世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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06


 そろそろ予鈴だろうか、そう思って時計を確認しようと顔をあげたユウナの瞳がジェミニを映す。よく見るとジェミニは俯いて小さく口を動かしている。何かを呟いているようだ。
「人間の身勝手が生んだ溝……隷属を嫌った天使は反発し、天に大地を創る……」
「ジェミニ?」
声を掛けたが、聞こえていないのか反応が無いまま呟きが続く。
「天使の身勝手が生んだ溝……差別を受けた異端者は追放され、天の………… あれ?」
我に返ったらしいジェミニがパッと顔を上げる。4人の視線が集まっていた。
「ジェミニ、今の言葉って……?」
セシルが不思議そうに顔を覗き込んでいる。そのジェミニも不思議そうに首を傾げる。
「……?」
「天使とか差別がどうとか……って言ってたけど?」
「……うーん?」
途中から聞いていたキリスも訊いてみるが、ジェミニの反応はあまり変わらない。
「教科書か何かの本の文章みたいだったな?」
「うー……よく分かんない。おじーちゃんの家の本なのかな?」
「いや、俺に聞かれても……」
質問したつもりが逆に聞き返されてしまって、シュウは苦笑してしまう。ジェミニは考え込むように難しい顔をしていたが、暫くしてへにゃりと笑った。
「分かんないからいっかぁ」
「えっいいの?もしかしたらジェミニの記憶に関係あるかもしれないのに……」
心配そうな声で訊いたのはユウナだった。記憶が無い、と言う感覚がどんなものなのか想像も付かない。普段の彼の笑顔の裏には、どれだけの不安や恐怖を抱えているのだろうか。
「うん。こういう事よくあるんだけど、いっつも思い出せないんだー」
「じゃあ今まで何か思い出したことはあるのか?」
「ううん、何もないよ」
キリスの問いかけに小さく首を横に振った。
「そうなのか……」
「でも」
残念そうに肩を落としたキリスの溜め息と、ジェミニの声が重なる。その声を聞こうとキリスは口を噤んだ。
「皆と一緒に居るの楽しいしおじーちゃんも居てくれるし、一人じゃないから昔の事を思い出せなくても困ってないよ」
ちょっと変な感じはするけど、と言葉を続けながらにこやかに笑った。
「ジェミニ……」
「もしかしたら急にふわっと思い出すかもしれないしねー」
周りの心配を吹き飛ばすかの様に楽観的に言った。
「……私達も力になるからね」
テーブルの上に置かれていたジェミニの手に、セシルは自分の両手をそっと重ねた。隣のキリスも頷いている。
「うん、ありがとー」
「困ったら何でも言えよ」
「うん」
そう言ってジェミニの肩に手を置いたシュウが椅子から立ち上がる。
「あれ?ハゥくん、どこ行くの?」
シュウを見上げてジェミニは尋ねた。
「次の授業、実技授業で校庭集合だったろ。もう予鈴鳴るし、そろそろ向かっといた方がいいんじゃないか?」
見上げるジェミニに視線をやってから、他の3人を見やりつつ言う。
「あっそうだね!」
「サギリ先生時間に厳しいからな……遅れるなって釘刺されたのに、遅れたら大目玉くらっちまう」
シュウの一言にガタガタ、と4人も席を立つ。

カタカタ……

テーブルから離れようとした瞬間、地面が小さく揺れ始める。テーブルセットが音を立てる。
「地震?」
「やだー」
「結構大きくない?」
辺りの生徒達がざわめく。揺れは徐々に大きくなるが、立っていられない程の揺れには至らない。学校の敷地内は魔法で守られている為、建物や敷地内に異常や被害が出る心配はない。
 10秒ほど経っただろうか。ようやく揺れは小さくなり、収まりを見せ始める。
「何か長い地震だったねぇ」
ユウナがほぅ、と息を吐いて呟く。周りでも生徒達が声を掛け合っている。
「皆、大丈夫?」
「あぁ。揺れも大した事なかったしな」
セシルも周りを気に掛け、キリスはそれに応えた。
「びっくりしたねー」
「何か最近、妙に地震多いよな」
然程驚いていなさそうな調子のジェミニと、落ち着いた様子のシュウ。
「あ、一昨日……だっけ?授業中に地震あったよね」
「うんうん、今日みたいに長くなかったけど」
「天災は魔法と違うから、あまり多発するとちょっと怖いね」
話しながらユウナとセシルが頷きあっている。
「まぁそんな事より!」
キリスが不穏な空気を切り替えるように声を上げた。皆の視線を受け止めながらキリスは一歩踏み出して言った。
「早く校庭に行こうぜ!俺は地震よりもサギリ先生の減点の方が怖ぇよ!」
その言葉にユウナは数回まばたきをして、それから笑みを漏らした。
「ふふ、それもそうだね!」
「サギリ先生怒ると怖いもんねぇ」
「間違いなく雷が落ちるな」
ジェミニとシュウが口々に言い、担任の鬼の形相を思い浮かべていた。
「じゃあ行こっか♪」
予鈴が近付き生徒が疎らになった食堂を足早に後にする。

 爽やかな風にまた銀髪が揺れる。見上げれば先程まで気持ちよく晴れていた青空には、少しずつ白い雲が広がりはじめていた。

Section 03. End.





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