスタリアの表情もまた、泣き出しそうに歪んでいるのだった。





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