世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


「あれー。皆もうご飯食べたのー?」
間延びした声に4人は一斉に声の主を見る。声をかけたのは紫色の髪の毛の青年。その両手に抱えているプレートには、ピラフにハンバーグに、パスタ、エビフライなど少量ずつ様々なおかずが乗り、さらにピラフには小さな旗が立てられている。プレートの隅にはデザートのフルーツゼリーまで付いている、いわゆるお子様ランチというやつだ。
「わぁ、ジェミニ可愛いの頼んでるね〜」
プレートを見たユウナが言う。
「うん。僕、お子様ランチ大好きなんだぁ」
ジェミニと呼ばれた青年は、髪の紫より深いアメジストのような紫色の瞳をキラキラ輝かせながら言った。本当に好きなのだと分かる。この学食にお子様ランチなんてメニューが以前からあったかは疑問だが、現に注文しているのだからこのジェミニの様に、生徒から要望があったのだろう。座る席を探してか、周りを見渡している。その様子に気付いたセシルが、余っていた椅子を示しながらジェミニに勧める。
「あ、ここ空いてるから良かったら座る?」
「え、いいの?ありがとー。じゃあお言葉に甘えて座るねー」
お子様ランチのプレートをテーブルに置いて、ゆっくりとした動作で自分も席につく。
 彼は2ヶ月ほど前にこの魔法学校に転入してきた、シュウ達のクラスメイトだ。ぼんやりとしたマイペースな彼は、過去の記憶を無くしているらしいが、いつもにこにこしていて、深刻な事態を深刻に感じさせない。唯一の身寄りだった祖父に勧められて、この学校に編入してきたと言う話だ。クラス委員でもあるセシルが校内を案内したことがきっかけで、4人と仲良くなった。
「いただきまぁす」
両手を顔の前で合わせてから、銀色のスプーンを掴む。ピラフの山にスプーンが入り、その山が崩れ中心に立っていた旗が傾く。そのままピラフを掬い、大きく口を開けて頬張る。ご飯を咀嚼してから数秒後。
「んー、おいひい〜♪」
口の中をもごもごさせながら、幸せそうな笑顔と共にそう言った。
 そこへ食堂の奥からサギリが姿を見せる。
「あれ?サギリ先生じゃない?」
その姿に気付いたユウナが声をあげた。シュウもユウナの視線の先を追う。
「本当だ……何してるんだ?」
生徒達が談笑しているテーブルに寄って行っては、何やら厳しい表情で生徒と会話を交わしている。少しすると小さく頭を下げてまた違うテーブルへ近づいていく。
「何かあったのかな?」
ユウナが軽く首を傾げる。
「あ、でも今笑ったねぇ」
そう言ってジェミニはフォークでエビフライを刺すと、そのまま口に運ぶ。サクッと衣がいい音をたてた。
「エビフライ美味そ」
「えへへ、美味しいよー」
満腹になったばかりなので食べたいとまでは思わないが、無意識に口から滑り落ちた。キリスの呟きに笑顔のジェミニが答えた。
 何度か別のテーブルへ寄ったあと、サギリが5人の座るテーブルへやってきた。
「食事中悪いな、お前達ちょっといいか?」
「何かあったんですか?」
「…………」
左手で眼鏡を直すだけで何も答えない。5人は話の続きを待つ。
「隣のクラスにミューデ・アイリスと言う女子生徒がいるだろう」
「ミューデさんって……赤茶のショートヘアが似合う明朗快活な子ですよね」
「あぁ」
女子生徒の特徴を思い出しながらのセシルの言葉にサギリが小さく頷く。
「そのアイリスだが、ここ数日学校を休んでいるんだ。特に学校側に連絡も来ていない上に、ご家族も所在を把握出来ていないらしい」
所在不明と言う予想外の状況に、5人が驚いて息を飲む。
「何か事件に巻き込まれた……?」
「いや、まだそうとは決まっていない」
シュウの真剣な呟きに、同じ様に真剣な視線を返す。
「17、18歳と言えば多感な時期だから、少しの間家出でもしている、とも考えられる」
俺もガキの頃はよく家を無断で何日も空けたものだから、と薄く笑いながらサギリは過去を懐かしむ様に言った。が、その表情は直ぐに引き締まる。
「だからまずは、生徒の間でアイリスの所在を知っている者が居ないか訊いて回っていたんだ」
「そうだったんですか……ユウナ、何か知ってるか?」
こういう事は同じ女子の方が何か聞いていそうだ。そう思いキリスはユウナに話を振る。ユウナは俯いて首を横に振った。
「ごめんなさい……私は分からないです。……セシル達は?」
顔を上げて周りに視線を送るが、全員がユウナ同様に渋い顔をして首を横に振った。
「そうか……」
話を聞いたサギリは、情報が得られず一層厳しい表情で顎に手を添えて考え込んだ。やがて僅かに表情を緩めて軽く頭を下げた。
「……いや、ありがとう。わざわざすまなかったな」
「こちらこそ、役に立てなくてすみません」
申し訳なさそうに5人は礼を返した。
「気にするな。あぁそれと、もしアイリスの事で何か分かったら必ず俺に伝えてくれ」
「分かりましたー」
ジェミニが右手を上げて元気よく返事をした。4人も頷いている。
「よろしくな。じゃあ、次の授業遅れないように」
ふっと笑みを漏らして、テーブルから遠ざかって行った。サギリの去ったテーブルが暫しの沈黙に包まれる。
「ミューデさん、大丈夫なのかな……?」
沈黙を破ったのはユウナだった。
「うーん……所在不明ってのは心配だよな」
腕組みしながらのキリス。
「まぁサギリ先生も動いてるみたいだし、大丈夫だろ」
「うん……そうだよね」
自身も不安を感じながらも、その不安感を取り払うように言ったシュウの言葉に、セシルも嫌な考えを振り払う。
「あっ、ランチの残り食べなくっちゃ」
相変わらずマイペースなジェミニは食事中だった事を思い出し、置いていたスプーンを持つと再びピラフを掬って口に運ぶ。
「美味しいなぁ♪」
ジェミニの綻んだ笑顔に、テーブルの張り詰めていた空気が和やかに流れはじめ、5人は談笑を再開した。





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