世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


「天使って今もこの世界に居んのかな?」
ジェミニの食事も終わり、お昼休みも残り僅かになった時、キリスが独り言のように言葉を溢すと、視線が一斉に集まる。
「……えっ?」
真っ先に声を漏らしたのはセシル。
「……?」
よく晴れた気持ちのいい青空を見上げていたシュウが違和感を感じ、視線を降ろしてセシルの顔色を窺うと、視界の端に一瞬強張った表情が映ったような気がしたが、真っ直ぐに見つめた時にはいつもの可愛らしい笑顔のセシルがそこに居た。
「急にどうしたの?キリス」
そのセシルに続きを促されて、話を続ける。
「いや……サギリ先生見かけたからさっきの授業を思い出しててさ。ほら、この世界には昔、天使とか悪魔が居たーってやつ」
「あぁそれで〜」
ユウナはキリスの突然の発言を、頷きながら納得している。
「何だ、ちゃんと聞いてたのか」
意地悪気に目を細めながら茶化すシュウと、それに反応してテーブルを軽くバシバシ叩くキリス。
「シュウにおちょくられたから思い出してたんだよ!って、そこはどうでもいいだろっ」
「はいはい、……それで?」
セシルが二人のじゃれ合いを受け流しつつ、話の軌道を戻す。
「その授業がどうしたのー?」
椅子に浅く腰掛け、背筋をピンと真っ直ぐ張り、綺麗な姿勢で座っているジェミニも先が気になっているようで、キリスへ視線を送っている。その視線を感じながら口を動かし言葉を紡ぐ。
「大昔、この世界に天使が居たんだったら、今もどっかに居てもおかしくはないんじゃねぇかなって思ったんだよ」
「そっかぁ……でも人間との古代大戦に負けた天使や魔族は、自分達で天界や魔界を作ってそっちに移り住んだから、みんな居なくなっちゃったんでしょ?教科書にもそう載ってたし……」
自分では考えた事もなかったキリスの意見に、ユウナは驚きつつも意見を返した。
「まぁな〜」
キリスは当然の反応だよな、とそっと天を仰いでいると、制服の袖を軽く引っ張られて、隣に座っていたセシルを見る。彼女の視線はテーブルに向いたまま。
「……ん?どした?」
無意識のうちに幼馴染に対して優しい声音で訊くと、少しだけ視線がこっちに向けられる。
「キリスは、この世界に天使が居て欲しいの?」
「?」
セシルの言っていることがいまいち理解出来ず首を傾げる。シュウとユウナもセシルの次の言葉を待つ。セシルは自分の質問が唐突過ぎたと自覚し、小さく声を漏らして言葉を探す。
「えっと……天使がこの世界に居ても、いいの?」
彼女はあまり明るいとは言えないトーンと、真剣な表情で矢継ぎ早に言葉を繋げた。
「うーん……よく分かんねぇ」
「……そっか」
キリスの答えに、どこか寂しそうに呟いた。
「けどさ」
「?」
テーブルに落としかけた視線を再びキリスに戻す。
「天使が居たいって言うならさ、居てもいいんじゃねぇかな?」
「キリス……」
真っ直ぐにセシルの瞳を見つめながら、力強く言う。
「昔とはこの世界の環境も違うだろうし……俺は拒む必要ないと思うけど?……って、俺が決めることじゃないけどな」
自分の勝手な発言に思わず苦笑してしまった。
「あはは♪でもキリス、いい事言うね〜♪」
セシルとは対照的に、依然として楽しそうなユウナも笑う。
「それに天使って格好良さそうじゃん♪背中に翼が生えてて、魔法とか使わないで自由に空を飛び回れるんだろ?」
「そう、みたいだね」
セシルは小さく頷いて、ぎこちなく笑った。
「天使、翼を持ちて自由に空を駆る」
シュウが補足のように教科書の一文を諳んじる。
「あ、でも、天使の方が嫌がるかもしれないよな……」
過去の人間との大戦に負けた天使達は、嫌な思いをしているだろう。そもそも人間が天使達の自由を奪い隷属化しようとして、天使達はそれに反発したから争いになったのだから。
「そんな事ない……っ!」
そう思っていたら、セシルが微かに震えた声をあげた。
「……セシル?」
「あ……」
急に声を大きくしたセシルに驚きの視線が向く。我に返った彼女は、慌てて取り繕う。
「あの……ほらっ、もしかしたら天使達も人間と一緒に居てみたいって思ってるかもしれないでしょ?」
「うーん♪そうだったらいいのにね〜、キリス。そしたら格好良い翼を見せてもらえるかもだよ?」
ユウナはからかうように言ったつもりだが、それを真に受けたキリスがはしゃぐ。
「おぉ♪そりゃあいいな!天使大歓迎!」
「おいおい……そんな単純な問題じゃねェだろ……ったく」
ルンルン騒ぎ出したキリスに、シュウが呆れながらため息をついて笑う。
「……いつか人間と天使達が、一緒に笑顔で暮らせる日が来たらいいよね」
「そうだな。面白そうだ」
セシルの呟きにしっかりとシュウが応える。「!……うん」
一瞬目を見開いてしまったが、シュウと目が合って彼の優しげな表情を見て、セシルも穏やかな笑みを浮かべる。両手を胸に当てて、瞳を閉じてゆっくりと深呼吸をひとつする。





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